06_五人で二百六十人に負ける方法
《ルミエラ》の第二幕は、天蓋を失っても明るかった。衣装に縫いつけた薄い金が照明を返し、三層の楽団の上へ細かく揺れていた。空いた客席には上着や案内紙が残り、係員が一つずつ、忘れ物なのか戻ってくる人の物なのか確かめていた。
アルマが手を上げた。本来なら天蓋が開く拍だった。彼女は上を見ず、何も吊られていない空間へ歌を渡した。七十八人の合唱が受け止め、イリヤの独奏がその響きを細く束ねる。
ミナは悔しいので、よく聞いた。
先ほど自分が足した装飾も、もうその中へ入っていた。違う歌手の息に合わせ、最後の二音だけ短くしてある。自分が書いたときより歌がよく聞こえる。それを認めるのが、今夜は少し難しかった。
「ここで通信」
ターラが指揮棒を止めた。アルマも伴奏も、同じ小節で終わった。両方の舞台の奥へ、作業艇の映像が出る。
青い艦から一本の索が垂れた。先端を赤い作業艇の腕が掴む。艦長たちが互いの速度を確かめる声が、さっきまで歌の響いていた劇場へ流れた。
ミナは、艇に乗る人の顔を初めて見た。厚い手袋では端末を押しにくいらしく、同じところへ二度指を当てていた。失敗した一度目も放送された。
「戻します」
モルナが告げた。《ノヴァ》の番になった。
ポロは扇の支えを確かめ、ターラを見る。
「閉じる方が遅い」
「閉じ終わるまで次へ行かない。あなたに合わせる」
返事を聞いてから、ポロが留め金を抜いた。二十四メートルの鏡が舞台を満たす。そこに映る客は、入場したときよりずっと少なかった。最前列の老女は座っていた。隣の席は空いている。
ルクが浅胴太鼓を叩いた。高い音に合わせ、ミナは低音を少し長くした。セラは空の盆を持ち上げた。
「私には、差し上げる星がありません」
婚礼品の目録にはない言葉だった。暁座でアルマが歌った十二の星系、七つの門、三十六隻の船を、彼女は一つも読み上げなかった。
「まだ一人では、見られないものを。これから一緒に見る景色を」
鏡に向けて歌うと、客が自分の姿を見つけた。ひとりが隣の席へ顔を向け、誰もいないので舞台へ戻した。セラの声がその人の前を通った。
高い母音は、皇后によく似ていた。
宵座の奥から「陛下」と呼ぶ声がした。暁座では、一人が席を立った。ミナには出ていった理由が分からない。セラにも分からなかったはずだった。それでも一瞬、歌が遅れた。
ミナは遅れた分だけ伴奏を伸ばした。セラは声を低くせず、次の言葉へ移った。
似ているままだった。
拍手のあと、肘掛けの灯が点いた。今度は窓の外の流れを見ていたミナにも、何も動かなかったことが分かった。客席の数字が増え、それだけだった。
ターラは額を押さえた。負けるつもりで削った演出が、なくなったものの多い今の客席へ、いちばん近い形で届いてしまった。
そのとき、暁座の画面が一瞬暗くなった。エルダの放送局から、《宮殿で旧帝国復帰を唱える公演続行》という字幕のついた広告が送り返されてきた。
「消してください」
セラが言った。舞台の上から、普通の声で。
ミナは反射的に高い音を吹いた。嫌な空白を埋めたかった。客が広告でなくこちらを見るように。音は開いた鏡を震わせ、暁座まで通った。
そこは、イリヤが低い独奏へ入る小節だった。
イリヤの口が楽器から離れた。目がこちらを見た。ミナは音を伸ばしてしまった。止めれば自分が割り込んだことだけが残る。相手が拾ってくれると知っていた。彼女なら、もう間に合わないはずの拍からでも入れる。
イリヤは別の旋律を選び、ミナへ合わせた。アルマも歌い出す。広告は消え、楽団が曲をつないだ。
ミナは最後まで吹いた。音楽の形は壊さなかった。イリヤが吹くはずだった音だけが、どこにもなかった。
幕を下ろす前に、また現場回線が入った。
『青旗艦、艦尾をもう少し振れるか』
『この一基が使えない。索の角度を変えてほしい』
画面の中で、赤い作業艇が青艦の傷へ近づいた。赤い艦がもう一隻、反対側で索を引く。救出のための配置だった。無音で見れば、二隻で青い旗艦を拘束しているようにも見えた。
青艦の砲門が開いた。
『本国から、接舷を認めるなと来ている』
女の声は低かった。怒鳴ってはいなかった。
『こちらの艇を戻したら、放流器へ届かない』
赤旗艦の艦長が答えた。
ルクは借りた太鼓を床へ置いた。ミナには、彼の肩が硬くなるのが見えた。指先が小さく動いているのに音がしない。
「艇の人、顔を出せるか」
ルクが回線へ近づいた。
「そこの索を掴んでる人。軍艦じゃなくて、その人を両方へ映してくれ」
モルナが映像を切り替えた。手袋で端末を押していた作業員が、驚いた顔でこちらを見た。ルクは少し間を置いてから、青艦へ言った。
「砲口が、この人へ向いてる。今の画面、そっちでも見えるか」
返事まで、太鼓を叩く指ほどの動きもなかった。
『見える』
女の艦長が答えた。
『照準を外す。装填は保留する』
ミナは息を吐いた。赤い側の砲門はまだ開いていた。ルクはそちらにも同じ画面を送り、返事を待った。二度目には、彼の声は少し掠れた。
通信が終わると、イリヤが鏡廊へ来た。
「あそこは、私が入るところだった」
「放送が、あんなことを流したから」
「聞こえた。だから、一人の音に戻したかった」
ミナは楽器の水を抜いた。床へ落ちた雫を靴で擦り、かえって跡を広げた。
「私が吹いた方が、早かった」
「そう。私は合わせた」
イリヤはその二つを、褒める調子にも責める調子にもせず言った。
ミナは、相手が上手かったことを自分の理由にしていたのだと分かった。謝ろうとすると、今度はセラが後ろを通った。先に音を出したせいで、彼女も自分の声で広告へ返す機会を失っていた。
「ごめん。二人とも」
イリヤは少し頷いた。セラは立ち止まったが、すぐには答えなかった。
その沈黙へ、ミナはもう音を入れなかった。




