5 アリシア奪還
「コルト様!この人が目的のあの方です!」
「なんだと!」
コルトの意識がドラクに向いたその時、コルトの手に握られていた小瓶が何かに弾き飛ばされたように飛び出し部屋の壁にぶつかって割れた。
コルトが驚いて自分の手を見つめていると、ドラクがいつの間にかすぐ側に立っていて、アデルの手からアリシアを取り戻し自分の背後に庇うように立たせた。
「あなたがアリシア王女の眷属の竜なのですね。我々はアリシア王女を傷つけるつもりは一切無いのです。ツワナ帝国はあなたを歓迎します是非…。」
コルトが言い終わらぬうちにドラクは右手を前に出しコルトとアデルの方に向けた。すると手から何か出ているようには見えなかったが、コルトとアデルは一瞬で意識を失い床に倒れた。
「案ずるな…。二人とも気を失っているだけだ。周りの兵共も殺してはいない。他の星に干渉しすぎるのはあまり良くないからな…。」
まるでアリシアの心を読んだかのようなドラクの言葉にアリシアは安堵した。
「ドラク様…。私を迎えに来て下さったのですね…!ありがとうございます…!」
アリシアはドラクの顔を見ると気が緩んだのか目に涙があふれてきた。気丈な態度を見せていたが、見知らぬ場所に連れ去られたことはアリシアに多大な恐怖をもたらしていたのだ。
ドラクはアリシアの背に手をまわし、やさしく抱きしめると頭をそっと撫でた。
「俺が来たからには心配は無用だ。早く王宮へ戻ろう。皆心配していたぞ。」
アリシアは言葉が出なかったので、ただコクリと頷いた。
「アリシア殿の方が俺より少し背が高いので様にならんな…。」
ドラクは少し照れたように言い、アリシアが落ち着くまでやさしく頭を撫で続けていた。
しばらくするとアリシアは落ち着きを取り戻しソファに座っていた。ドラクはその間すばやくツワナ帝国の兵やコルト達を縄で縛りひとまとめにする作業をしていた。
「よし。こうしておけば目が覚めても逃げられないな。あとで王国の兵に捕縛して貰おう。」
「ドラク様ここはどこなのでしょうか?」
「ここは王宮がある王都の隣の町だな。」
「ではミスリリルの町ですわね。先日ツワナ帝国が攻めて来たときに住民たちはみな王都に避難したのです。」
「それで少数の帝国の兵しかいなかったのだな。」
ドラクは指を顎に当てて何やら考えているようだった。
「ドラク様?どうなさったのですか?」
「どうやって王宮に戻るか考えていたのだ。瞬間移動をすればすぐだが、アリシア殿を連れては無理だな。こいつらが使っていた馬車があるが、王宮までは急いでも3~4刻はかかろう…。やはりあの手が一番早いか…?」
アリシアはドラクの考えがまとまるのを大人しく待っていた。
「アリシア殿、高いところは苦手か?」
「特にそのような事はありませんが…。」
「ではこちらについて来てくれ。」
アリシアがドラクの後を追っていくと、町の広場のような少し開けた場所に出た。
ドラクは広場の中心に立ち、アリシアに離れているよう指示した。
アリシアがドラクから少し離れた場所で待機していると、ドラクの体全体が光を放ちだしたので、アリシアは眩しくて目を開けていられなくなった。
しばらくして光が消えたので目を開けると、そこには一匹の大きな竜が鎮座していた。
竜の体は黒く光る鱗に全体を覆われ、背中からは大きな翼が生えていた。
「ドラク様なのですか?」
『そうだ。こちらが俺の本体だ。驚かせてすまない。』
ドラクの声は直接頭に響いてくるようだった。
アリシアは立派な竜の姿に見惚れてしまい、不思議と恐ろしさは感じなかった。竜の瞳が人間の姿のドラクと同じ金色で、やさしい眼差しだったせいかもしれない。
ドラクはそっと右手の掌を上向けにして出した
『アリシア殿、俺の手のひらに乗ってくれないか?ここから王宮までこの姿で飛んでいけばすぐ着くだろう。』
アリシアは恐々と竜になったドラクの手に乗り、指の一つに掴まった。
