03_同じ主役が二人います
開演十五分前、暁姫が二人いることが正式に問題になった。
モルナは二冊の台本を机へ並べた。《ルミエラ》ではアルマが暁姫を演じ、五十八人の舞踊手が宵王を表す。《ノヴァ》ではセラが暁姫を演じ、客席の一人を相手に選ぶ。衣装にも役名にも問題はなかった。同じ作品を競うのだから、主演が二人いるのは当然だった。
「ただ、最後の冠を受け取る方が決まっていません」
「客席で聞くわ。断られたら、別の人に聞く」
ターラが答えた。
「冠を渡すところまで?」
セラが目を上げた。
「相手の方は冠を持っていません」
台本には、《相手役の冠を受け、鏡門より退出》とあった。ターラの演出では、セラが自分の冠を脱いで客に預ける。それで姫が身分を捨てたことにしていた。
アルマが古い舞台図を広げた。鏡門から細い線が延び、楽屋の手前を通って反対の劇場へ届いている。
「私たちは、ここを舞踊手の退場口に替えた。原典の動線をそのまま使うつもりなら、一度見ておきたい」
「今は採点機材があります。移せるか、係を呼びます」
モルナは台本に印をつけた。床の下を覗いたポロが、橋の受けがある、と言った。そこへ大きな扇を持ち込もうとするので、ミナはひとまず工具箱だけにさせた。開演前に橋まで直し始めては、誰も出番へ戻らない。
客席の見本端末が運ばれてきた。
仮面と同じ模様の肘掛けに、親指の収まる窪みがある。係員が親指を置くと、席の番号が一度だけ光った。拍手をしても、立っても、何も起きない。
「承認はこれです。一席につき一票。幕の終わりに灯がついたら、支持する方は触れてください。押さなかった方には尋ね直しません」
「拍手の大きい方が勝つんじゃないの?」
ルクが太鼓の撥を差し出した。係員は真面目に首を振った。
「拍手と起立は数えません。お立ちになれない方も、手を叩けない方もいますから」
ミナが触ると、その席はすでに承認済みだと表示された。強く押しても票は増えない。指を離して初めて、彼女は自分が力を入れていたことに気づいた。
窪みの下には、現代の案内札が貼ってあった。《よかった演技に、ご承認を》。角の剥がれたところから、古い文字が見える。
迎える。
モルナは、元は婚礼の客が相手側の使節を迎えるための席だった、と説明した。いまは両劇団への評価を、一幕ずつ記録する。その記録を最後にまとめ、歌劇祭の勝者を決める。
外の青い艦は暁座、赤い艦は宵座の窓の前へ来ていた。施設技師が回廊の入口を閉じた。軍艦が勝手に動いたわけではなく、艦長たちが指定の速度へ合わせ、船腹の灯を一隻ずつ点していった。
「退出の試験では、誰が押したんですか」
ミナが聞いた。
「試験班が、両側の端末から。正常に受け付けています」
技師は最後の画面を見せた。冠がそれぞれ反対側へ移り、二つの客席の承認が揃った記録だった。そこへ入るまでの演技は、仮の映像になっていた。
イリヤが、反対側の冠の印を指した。
「私たちの結末とは違う」
ヴァロも覗き込んだ。モルナは初めて、試験映像と演出台本を横に置いた。
「終幕までに照合します。ここを未確認のまま進めません」
「終幕だけでいいのか、回廊の担当にも聞いて」
ターラが言った。
モルナはその場で連絡した。返事は、第一幕の祝賀周回には支障なし、だった。客席端末も通行設備も検査は済んでいる。モルナは連絡をつないだまま、係員に冠の登録票を持ってこさせた。
ミナには、何かを見落としている気がした。けれど、どこが違うのかを言えない。違うのは譜面か、役か、退出する場所か。イリヤの方を見ると、彼女もまだ図を閉じていなかった。
「一幕のあいだに、こちらで読む」
イリヤは終幕だけ切り離し、譜面台の端へ置いた。
開演の鐘が鳴った。ミナが戻ると、ルクはもう太鼓を持っていた。大きな胴の、幾度も塗り直した縁へ親指を掛けている。
「勝とうぜ」
彼はそう言って立った。ミナも、まだそのつもりで管を構えた。




