05_敵国の太鼓
旗艦へ乗り移る方法は、三つあった。
一、正規の接舷許可を取る。
二、格納庫へ強行着艦する。
三、ポロに任せる。
「三は方法じゃない」
ミナが言った。
ターラが答えた。
「でも一番速い」
ポロは連絡艇の後部壁を外していた。
「何してるの?」
「式典用の花綱射出器がある」
「花綱?」
「祝賀用」
壁の中から、太いワイヤと発射筒が出てきた。
先端には金色の花飾りがついている。
ルクが感心する。
「帝国、祝うためなら何でも積んでるな」
「戦うためにもね」
ミナは窓の外を見た。
《アステリア》は長い船体を冠門へ向けている。
こちらとの距離、八百メートル。
護衛の駆逐艦が一隻、間へ入ろうとしている。
ポロが射出器を向けた。
「撃つよ」
「花を?」
「花を」
「史上もっとも平和的な強襲ね」
ターラが言った。
発射。
金色の花綱が宇宙へ伸びた。
《アステリア》の外殻へ吸着する。
ポロが巻き取りを始める。
連絡艇が一気に引かれた。
「速い速い速い!」
ミナは座席へしがみついた。
「減速!」
「祝賀用だから減速装置ない!」
「祝賀に必要でしょ!」
ルクが笑っている。
「めでたい!」
「黙って!」
連絡艇は《アステリア》の側面へ吸い寄せられた。
ポロが最後の瞬間、花綱を緩める。
艇は外殻へ柔らかく――
とは言い難い音でぶつかった。
全員の歯が鳴った。
セラだけが姿勢を崩さなかった。
「着艦成功です」
「基準が低い」
非常用の接続口は閉じていた。
セラが旧皇后の発声で名乗った。
「式典代演者、セラ。《ノヴァ》一座。開扉を」
認証灯が点く。
《声紋照合 旧皇后記録と近似》
《式典代演者として認証》
扉が開いた。
中は無人ではなかった。
旧帝国軍服の乗員が三人、通路の先で振り返る。
互いに固まった。
三人のうち一人は、ミナとそう年の変わらない若い水兵だった。軍服の肩から私物袋を下げている。走った拍子に荷札が裏返った。
《退役後居住先 未登録》
水兵はミナの視線に気づくと、袋を脚の後ろへ隠した。
その横には、油の染みた作業服の上へ旧軍の上着だけを羽織った老機関士がいた。サリスの端末に出た機関長、ガルド・ネンだった。指の節が、工具の柄の形に曲がっている。退役式へ出る服ではなかった。今日も機関室にいた服だった。
セラは一歩前へ出た。
金糸の皇后衣装。
旧皇后に似た声。
男たちは反射的に直立した。
「陛――」
呼びかけられた瞬間だけ、セラの笑みが消えた。
「違います」
セラは静かに言った。
「私は喜劇役者です」
セラは傾いた額飾りを直さなかった。
三人が困った。
ルクが彼らの脇を通り抜ける。
「そういうことだから」
「どういうことだ!」
追いかけてくるまで三秒かかった。
十分だった。
ポロが隔壁を閉める。
五人は艦内を走った。
ターラは案内表示を見上げる。
《儀礼甲板》
《謁見室》
《楽廊》
《式典指揮室》
「楽廊」
ミナが指す。
そこだけ、足が速くなった。
扉の向こうは細長い部屋だった。
壁一面に楽譜棚。
金属筒。
古い紙。
軍楽隊の徽章。
ミナは棚へ飛びついた。
「《星冠帰還曲》、帰還曲……」
ターラとセラも探す。
ルクは部屋の中央に、帝国軍の紋章が入った古い太鼓を見つけた。
「敵の太鼓だ。叩いてみたかった」
「あとで」
ポロが奥の棚を持ち上げた。
「裏に箱」
隠し扉だった。
箱には封印札が貼られている。
《第四終章 退役典礼》
全員が黙った。
「第四終章」
ポロが箱を開ける。
空だった。
底に、紙片が一枚だけ残っていた。
ミナが拾う。
四小節分。
旋律は途中から始まり、途中で切れている。
しかし下段に、打楽器の記号がある。
ルクが膝を叩く。
短、短、長。
休符。
短、長、短、短。
同じだ。
「替え歌の元」
ミナが言った。
