3 ツワナ帝国
「なんだと!全軍撤退したとはどういうことだ! アザニア王都の陥落は目前だと申していたではないか!」
ツワナ帝国の首都にある王城の広間では、帝国の皇帝がアザニア国との戦況報告を受け激高していた。
「はっ。それが、突然竜が現れて口から炎を吐いて我々の武器を燃やし尽くしたのだそうです。不幸にも炎に当たった兵たちは跡形もなく消えてしまったとか…。竜のような怪物相手では打つ手もなく、我が軍は撤退を余儀なくされたそうです。」
「なにをたわけた事を。冗談も休み休み言え。竜など実際にいる訳がなかろう。何かまやかしや呪術でもかけられたのではないか?」
「それが、撤退してきた兵たちの意見は皆一致しており、実際に一部が焼け焦げた武器などもございまして…どうやら事実のようです。」
ツワナ帝国の若き皇帝であるガルバは、自分が興奮して思わず立ち上がっていた事に気づき、玉座に座り直した。そして目の前に片膝をついて頭を下げている軍務大臣を黙って睨みつけたまま、報告内容の真偽について考えていた。
ツワナ帝国は東西と北を高い山脈に囲まれた国で、唯一開けた南方はアザニア国と接している。国土の大半は寒冷で農作物も碌に育たない痩せた土地だったが、豊富に取れる鉱物資源とそれを材料とした鉱工業で栄えていた。
しかし近年鉱物資源は枯渇しつつあり、ガルバが3年前に27歳で皇帝になってからは、肥沃な土地が広がる南へ、更にその先の海洋への突破口を求めての領地拡大を虎視眈々と狙っていた。
幸いツワナ帝国は豊富な鉱物資源で作った大量の武器と屈強な軍隊を擁していた。
半年ほど前に発生した、国境付近の住民同士の小さな衝突を理由に、ツワナ帝国はアザニア王国へ強引に攻め入って来た。そして破竹の勢いで王都までの町を次々と占領し、今ではアザニア国の王都も陥落目前だった。
王都が落ちれば、しつこく抵抗を続けている他の町もあきらめて降伏するだろうし、様子見をしている周辺国もツワナ帝国がアザニア王国を併合することを認めざるを得なくなるだろう。
(くそう、もう少しで肥沃な土地と貿易港が手に入るところだったのに。今まで全て上手くいっていたのに最後の最後に予想外の事が起るとは!)
「俺は執務室に戻るので、コルトに執務室に来るよう伝えてくれ。」
ガルバは深く息を吐いて心を落ち着けてから、軍務大臣にそう言い残し、自分の執務室へと戻った。
執務室で待っていると、間もなくコルトが入室してきた。コルトはツワナ帝国軍の秘密部隊を束ねる長である。
「陛下。お呼びと伺い参上いたしました。」
ガルバは人祓いを命じると、コルトに向かいのソファに座るよう勧めた。
「コルト。確かその方の部下が何人かアザニア王宮に潜り込んでいたはずだな。今回の件で何か報告はあったのか?」
「大至急情報を集めている所ですが、今のところ詳しいことは何も。軍務大臣の報告どおり、突如竜が出現して我が軍を追い払ったようです。」
「そうか…。何か分かったらすぐに報告してくれ。」
「承知いたしました。」
コルトは軽く頭を下げて退出して行った。
(何か原因があって竜が現れたはずだ。逆にその竜をツワナ帝国に取り込むことができれば、アザニア王国だけでなく、この大陸全土、いや全世界を手中に収めることも夢ではあるまい。)
野心家のガルバはこの敗北を逆に好機とすべく作戦を練った。
それから2,3日後、コルトから竜に関する報告がガルバの元にもたらされた。
「それでは突然現れた竜はアリシア王女の眷属となったと言うのだな?」
「はい。アザニア国の王宮に忍ばせている者の報告によりますと、その者は一見普通の少年のように見え、正体が竜とはとても信じられぬそうですが、アリシア王女に付き従い、片時も離れぬそうです。」
「アリシア王女はどのようにして竜を手に入れたのだ?」
「それが…突然現れたとしか…。魂がどうとか言っているようですが詳細は残念ながら不明です。」
「ううむ。何としてもその竜を手に入れたいのだ。何か良い策は無いか?」
「アリシア王女さえ手に入れれば、竜は自ずとついて来るものと思われます。」
「よし。アリシア王女を無傷でこの帝国へと連れてくるのだ。頼んだぞ。」
「ははっ。畏まりました。」
コルトが退出するとガルバは不敵にほほ笑んだ。
(このガルバが世界の王となる日もそう遠くはなさそうだな…。)
一方、アザニア王国の王宮では、どこへ行くにもドラクがアリシアについて回るため、侍女達が困り果てていた。
「ドラク様、アリシア様はこの後は寝室でお休みになられますので、どうぞドラク様もご自分の部屋にお下がりください。」
「離れている間にアリシア殿に何かあったらどうするのだ!俺が部屋の中で不寝番をする事に何の問題があると言うのだ?」
「大ありです。アリシア様はうら若き独身の女性ですよ!たとえそれが少年であろうと寝室に家族以外の男性を入れるとはもっての他です!扉の外には衛兵が見張りに立ちますし、部屋の中でも侍女が不寝番として控えていますので、ドラク様は安心してお休みください。昨日も一昨日もそう言ってドラク様が不寝番に立たれていたではありませんか。いい加減お体を壊しますよ!」
「俺は竜だからこの位で体を壊す事はない。」
ドラクは引き下がる気は無さそうだったが、強がるその目の下にはうっすらと隈ができていた。確かに2,3日徹夜をしたくらいドラクにはどうってことは無いが、その前に竜の星からこの星に転移をするのに多大な力を使った上、この城を取り巻いていた兵を退くためにも力を使ったため、ドラクの力は尽きかけており回復するためには十分な休養が必要な状態だった。
困り果てている侍女を見かねて、アリシアがドラクに声を掛けた。
「心配して下さる事はとてもうれしいのですが、私もドラク様の事が心配です。王城は安全ですのでどうかドラク様もゆっくりとお休みください。実を言いますと、殿方が部屋に居ると気になって私も良く眠れないのです。」
これはドラクの健康を気遣っての言葉であったが、あながち嘘でもなかった。ここ数日、ドラクが枕元で立ったままずっとアリシアを見つめており、更に大勢の侍女たちがドラクとアリシアの間に何事も起きないよう見張っていたので、とてもゆっくりと寝られる状況ではなかったのだ。
「そうであったか。それは悪いことをした。では今日はそなたの言葉に従い自室へと下がることにしよう。明朝また来るのでそれまで部屋からは出ないように。」
そう言ってドラクはようやく引き下がっていった。




