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沙羅双樹  作者: 九JACK
13/41

紫陽花色のお嬢

「私が何者か、ですか……」

 小明は少し考えるようにしてから、周囲を見回す。人がいないことを確認してから、口を開いた。

三枝(さえぐさ)咲実(さざね)明坂(あけさか)卓史(たくし)

「お呼びですか? お嬢」

「御意に」

 咲希は目を見開いた。先程は誰もいなかったところに、忽然と人が現れたのだ。しかも見るからに「学生」では通じなさそうな成人男性が二人。

 一人は丸眼鏡で人畜無害そうなサラリーマン風の男性。もう一人は目付きが悪く、咥え煙草をしているいかにも悪そうな青年。後者の方がいくらか自分たちに年が近いように思える。

 小明は何事でもないかのように二人を示す。

「この二人は私のお付き、まあ部下ですわね」

「お付き? 部下?」

「ふふ、察しが悪いところも愛らしいですわね」

「お嬢、一般人の前で……」

「彼は一般人ではありませんわ」

 小明の緑色の瞳が妖しい煌めきを灯した気がした。けれどそれも束の間のことで、小明はにっこりと笑い、改めて告げる。

「雨野家当主、雨野咲希さま。本来なら相応の儀を取るべきところを失礼致します。私は長曽根組頭領の娘、長曽根小明と申します。こちらは部下の三枝咲実と明坂卓史です。以後、お見知り置きを」

「長曽根、組……」

 つまり、小明がこの辺を牛耳るヤクザ、長曽根組のお嬢である、という噂が本当だったということだ。それにこの言い方は、雨野家がどんな家かを知っている。まあ、長曽根組も息が長いので、雨野家のことを知っていてもおかしくない。

 咲希はきょとんとしているが、雨野家と聞いて三枝と明坂はすぐさま頭を垂れた。

「え、ええと……雨野咲希です……」

 小明が長曽根組のお嬢とか、そういうことは実はどうでもよかったりする。能力者を守る家の者として気になるのはやはり……この二人が現れた「現象」である。

 意を決して聞く。

「長曽根さん、あなたは能力者なの?」

 三人は目を見開いた。特に小明は。普通、ヤクザのお嬢がクラスメイトだったら驚くだろう。しかし、咲希は大方の予想をほぼ裏切る人間なのだ。だから、周りとずれて、自ら生きにくい環境に飛び込んでいくことになる。

 何もない場所から人が現れるなんて、普通ではあり得ない。竹仁なんかがやっているRPGなどでは転移魔法とかでそういうことができるかもしれないが、残念ながらここは魔法の使える世界ではない。普通の人がたくさんいて、世界の割合からすると普通じゃない人がごく僅かに存在する世界だ。

 そこで魔法のような能力が使えるとしたら、ごく僅かな普通じゃない人に該当するだろう。

 思えば、先程不良っぽいやつらに咲希が絡まれていたとき、小明は突然現れた。そして、咲希に絡んでいた人物の名前を呼んでいた。この二人、三枝と明坂が現れたのも、小明が名前を呼んだからだ。

 そうすると、咲希の中で意見がまとまる。

「名前を呼んだ人物を自分の前に現せる、もしくは名前を呼んだ人物の前に瞬時に移動ができる……そういう能力じゃありませんか?」

 咲希がまとめた意見をぶつけると、ややあって、小明は上品に口元に手を当てて笑った。

「ふふふ、咲希くんはやっぱり面白い子。……そうですわ。私の能力は名前を呼ぶことにより行われるテレポーテーション。特殊能力と呼ばれる類のものです」

「いやはや、お嬢の立場よりそっちを気にするってのは驚いたな……」

「雨野家の当主だ。無理もない」

 三枝と明坂が各々咲希を評する。それもそうか、と議論が落ち着く。

「雨野家が能力者や異常者が健全な生活を送れるように働きかけてきた家系であることは存じております。我々も組ですから、カタギの人間に手をかけるような下賎なことはしません。ですが」

 ふっ、と小明は自嘲するように笑う。

「ヤクザはヤクザです。そして私は組のお嬢。いくら雨野家が名家だろうと、我々と関われば、悪評も立ちましょう。故に、関わってほしくない、とお願いするために、今能力について明かしました」

「そんな……」

 それでは、守ることができない。家訓に背くことになる。

 不安そうな顔をする咲希に三枝が言う。

「咲希さん。そんな顔をしなさんな。組のお嬢でおる以上、お嬢に普通の生活などあってないようなものなのです。それにお嬢の幸せは私たちが保証致します。ねっ、明坂」

「無論だ」

 この二人も、長曽根組の一員なのだろう。咲希にはよくわからないが、こういう結束の強さが組というものの強みなのかもしれない。譬、血は繋がっていなくとも、家族のような。

 元より「普通」には暮らしていけない。そういう家に生まれた。小明はそう言った。先程は助けてくれたが、きっと助けてもらうつもりはないのだろう。そういう口振りだった。

「でも、クラスメイトだから、嫌でも毎日顔を合わせます」

「ふふ、別に私を避けろというわけではありませんわ。今まで通り、その辺のクラスメイトと変わらないように接してくだされば、それでかまいません」

 それでいいのなら、咲希も気が楽だ。

「それと……先程仕事があると仰っていましたが、時間は大丈夫ですの?」

「あっ」

 時間を確認すると、刻一刻と店主との約束の時間に迫っていた。

「で、では俺はここで失礼します!! 長曽根さんはまた明日」

 咲希の一言に小明はきょとんとし、意を介してから、ぱあっと笑った。

 それは、雨の止んだ後、微笑むように咲く、紫陽花のように。

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