4 アリシア誘拐
翌朝、日が上ると同時にドラクはアリシアの部屋を訪ねた。
「見張りご苦労。特に異変は無いか?」
「ええ。昨夜から特に異常はありません。」
ドラクはアリシアの寝室の前に立つ衛兵に声をかけると、ドアをノックした。
しばらく待っても応答が無いので、勝手にドアを開けて中へと入った。すると、不寝番の一人である侍女はベッドの側に置かれたサイドテーブルに突っ伏して気を失っており、アリシアのベッドはもぬけの殻だった。
ドラクは慌てて侍女を叩き起こした。
「おい!アリシア殿はどこへ行ったのだ? 俺が来るまで部屋を出ぬように言ってあっただろう!」
幸い侍女は寝ていただけだったらしく、ドラクに肩を掴まれて揺すられると、ハッと起きてアリシアのベッドを見、そこに誰もいない事を確認すると蒼白になった。
「おまえは不寝番であろう?どうして寝ていたのだ?アリシア殿はどうした?」
「そ、それが、昨晩眠気覚ましに紅茶を飲んだことまでは覚えているのですが…その後の記憶がありません…アリシア様はいったいどちらに行かれたのでしょう?」
侍女が突っ伏していたテーブルにはティーセットが置かれていた。ドラクが匂いを嗅ぐと人間には感じられないレベルであるがかすかに薬品臭がした。
「どうやらお前は一服盛られたらしいな。」
ドアの外で控えていた衛兵たちも異変を感じて部屋に入って来た。
「アリシア様がいなくなったのですか?」
「しかし、昨夜から今朝にかけてドアを出入りした者はいません!不審な物音もしませんでした。」
「そういえばアデルはどこに?」
不寝番をしていたもう一人の侍女であるアデルは、古くから王宮に勤める最も信頼のおける侍女の一人だった。今回の件でアリシア付きの侍女を増やしたので、最近になって他部署から移動してきたのだ。昨日しきりにドラクへ部屋へと下がるよう言っていた侍女でもあった。
ドラクは寝室の窓の一つに近づいて、その窓を開けて外側を一通り見ると、くるりと皆の方を向いて言った。
「アリシア殿はどうやらこの窓から連れ去られたようだな。窓にかぎが掛かっていなかったし、窓の下の突起部分に人の足跡とロープの跡があった。」
衛兵の一人は慌てて国王に報告へ行き、もう一人はドラク同様窓から身を乗り出して周りを観察したが、足跡やロープの跡らしきものは見つからなかった。
侍女は蒼白なままガタガタと震え出し、しまいには床に突っ伏して泣き出してしまった。
「も、申し訳ございません…。私がついていながらおめおめとアリシア様を連れ去られてしまうとは…。」
一番慌てそうなドラクは意外にも冷静なように見えた。しばらく目を瞑り、こめかみに手を当てながら黙っていたが、
「慌てるな。アリシア殿は生きている。居場所も分かったので今から俺が行って連れ戻してこよう。」
ドラクはそう言うとその場から消えてしまった。
一方、連れ去られたアリシアは見知らぬ部屋で目を覚ました。大分寝ていたような気がするが部屋はまだ薄暗く、朝なのか夜なのかよくわからなかった。側には侍女のアデルがいた。
「アデル…おはよう。ここはどこかしら?王宮では無いわよね。」
「アリシア様、ご安心下さい。昨夜王宮に不審な者が忍び込んだとの知らせを受けたので、アリシア様を一時的に安全な場所に避難させております。」
その言葉を聞きアリシアは不審に思った。いくら不審者が忍び込んだとはいえ、寝たままの状態で移動させることがあるだろうか?普通はアリシアを起こして移動させるはずだ。それに、王族にはいざという時のための秘密の抜け道と避難場所があるが、ここはその決められた避難場所では無かった。
アリシアはベッドから起き上がりカーテンが掛けられたままの窓に近づいた。窓には鎧戸が付けられており、カーテンを開けても外が見えないようになっていた。また、窓にもカギが掛かっていて開けられないようになっている。
