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04_楽譜にない四小節

《金冠劇場》の舞台裏は、表より帝国らしかった。


表には金と赤がある。


裏には配管と番号しかない。


「こっち!」


ポロが先頭を走った。


「知ってるの?」


「さっき搬入口を見た」


「出口は?」


「見てない」


「どうして先頭なの!」


五人は暗い通路を曲がった。


背後から警備員の足音が追ってくる。


ルクは大太鼓を抱えたまま走っていた。


「捨てて!」


「楽器を捨てろって言うな!」


ミナは自分のコルネットを見て、黙った。


セラは旧皇后役の金糸のドレスを両手で持ち上げて走った。


ターラが急に止まった。


全員がぶつかった。


「何!」


「譜面」


ターラはミナの手から楽譜を取った。


「走りながら見ないで!」


「止まった」


「もっと悪い!」


ターラは第三楽章の最後を開き、切り取られた紙の痕を指でなぞった。


「四枚目じゃない。ここ、糸綴じの穴が二組ある」


ミナも覗く。


本来なら第三楽章の後に、薄い折丁が一つ挟まっていた。


何ページかは分からない。


ただ、少なくとも一枚ではない。


警備員の声が近づく。


「あとで見よう!」


ルクが言った。


「もう時間がない!」


「じゃあ走りながら見ろ!」


さっきと逆になった。


ポロが搬入口の非常扉をこじ開ける。


外は格納区画だった。


《ノヴァ》の巡業船《アンコール》が、場違いなほど小さく停まっている。


船体は青と白。


客席百八十席を展開できる移動舞台船だが、今は片側の塗装が剥げ、船尾には「広告募集中」の札が出ている。


ターラが言った。


「乗る!」


ポロが首を振る。


「主機、冷えてる。すぐには出ない」


「昨日、すぐ出せるって」


「昨日は温かかった」


「船にも都合があるのね」


ルクが格納庫の奥を指した。


「小艇」


旧帝国の式典用連絡艇が三隻並んでいた。


金色。


異常に金色。


「嫌な色」


ミナが言う。


「でも動く」


ポロが一隻の外板を叩いた。


「たぶん」


「今日、“たぶん”禁止!」


ターラが叫んだ。


警備員が格納庫へ飛び込んできた。


五人は連絡艇へ転がり込んだ。


ポロが操縦席へ座る。


「鍵」


「ない」


「鍵なし?」


「式典艇だから、皇室認証」


全員がセラを見る。


セラが胸に手を当てる。


「恐れ入りますが、私は皇后ではありません」


「知ってる!」


艇の古い認証器が、セラの声を拾った。


《声紋照合 旧皇后記録と近似》


《式典代演者として認証》


扉が閉じた。


連絡艇が格納庫を飛び出した。


背後で警備員たちが小さくなる。


前方には、冠門へ向けて進む二十四隻の旧帝国艦隊。


そのさらに外側から、連盟護衛艦十六隻が回り込んでいる。


港湾通信が飛び込んだ。


『不明艇、停止してください!』


ターラが応答する。


「星海歌劇団《ノヴァ》です」


『もっと停止してください!』


「どういう言い方?」


『さっきから全員、停止しないので!』


管制官は泣きそうだった。


ターラは通信を開いたまま言う。


「旧帝国艦隊は第三楽章で門へ入る。止め方を探してる。式典曲の完全版、そっちにない?」


『式典局の保管庫はサリス総監権限で封鎖されました!』


「早いわね、仕事が」


『それと連盟艦隊から通告! 旧艦隊が門境界を越えたら拿捕行動に入るそうです!』


ルクが窓の外を見る。


「拿捕で済めばいいけどな」


ミナは第三楽章の譜面を膝へ置いた。


紙の端。


切断跡。


その下に、ごく小さな音符が一つだけ残っている。


「ターラ」


「見つけた?」


「最後のページの下端、切られたところにリズム記号が残ってる」


短、短、長。


休符。


短、長、短、短。


ルクが振り返った。


「それ、見せろ」


ミナが紙を向ける。


ルクの顔から、いつもの軽さが消えた。


「知ってるの?」


「知ってる」


「帝国の曲なのに?」


「連盟の軍楽隊で叩いてた」


サリスの言葉を思い出す。


その太鼓の持ち方で分かる。


ルクは紙を見たまま、指で膝を叩いた。


たた、たーん。


間。


た、たーん、たた。


「《金ぴか船は家へ帰れ》」


「何それ」


「兵隊の替え歌。帝国艦が撤退するとき、通信傍受した拍子を真似して叩いた。嫌がらせで」


ルクの指が、次の拍だけ遅れた。


「聞いてる奴が乗ってるとは、思わなかった」


セラが興味深そうに身を乗り出す。


「歌詞は?」


「品がない」


「ぜひ」


「あとで!」


ミナはルクの指を見た。


そのリズムは、切り取られた終端と一致している。


「退役の曲かもしれない」


ターラが言った。


「帰還曲の終わりに、艦を帰す命令」


「港へ?」


ミナは首を振る。


「たぶん、もっと先。任務そのものを終わらせる」


ルクが笑った。


「帝国軍が一番嫌いそうな楽章だな」


連絡艇の警報が鳴った。


前方から、旧帝国駆逐艦が一隻こちらへ向きを変える。


サリスの声が通信へ入った。


『その艇を戻せ』


ターラが答える。


「出演料、全額先払いなら」


『まだ言うか』


「商売だから」


『第三楽章を演奏しろ。そうすれば誰も撃たずに済む』


ルクが小さく言った。


「嘘だな」


ミナもそう思った。


門の向こうに何がいるか分からない。


それでも二十四隻の軍艦を持って逃げる人間が、誰も撃たないとは思えない。


ターラが通信を切った。


「旗艦《アステリア》へ行く。完全譜が残るなら、あそこ」


「サリスも銃もいる」


「こっちは楽団よ」


「比較になってない」


「舞台の上ならね」


ポロが操縦桿を倒す。


金色の連絡艇は、旧帝国旗艦《アステリア》へ向けて加速した。


ルクが膝で、あのリズムを叩いている。


短、短、長。


休符。


短、長、短、短。


ミナはその拍子を、頭の中で何度も繰り返した。


楽譜にない音は嫌いだった。


知らない曲は、もっと嫌いだった。


なのに今、銀河で一番必要なのは、誰かが昔ふざけて覚えた替え歌だった。


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