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09_全艦、退役

サリスが幕を破った。


式典指揮室から艦外デッキへ出てくる。


銃は持っていない。


代わりに、古い手動指揮鍵を握っていた。


「やめろ!」


彼は叫んだ。


「その終章は艦隊を殺す!」


ミナは吹き続けた。


「船は死にません!」


「人もだ! 艦を失えば、彼らは何者でもなくなる!」


その声だけは、嘘ではなかった。


サリスの後ろには、銃を持たない旧軍の乗員たちがいた。第五章で会った若い水兵と、機関長ガルド・ネンもいる。


水兵は私物袋を、機関士は使い込んだ工具箱を抱えていた。


《退役後居住先 未登録》


荷札は、まだ同じだった。


「退役したら、私はどこへ帰ればいい」


ネンが言った。


「聞いたか。委員会は今日まで、答えを一つも用意しなかった」


「私は降ります」


若い水兵が言った。


サリスの顔が止まった。


「住所もないだろう」


「ありません。でも、次の進路を船に決められるのは、もう嫌です」


ミナは音を弱めた。サリスのやり方が間違っていても、彼が利用した穴まで嘘にはならない。


誰も笑わなかった。


「終わらせれば、全部奪われる!」


サリスが言った。


ターラは指揮を止めず、静かに答えた。


「準備をしなかった連中が悪い。それは正しい」


サリスの目が、わずかに揺れた。


「でも、残りたい人のために、降りたい人まで同じ門へ連れていくの?」


二人はそれぞれ工具箱と私物袋を離さなかった。同じ艦にいても、同じ退役にはならない。


サリスが手動鍵を制御柱へ差し込む。


床へ《手動指揮要求》《式典終章と競合》が赤く走る。


ルクが太鼓を叩く。


ミナは最後から二つ目の音を吹く。


輪の外側から、一隻ずつ主機音が途絶え始めた。


鍵は航行指揮だけを認証した。武装権限は、休戦後に失効している。


「なら航行だけでいい!」


サリスが鍵を回す。


《アステリア》が冠門へ向こうとする。


輪を描いていた艦隊の中心が崩れる。


連盟艦隊が再び前へ出る。


セラの声が響く。


『連盟側、射撃準備!』


門まで十秒。ターラがミナを見る。


主唱者はもういない。最後の舞台座標は端。指揮も打楽器も、ここで止まる。


最後のハは、吹かない。


ハ長調の曲なのに、ハへ帰らない。


帰還ではなく、退役だから。


ミナはコルネットを口から離した。


ターラが手を止める。


ルクが撥を上げたまま止まる。


ポロが最後の線の外へ出る。


音が消えた。


宇宙はもともと静かだった。


その静けさが、舞台へ戻ってきた。


輪の外側から艦尾灯が消え、砲塔が伏せられ、主機の低い振動が遠ざかる。


それでも旗艦《アステリア》だけは、冠門へ向けた灯を消さなかった。


セラは退場した。指揮も太鼓も止まり、ポロも線を出た。


主旋律を吹いたミナだけが、まだ中央寄りにいる。


「私も出る」


ターラが頷いた。


ミナはコルネットを抱え、舞台端へ歩いた。床の光が一歩ずつ消え、艦隊の主機出力が落ちる。


サリスが叫んだ。


「戻れ!」


ミナは振り返らない。


舞台の外へ出た。


《演奏者 退場》


《第四終章 演奏部完了》


全艦の灯が一度消え、冠門の直前で《アステリア》が止まった。二十四隻が順番に主機を落とし、長い金属音が船体を伝わる。


艦隊通信に、一つずつ同じ表示が灯る。


《武装系統 恒久封印》


《航路権限 終了》


《艦隊編成 解除》


《任務終了 最終指揮官退艦待機》


サリスが手動鍵を二度回した。反応はなかった。


《最終指揮官 退艦》


サリスは表示を見た。


若い水兵が先に指揮室へ戻り、退艦路を開けた。私物袋を抱え、接続橋へ片足を置く。


足元に赤い線が灯った。


《最終指揮官退艦まで乗員退去保留》


水兵は足を戻した。


ネンは工具箱を持ったまま、サリスの隣へ立った。


「軍艦でなくなっても、残るのか」


「機関室は残ります。肩章はいりません」


サリスは、船を降りたい水兵と、船に残りたい機関士を見た。


どちらも、自分が鍵を持つかぎり動けなかった。


「まだ終わっていない」


サリスはそう言って、手動鍵を抜き、退艦路へ歩いた。


それでも、艦を降りた。


彼の靴が接続橋の境界を越えると、《アステリア》の冠灯が消えた。


《現役任務 終了》


《船体運航 港湾管理へ移行》


《乗員退去を妨げないこと》


《第四終章 完了》


誰も何も演奏しなかった。


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