すると直ぐに翼を羽ばたく音と共に、ふわりとした浮遊感を感じた。気が付くとドラクの体はアリシアを手に乗せて天高く舞い上がっていた。指の隙間から見えるミスリリルの町はあっという間に小さく見えなくなってしまった。
アリシアは不思議と恐怖感は感じず、ただ空を飛んでいる事実に興奮した。
かなりのスピードで飛んでいるにも関わらず、アリシアは殆ど風圧を感じなかった。多分ドラクが体の周りに空気抵抗を減らす魔法をかけているのだろう。
「ドラク様!すごいですわ!ミスリリルの町があっという間に見えなくなってしまいました!ああ!あちらに見えるのはコルド山脈ですわね!本当にすぐに王都に着いてしまいますわね!」
ドラクはアリシアが怖がらずに空を飛ぶことを喜んでくれているのを嬉しく思った。
『真っすぐ王都に戻らず、もう少し空の散歩を楽しむか?』
「いいのですか? 嬉しいです!」
ドラクはアリシアの要望を受けて、アザニア国の上空を自由気ままに飛び回った。
ドラクの手の上で喜んでいるアリシアをほほえましく見ながら、魂の分割について記録の館の司書の言葉を思い出していた。
それは昨日ドラクが自室に引き上げてから来た連絡だった。
『ドラク様。ご無沙汰しております。』
『おお、司書殿。魂の分割方法について何か分かりましたか?』
頭の中に突然響いてきた声に、ベッドで寝ていたドラクは身を起こし、こめかみに手を当てて応答した。
『残念ながら、一度融合してしまった魂を元通りに分割する方法は見つかりませんでした。』
『え!それでは俺はどうすればいいのですか?』
『ドラク様が神龍になる方法は二つ…いや実質たった一つです。それもかなり危険が伴いますが…。』
『その方法とは?』
『アリシア様の魂とあなたの半身の魂が融合したままの状態で、あなたの体に取り込み自分の魂と融合させるのです。アリシア様の魂とドラク様の魂はとても相性が良いようなので、アリシア様の魂ごと融合しても問題はないでしょう。』
『しかしそれではアリシア殿が死んでしまうのではないですか?』
『天秤にかけるまでもなく、この宇宙全体の安寧を守るためには小さな犠牲でしょう…。 アリシア様はドラク様の中で生き続けているとお考えになればよろしいのです。』
『そんな…そんなの詭弁ではないか…。俺はアリシア殿に死んでほしく無いのだ。』
『ドラク様は神龍になるのですから、そのように甘い考えはお捨て下さい。ただこの方法にも危険が伴います。アリシア様の同意なく無理やり魂を奪うと、魂に傷が付き融合がうまくいかない可能性があります。ですから、アリシア様が喜んで魂を差し出すよう、ドラク様はせいぜいアリシア様に好かれる努力をしてくださいね。』
記録の館の司書は見た目は美しく優し気であるが、その実かなり辛辣だったことをドラクは思い出した。
『先ほど方法は二つと言いかけたようですが?』
『もう一つの方法は実現不可能ですから。神龍のみが持つ能力と言えばお分かりでしょう。しかしドラク様はまだ神龍ではありませんし、今の神龍にはもうその力は残っていません。』
ドラクの手の上で無邪気に喜ぶアリシアを見て、ドラクは自分に言い聞かせた。
(これはただ俺がアリシア殿を喜ばせたくてやっている事だ。好かれようとしてやっている事ではない。)
一刻程空の散歩を楽しんだ後、ドラクとアリシアはアザニア王宮の中庭に降り立った。
すぐに王妃が駆けつけてきてアリシアをきつく抱きしめた。
「ああ!アリシア。無事で良かったわ!ドラク様、アリシアを救出して下さってありがとうございます!」
「お母さま!心配かけてごめんなさい。でも、ドラク様に乗せて貰って空を飛んだのはとても楽しかったわ!」
王妃はドラクの方を向いて言った。
「ドラク様。なんとお礼を言って良いのか分かりませんわ…。この国の危機を救って下さっただけでなく、アリシアの救出まで…。このご恩は一生忘れません。竜神を祭る神殿を立てて未来永劫感謝をささげる事にしますわ…!」
「…いや。アリシア殿に何かあると俺も困るのだ。神殿など無用だ…。」
ドラクはやや引き気味に答えた。




