第9話:12歳、初めての「定期テスト」と、親世代の『サラリーマン無双』
「じゅり、これ私のノート。貸してあげるから、次の『期末テスト』の勉強に使いなよ」
「ほう……お前の手書きの文字か、実に素晴らしいな、れな。だが、隣の席の男がさっきからお前のこのノートをチラチラ見ている。今すぐあの男の机を重力魔法でペシャンコにしてやろうか?」
「ただノートが綺麗だから参考にしてるだけだから! 魔法使ったら一発で不審者としてニュースになっちゃうでしょ!」
中学校の教室。私は隣の席のじゅりを必死に小声でたしなめた。
12歳で日本の小学校を卒業し、こちらの中学校へ進学してから数ヶ月。私たちは日本の年齢でいうと**【12歳(中学1年生)】**として、相変わらず異世界の夜の時間をバグったタイムラグで利用しながら、元気に中学校へ通っていた。
じゅりは相変わらず私の前後左右に男が近づくだけで、プラチナブロンドの髪を揺らしながら紫色の瞳で「威圧」を放ちそうになる。中身はチート王子なのだから、中学1年生の勉強(数学や英語)なんて一瞬で理解できるはずなのに、わざわざ私の隣で「れな、この『方程式』という計算の解き方を教えてくれ」と甘えてくるのでタチが悪い。
「ただいまー……」
「おかえり、れな! じゅり!」
無事に今日の学校を終え、秘密基地(日本の我が家)のクローゼットからリビングへと帰還すると、もこもこのスウェット姿のりく兄ときりや兄が出迎えてくれた。
リビングのソファには、見慣れた高級スーツを少し着崩した阿流おとうさんと皇おとうさんが、ネクタイを緩めながら缶ビールを片手にドサッと座り込んでいた。
「いやあ、皇さん。今日のプレゼンも完璧でしたな! 我が社の『魔導技術(という名の超省エネ)エアコン』の機能に、日本の家電量販店のバイヤーたちが一斉に度肝を抜かれていましたぞ!」
「ははは! 阿流さん、君の営業トークも冴え渡っていたな! 異世界の『結界魔法』を応用した最新の防犯カメラの契約も、今日だけで100件以上決まった。これで我が社の今期の売上はさらに跳ね上がるぞ!」
異世界の最高権力者トップ2(国王&公爵)は、日本名である「皇さん」「阿流さん」とお互いを呼び合いながら、すっかり日本の敏腕サラリーマンとして無双していた。
2人が異世界の魔法知識をこっそり現代IT技術と組み合わせて設立した日本法人は、今や凄まじい勢いで急成長を遂げている。向こうの世界の激務で鍛え上げられた2人の政治力と事務処理能力にとって、日本のビジネスシーンを生き抜くことなど朝飯前だったらしい。
「あら、あなたたち、お仕事の話ばかりで子供たちが呆れていますわよ。ほら、真理さん、あっちの最新オーブンで焼いた『冷凍ピザ』が温まりましたわ!」
「まぁ、紗夜さん、ありがとうございます! この『ちーず』がとろける食べ物、本当に素晴らしいですわね。異世界の王宮のシェフにも真似してほしいくらいですわ」
紗夜おかあさんと真理おかあさんも、エプロン姿でキッチンから仲良く現れた。お互いを「あなた」と呼び合う両親たちの後ろから、金髪の姉たちも食卓へ吸い寄せられていく。
「お帰りなさい、れな、じゅり。中学校の『てすと勉強』はいかがでしたの? 漫画に出てくるような『放課後の図書室での秘密の教え合い』は始まりましたの?」
みあが少女漫画を抱きしめながら、うっとりと目を輝かせる。
「おかえり。ねぇ、れなちゃん、皇おとうさんたちが買ってきたあの『あいすくりーむ』という冷たいおやつ、かりんも食べたいのだけれど……半分こしてくれないかしら?」
かりんがおっとりと首を傾げながら、物凄く期待に満ちた目で食いついてくる。
「ちょっとかりん、それは俺がスクワットの後に食べるために残しておいたやつだぞ!」
きりやが怒鳴り、かりんが「なんですってきりや! 筋肉バカはプロテインだけ飲んでいればいいじゃない!」と言い返す。いつものように遠慮のない呼び捨てで言い合いを始める同い年の2人を見て、私は実家のような安心感を覚えた。
「はぁ……やっぱりスウェットに着替えると落ち着くわ……」
私がピンクのもこもこスウェットに着替えながらコタツに潜り込むと、隣に滑り込んできたグレーのスウェット姿のじゅりが、当然のように私の真隣にぴたりと体を密着させ、コーラを2缶開けた。
「そうだな、れな。お前は一生、この俺の隣で、この秘密基地の中でだらしなく笑っていればいいんだ」
じゅりは12歳児の少し大きくなった手で、私のスウェットの裾をぎゅっと力強く握り締め、満足そうにコーラを喉に流し込んだ。
12歳の中学校ライフと、大人のサラリーマン無双。私たちの自堕落な二重生活は、じゅりの歪んだ執着とともに、ディープな領域へと加速していくのだった。




