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最終話

 誤解していたのだろうか。

 ハノンがエドゥアルドの幸せのためと身を引いてここに来たのは、ただの独り善がりな勘違いだったということだろうか。

 ハノンはエドゥアルドの膝の上で、しっかりと拘束された状態で二人の話を聞くうちにそんな結論をぼんやりと導きだしていた。

「エド殿下はマルヴィナが好きなんじゃないの?」

「お前の口からそんなことを聞かれるとは。私が想っているのはただ一人、お前だけだというのに。私の心にはお前しかいない」

 自分がバカみたいだった。バカみたいに妄想して、勘違いして、勝手に傷付いて、そしてエドゥアルドをも傷付けたのだ。

「ホントに私の勘違いだったの?」

 エドゥアルドが頷く。

 ああ、なんて馬鹿なんだ。

「エド殿下。ごめんなさい」

「ハノン。私はそんなことが聞きたいんじゃない。私はお前が好きだ。お前は?」

 エドゥアルドの腕に力が入る。エドゥアルドが不安を感じている。それが痛いほどに分かった。

「好き。大好き。スゴく、スゴく会いたかったよ」

 体をねじってエドゥアルドの首に腕を回して、ギュッと抱き付いた。

 もう、離れたくない。自分から離れておいて我が儘かもしれないけど。

「お前の心まで離れてしまったかと、気が気じゃなかったんだ」

「ごめんね、少し痩せたね。私のせいだね」

「お前のいない日々はつまらなかったよ。淋しくて悲しくて苦しかった。でも、もう大丈夫だ」

「ねぇ、二人とも私の存在忘れているんじゃない?」

 呆れた声が背後から聞こえ、ハノンは羞恥心に悲鳴を上げた。

 マルヴィナがいることをすっかり失念していた。

 恐らくエドゥアルドは分かっていて、マルヴィナに見せ付けていたのだろうと思う。

「あの、マルヴィナさん。ごめんなさい」

「ちぇっ、私の入る隙なんてなさそうね」

 未だにハノンには信じられない。唇を尖らせて拗ねるマルヴィナは女の人にしか見えない。

「どうして、私はマルヴィナさんに近付いちゃいけなかったの?」

 マルヴィナがエドゥアルドを脅していたからハノンに女性だと教えなかったのは仕方ないかもしれない。だが、近付いてはいけない理由が見つからない。

「それは、私とマルヴィナの好みのタイプがまるで一緒だからだ。ハノンを紹介すれば、マルヴィナがちょっかいを出すのは分かっていた。現に先程もお前を口説いただろ? だから、早いとこマルヴィナを追い出そうとしたんだ」

「そういうことなの。エドが私を追い出そうと躍起になればなるほど、あなたのことが気になって仕方なかったわ。だから、絶対会わせるまで帰るものかってこちらも意地になっちゃったわ」

