03_舞台袖に戦艦
劇場の外で、警報が増えた。
港の警報は三種類ある。
事故。
火災。
戦闘。
今は全部鳴っていた。
「欲張りですね」
セラが言った。
「帝国じゃなくても欲張れるわよ」
ターラはサリスを睨んだ。
「説明して」
「近衛艦隊二十四隻は、今朝付で退役する予定だった」
「だから式典を頼まれた」
「退役すれば、船体は解体、乗員は各地へ散る。未払いの給与も、補償も、年金も、誰が引き受けるか決まっていない」
サリスは透明壁の向こうの艦隊を見た。
「あの艦で四十年暮らした者もいる。船を降りた翌日の住所すら決まっていない」
サリスの端末に、旗艦から短い報告が入った。
『第三機関炉、式典出力を維持。機関長ガルド・ネン』
添付された人事欄には、在艦四十一年、退役後居住先未登録とある。
「ネンは二十歳で乗った。妻を艦内で看取り、息子は戦死した。今さら“船を降りろ”だけが届いた」
サリスは報告へ、出力維持、とだけ返した。
「それで艦隊ごと盗む?」
「盗むのではない。帰還させる」
「どこへ」
「帝国がまだ帝国である場所へ」
ルクが太鼓の撥を肩へ載せた。
「それ、だいたい“盗む”って言うんだよ」
サリスの警備員たちが舞台へ上がった。
銃口が向く。
ポロが大道具の柱へ手を伸ばした。
ターラが止めた。
「それは艦隊が曲がる」
「じゃあ何を持てば」
「自分」
「重い」
「知ってる」
ミナは楽器を下ろさなかった。
「第三楽章を演奏させて、艦隊を冠門へ通すつもり?」
「第三楽章が終われば、式典帰還権限が確定する。門は二十四隻を一団として処理する」
「その先で待っているのは?」
「まだ旗を降ろしていない連中だ」
サリスは簡単に言った。
ミナには、それが一番怖かった。
七十年の戦争は、誰かが「まだ終わっていない」と言い続けた時間でもある。
休戦しても、船は残る。
銃も残る。
音楽まで残っている。
「連盟は止めるわ」
「止めれば、彼らが先に撃ったことになる」
「あなたがそう見せる」
「歴史は、見えたものから書かれる」
「歌劇の台詞としては三流ね」
ターラが言った。
サリスは彼女を見た。
「金が必要なんだろう、座長」
ターラの目が細くなる。
「何の話」
「巡業船の港湾費、燃料代、舞台機材の担保。全部調べた。第三楽章まで演奏すれば、五年分払う」
ルクが口笛を吹いた。
ミナが彼を睨む。
「反応しないで」
「五年だぞ」
「反応しないで」
ターラは即答しなかった。
その沈黙が、ミナには嫌だった。
《ノヴァ》は本当に金がない。
前の惑星では、客席より出演者の方が多かった。
その前は、入場料を現地通貨で受け取った翌日に、その通貨を発行した自治政府がなくなった。
巡業船の左主機は、ポロが「あと三公演はいける」と言ってから八公演動いている。
五年分。
ターラなら、数字を聞く。
必ず。
「先払い?」
聞いた。
ミナは目を閉じた。
サリスが笑う。
「半分」
「全額」
「欲が深いな」
「出演料の話をする人間に言われたくない」
ターラは一歩前へ出た。
「それと、条件追加」
「なんだ」
「観客を撃たない」
「当然だ」
「出演者も」
「当然だ」
「港も、連盟艦も、逃げたくない乗員も、あなたについていかない人も」
サリスの笑みが消えた。
「それでは艦隊が出られん」
「じゃあ契約不成立」
ターラが指揮棒を折った。
乾いた音がした。
サリスが目を見開く。
ターラは折れた棒を足元へ落とした。
「舞台を人質にする客は嫌いなの」
警備員たちが一斉に銃を上げた。
ルクが言った。
「交渉、もう少し穏やかにできなかった?」
「四倍払わない客よ」
「それは悪い」
サリスが短く息を吐いた。
「指揮棒など代わりがある」
「指揮者も?」
「時間がない。やれ」
そのとき、劇場全体が揺れた。
透明壁のすぐ外を、旧帝国駆逐艦が横切った。
近い。
近すぎる。
艦尾噴射が劇場外壁を撫で、照明が落ちる。
舞台の床が傾いた。
ポロが滑った。
とっさに儀礼剣の台座を掴む。
「あ」
儀礼剣が抜けた。
艦隊二十四隻の砲門が、一斉に開いた。
「戻して!」
ミナが叫ぶ。
ポロが剣を鞘へ突っ込む。
砲門が閉じる。
ルクが笑い出した。
「これ、面白いな」
「面白がらないで!」
「いや、使える」
ターラも同じ顔をしていた。
ミナは嫌な予感がした。
「ターラ」
「舞台装置は艦隊の命令」
「知ってる」
「この劇場にいる限り、銃を持ってるのは提督だけじゃない」
サリスが気づいた。
「全員、動くな!」
遅かった。
ターラが叫ぶ。
「ポロ! 青い柱、倒して!」
「右? 左?」
「客席から見て右!」
「俺からは?」
「逆!」
「どっち!」
「もう倒して!」
ポロが柱を倒した。
艦隊が一斉に左旋回する。
劇場のすぐ外にいた駆逐艦が噴射を切り、警備員たちが体勢を崩した。
ルクが太鼓へ撥を構えた。
「叩かないで」
「分かってる。今やったら火器手順が進む」
分かっている顔ではなかったが、撥は止まった。
サリスが銃を抜いた。
ミナの前へ向ける。
その瞬間、床の一部が上昇した。
ポロが触れた昇降装置だった。
サリスだけが持ち上げられ、二メートル上の小舞台へ運ばれた。
ルクが見上げる。
「似合うぞ、提督」
「下ろせ!」
「終演後に」
ターラが言った。
五人は舞台袖へ走った。
ミナは最後に譜面を掴む。
第三楽章までしかない譜面。
ページの端に、さっきまで見えなかった焦げた跡があった。
四枚目が切り取られた跡。
第三楽章で終わりではない。
誰かが、終わりを消した。
背後でサリスが怒鳴る。
「門が開けば、逃げても同じだ!」
ターラが振り返らず答えた。
「舞台で一番大事なこと、教えてあげる」
「何だ!」
「終わり方よ」