「間違いない」
セラが紙片の裏を見る。
「文字があります」
薄い帝国標準語。
《主唱者退場後も演奏を継続すること》
《独奏者の復帰を待たない》
《退役典礼は命令列にあらず。五認証系統を無帰属へ移す解除手順とする》
《最終認証域――旗艦外甲――》
その下には五本の欄があった。紙は何度も裂かれ、語の一部だけが残っていた。
《音高――主音帰還を禁――》
《拍――――休符――》
《舞台座標――中央――》
《儀礼具――返納》
《入退場――――》
ターラが読む。
「変な指示ね」
ミナは別のことに気づいた。
「これ、終わりの曲じゃない」
「第四終章って書いてある」
「曲の終わりじゃなくて、任務の終わり」
ミナは四小節を指で追った。
主旋律の最後が、途中で消える。
その後も打楽器と低音だけが続く指示。
調はハ長調だった。第一楽章と同じ。
四小節目は、次にハが来れば、誰が聞いても「終わった」と分かる形で切れている。
なのに、そのハだけがない。
「命令を足す曲じゃない。五つの系統から、命令を一つずつ抜く。どの航路にも、発射時刻にも、隊形にも属さない状態へ戻す手順に見える」
ルクが眉を上げる。
「皇帝か提督がいなくても続けろ、ってことか」
「そう見える」
ターラが小さく笑った。
「帝国にしてはいい曲ね」
扉が開いた。
サリスが立っていた。
警備員六人。
銃。
「そこまでだ」
ポロが棚を持ったまま振り返る。
サリスは箱を見る。
「見つけたか」
「あなたが抜いたのね」
「四十年前だ。退役命令など、敗北のためにしか使われん」
ミナはもう一つ聞いた。
「じゃあ、リハーサルが実艦につながっていたのも?」
サリスは答えなかった。
それで十分だった。
「式典モードは勝手に起動しない。あなたがつないだのね」
「第三楽章まで通す必要があった」
「接続できるのは、今日の退役式だけ」
ミナが言うと、サリスは黙った。
「旧軍人は典礼を執行できない。皇后役を含む五系統の資格が必要。だから《ノヴァ》しかいなかった」
「お前たちはプロだ。支給譜を外さず、第三楽章まで演奏するはずだった」
「機能を知れば断るから、何も言わなかった」
「各楽章の終了後は、手動鍵で切れると確認していた」
「第一楽章が終わるまでは?」
答えはなかった。
「それで本番じゃなく、客席も監視官席も空のリハーサルにつないだ」
「本番では遅い。連盟の監視官は《現役任務終了》の確認まで艦を離れない」
ミナのくしゃみがなくても、彼は五人の足元に戦争を置いていた。
ターラの顔から笑いが消えた。
ルクが言った。
「だから敵が覚えてた」
サリスの視線が彼へ移る。
「何?」
ルクは指でリズムを叩いた。
短、短、長。
休符。
短、長、短、短。
サリスの顔が変わった。
「それをどこで」
「あなたたちが逃げるとき」
「撤退だ」
「こっちでは逃げるって言ってた」
銃口がルクへ向く。
ミナが一歩出た。
「撃ったら、第四終章を再現できない」
自分でも驚いた。
サリスも驚いた。
「できるのか」
「四小節しかない」
「ならできない」
「あなたは、そう思って捨てた」
ミナは紙片を握った。
「でも、音楽って楽譜だけじゃない」
紙にない音を選べば、外した場所を譜面のせいにはできない。作曲者にも返せない。
それでもミナは、紙片を離さなかった。
横でルクが、短く息を吐いた。
サリスが手を上げた。
「連れていけ」
警備員が近づく。
ターラが聞いた。
「どこへ?」
「式典指揮室だ。第三楽章を演奏してもらう」
「断ったら?」
「連盟艦隊が先に撃つ」
窓の外が青白く光った。
遠くで警告射が走る。
冠門は、肉眼でも輪郭が分かるほど近づいていた。
サリスは言った。
「舞台はもう始まっている」
ターラが肩をすくめた。
「それ、座長に言う台詞じゃないわ」