 なるほど。だから、ハノンは鬘を被らされたり、部屋を別にされたり、極力話をしないなんてことになっていたのだ。

「もう、ばらして良かったの?」

「こいつにバレるよりもハノンがいない方が辛い」

 どうしてハノンはエドゥアルドの愛を疑うことが出来たんだろう。こんなに心から愛されていたというのに。

 ハノンの中に根強く残っていた、エドゥアルドに相応しい娘、そして自分はエドゥアルドには相応しくない、という固定観念がそうさせてしまったのかもしれない。

「ハノン。エドに飽きたらいつでも私のところへおいでね」

「遠慮しときます。私、エド殿下一筋ですからっ」


「アナ、どうかな?」

「ううっ、お綺麗です。この日を待っていました。私、幸せです」

 顔を覆って涙するアナの背中を優しく撫でた。

 エドゥアルドがオルグレン邸に会いに来てくれてから、一月ほどたった今日、ハノンはエドゥアルドの妻となる。

 こっそりと密やかに執り行われる筈だった婚礼の儀であったが、クライヴたちとの合同の儀となり、ひっそりとは出来なくなってしまった。

 エドゥアルドはあのあと一度城に戻り、王位継承権を正式に放棄した。

 実は、ハノンが計り知らない所で話は進んでいたようで、オルグレン大公はエドゥアルドにこんな発言をしていた。

「ハノンを妻にする為に、王族という地位も権限も全て捨て、オルグレンの家名を継ぐ覚悟はあるか?」

 と。

 ハノンの夫となる人物に家を継いで貰おうと考えていたオルグレン大公は、エドゥアルドの覚悟を試したのだ。

 エドゥアルドはその覚悟をもってハノンに会いに来たわけである。あの時既にエドゥアルドの中では未来予想図が描かれていたのだ。

 王位継承権を放棄すると宣言されたルシアーノは怯むことはなかった。いつかこんな日が来るんじゃないかと予期していたのだ。ただ、家名を捨てても兄弟には変わらないのだからと、定期的に二人で訪問することを約束させた。

 マルヴィナはあの後一回家に戻ったが、今日、再び婚礼の儀に出席する為に城に滞在している。相変わらず会えば、ハノンを口説くが、それも単なる儀式のようにもなって来ている。マルヴィナが本気でハノンを好きになるとは思えないのだ。

「ハノン、準備は出来たか?」

 ノックもせずに入って来たエドゥアルドをハノンは窘めた。

「まだ着替え中だったらどうするの?」

「それならそれで嬉しいかと。イヤ、別にそれを狙っていたわけじゃないぞ」

「バカっ。変態っ。スケベっ。おたんこなすっ……」

 叫び続けるハノンにエドゥアルドはどこか嬉しそうに一歩一歩近付いてくる。

「私、怒ってんだけどっ」

「そうだな、ごめん」

 プンプン怒っているハノンとは対照的に、幸せそうに微笑むエドゥアルド。あまりに対照的であるが、表現の仕方が違うだけで、心の中は相違ないのだ。

「ハノン。……とても奇麗だ。これでやっと私のものだ」

「私はものじゃないっ。でも、これでやっとエド殿下も私のものになる?」

「元より私はお前のものであるつもりだが?」

 だったらハノンだってそうだ。初めからハノンはエドゥアルドのものだった。

 初めからハノンはエドゥアルドを想っていた。そして、これからもただ一人エドゥアルドだけを想って行くのだ。

「もう私は殿下ではないぞ。そろそろ他の呼び方で呼んでくれないか?」

「なんて?」

「エドゥアルド……と」

 気付けばエドゥアルドはハノンの目の前に立ち、ハノンを見下ろしていた。エドゥアルドを見上げれば、心がダメになってしまいそうな笑顔を向けられた。思わず俯いてしまったハノンの顎を掴み、クイッと持ち上げる。

 ハノンの心をダメにする笑顔を惜しげもなく浮かべ、そして、徐々にエドゥアルドの顔が近づいてくる。

 ああ、こんな気持ちを幸せというんだろうな。

 ハノンは幸せを噛み締めていた。

 エドゥアルドの顔が間近に迫って来た時、ハノンはその唇を両手で押しやった。

「呼び名はエロエド……でいいんじゃないかな? それから、お化粧が崩れるからお預けね」

「なっ」

 寸でのところでキスを止められ、変な呼び名を宛てられ、エドゥアルドは絶句していた。

 ハノンは背伸びをして素早く小さなキスをした。化粧が乱れない程度の軽いキス。

「行こう。エドゥアルド」

 絶句の後に受けた嬉しい衝撃に、呆然とするエドゥアルドの手を引いてハノンは部屋を出る。

 行こう。みんなのところへ。愛しい人々が待つところへ。


「ハノン。今ので欲情した。激しいキス、していい?」

「駄目に決まってんでしょ、バカっ」







~~~END~~~


こんにちは。読んで頂いてありがとうございます。

やっと最終話を迎えることができました。途中から魔獣関係なくなっちゃってますけど……。人の姿に戻ったところで終わりにしようかと思ったのですが、そうするとあまりに中途半端になってしまう気がして(エド殿下とのこと、ハノンの両親とのこと等)、ここまで来てしまいました。途中、何度かやめたくなりましたが、何とか書き切ることができました。

次回の作品は、来週の月曜日から始動したいと思います。

作品名は『私の知らない世界』になるかと思います。異世界物、恋愛物、子育て物の要素を含んだお話になる予定でおります。

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