鎧戸の隙間から光が差し込んでいるので、外は明るいのだろう。
「ここは一体どこなの?外を見たいので窓を開けてもらえる?」
「申し訳ございません。警備の問題で窓を開ける事は禁じられております。また場所に関しては私も暗闇の中移動しましたのでよく分からないのです。」
アデルは困ったように眉を下げて答えた。
アリシアは不審感が増すばかりだった。これでは監禁されているようではないか。
「ドラク様はどちらに?彼が私から離れるとは思えないけど…。」
「ドラク様でしたら、後から直ぐに来られますよ。」
アリシアは作ったような微笑を浮かべて答えるアデルを見て、アデルがウソを付いていると感じた。
アリシアはさりげなくドアに近づき開けようとしたが、やはりドアにもカギが掛けられていた。アリシアは思わずドアを叩いて叫んだ。
「だれかいませんか?ドアを開けてください!」
「アリシア様どうなさったのですか?落ち着いてください!」
慌てたアデルが駆け寄ってきてアリシアを止めようとした。
しばらくするとドアが開き、見知らぬ中年の男性が入って来た。
「アリシア王女どうしたのですか?少しお静かに願います。」
「あなたは誰?早く私をアザニアの王宮に返してください!」
入って来た男は忌々しそうにアリシアを見た後、視線をアデルに向けて言った。
「これはどういうことだ?大人しくさせておけと言っておいたであろう。」
「大変申し訳ございません、コルト様。」
アデルは申し訳なさそうに頭を下げた。
「アリシア王女。事情を説明いたしますので、そちらにおかけ下さい。」
そう言うと、コルトはその部屋に置いてあったソファセットにアリシアを座らせ、自分も向いに座った。
「あなたには使者としてツワナ帝国に来ていただきたいのです。この度は不幸な誤解から我が国とアザニア王国が争う結果となってしまいましたが、皇帝はアザニア王国とまた友好を結びたいとお考えです。」
(この人はツワナ帝国の人なのね…。勝手に攻め入って来たくせに何を都合の良いことを言っているのかしら?)
「友好を結びたいと考えているお方が、私を無理やり誘拐するような事をなさるはずがございませんわ。それに友好条約を結ぶのでしたら、私ではなくまずは正式な使者を出してアザニア国王に打診するのが筋ではないのですか?」
アリシアは強面のコルトに対して、一歩も引かず堂々と反論した。
「少々手荒になってしまったことは謝ります。少しだけ帝国で我が陛下とご対面いただければ、その後すぐに王国にお帰り頂けますよ。友好を結ぶにあたりアリシア王女にお聞きしたいことがあるとの事です。」
コルトは氷のような冷たい視線を少し和らげてアリシアに語りかけた。
「申し訳ありませんが私は帝国に行く事はできません。直ぐにアザニア国に返してください。」
アリシアは取り付く島もなく断固として帝国行きを拒絶した。
「同意頂けず非常に残念ですな。無理やり事を運ぶような事はできるだけ避けたかったのだが…。」
コルトはそう言うとアデルに目配せした。
アデルは後ろからそっと近づくと、アリシアを羽交い絞めにした。
アリシアの側にきたコルトの手には小瓶が握られていた。
「アリシア王女にはしばらく寝ていてもらいましょうかね。」
そう言うとアリシアの顎を掴んで無理やり口を開けさせ、小瓶の中身を飲ませようとした。
アリシアが必死に抗っていると、部屋のドアが音もなく開き、誰かが入ってくる気配がした。
「おまえは誰だ!どうやって入って来た!おい衛兵こいつを捕まえろ!」
「この建物の周りにいた奴らなら全員排除したぞ。」
その声はドラクのものだった。




