第8話:12歳、初めての「ちゅうがっこう」と拗らせ王子の限界独占欲
「れな、ついに今日から『セーラー服』だな。……うん、驚くほどよく似合っている」
「……ありがと。でもじゅり、私のスカート丈を凝視しながら言うの、ちょっと怖いわよ?」
新築一軒家の姿見の前で、私は自分の紺色のセーラー服を引っ張りながら苦笑した。
3歳でこの秘密基地を見つけ、じゅりたちと自堕落な二重生活を始めてから**9年**――。7歳で入学した小学校の6年間を完璧に皆勤賞で駆け抜けた私たちは、日本の年齢でいうと**【12歳(新中学1年生)】**になり、こちらの中学校へと進学する日を迎えた。
異世界の夜の数時間が、こっちでの丸一日分。
このバグったタイムラグを駆使して私たちが日本の義務教育をクリアしていく間に、父親たち(皇おとうさんと阿流おとうさん)の設立した日本法人は、異世界の魔導技術をこっそり組み込んだ最新家電の販売で大ヒットを飛ばし、今や誰もが知る大企業に成長。おかげで私たちの戸籍も経済基盤も、日本で盤石なものになっていた。
「おい、れな! じゅり! 中学校の入学式へ行く前に、このりく兄にその晴れ姿をしっかり見せ……ぶはっ!? な、なんだその不届きな短さのスカートはぁぁぁ!?」
リビングのコタツから、少女漫画を放り出した銀髪のりく兄が飛び出してきた。向こうの世界では立派な見習い騎士を目指しているりく兄だが、こっちでは重度のシスコンオタクである。
「駄目だ、そんなに生足を出して外を歩くなど、このりく兄が絶対に許さん! ほら、きりやも何か言ってやれ!」
「あー……いや、りく兄。日本の『ちゅうがくせい』はみんなこれくらいだぞ? 漫画にも書いてあっただろ。それよりれな、部活は何にするんだ? 運動部だろ!?」
プロテイン(イチゴ味)をシェイクしながら、筋トレマニアに育ったきりや兄が暢気に返す。
「ふん。相変わらず騒がしいシスコンどもだ。心配せずとも、れなの周囲の男は俺がすべて排除する」
じゅりが学ランの襟を正しながら、12歳とは思えない冷徹な微笑みを浮かべた。
プラチナブロンドの髪に、ブレザーではなく黒の詰襟学ラン。前世がオタクの私から見ても、正直、卒倒しそうなほど整った美少年へと成長している。しかし、その中身は順調に「ヤンデレの帝王学」を修めた歪んだ独占欲の塊だった。
「ほら、じゅり、目がマジになってるから。威圧を放ちながら登校するのは本当にやめてよね?」
「善処しよう。……だが、れな. もし俺以外の男が1秒以上お前と目を合わせたら、その男の学校生活がどうなるか……分かっているな?」
「分かってないし、脅迫のスケールが不穏すぎるのよ」
私たちは呆れる両親たち(阿流おとうさんと真理おかあさん、今回はお留守番の皇おとうさんと紗夜おかあさん)に見送られ、新しく通う中学校へと向かった。
小学校とは違い、中学校の校門は少し大人びた雰囲気に包まれていた。
桜の舞い散る中、周囲の生徒や保護者たちが、私たちの姿を見て一斉にざわつき始める。
「ねぇ、あの男の子ヤバくない……? 少女漫画から出てきたみたい……」
「隣の赤髪の子もすごく綺麗。モデルのカップルかな……?」
そんな黄色い悲鳴を完全に無視して、じゅりは私のセーラー服の袖をぎゅっと力強く掴んだ。7歳の頃から変わらない、彼の執着の証。いや、むしろ年齢を重ねるごとに、その握る力は強くなっている気がする。
クラス掲示板の前に着くと、私たちはまたしても同じクラスの、しかも窓際の「前後ろ」の席だった(絶対に父親たちの会社の情報工学チームが裏でハッキングしたに違いない)。
「ふむ、悪くない位置だ。これなら授業中も、常に俺の視界にお前を収めておける」
じゅりは私の後ろの席に深く腰掛け、机の下で私の椅子の背もたれをトントンと指先で叩いた。
「じゅり、中学に入ったら、私さすがにちょっとはお友達(女子)を作りたいんだけど……」
私が振り返って小声で言うと、じゅりはフッと微笑み、私の赤髪の毛先をそっと指に絡めた。
「友達なら、あの秘密基地に溢れかえるほどいるだろう? みあ姉もかりん姉も、りく兄たちもいる。お前の世界には、俺たちがいればそれで充分だ。……それとも、俺だけでは不満なのか、れな?」
至近距離で覗き込んできた紫色の瞳が、ゾッとするほど暗く、そして甘く潤んでいる。
(あ、これ完全に手遅れのヤツだ……。私、平穏なスウェット生活のためにじゅりを取り込んだはずなのに、日本の少女漫画の知識を吸収したせいで、ハイブリッド型の一番タチの悪いヤンデレ王子に育っちゃってる……!)
入学式が終わり、私たちがどっと疲れて秘密基地(日本の家)のクローゼットからリビングへと帰還すると。
ガサゴトッ!!
「おかえりなさい、れな、じゅり! どうでしたの、中学校は!? 『ぶかつ』という響き、なんと素晴らしい響きかしら! 漫画で見た『放課後の図書室での秘密の恋』は始まりましたの!?」
みあ姉が最新のティーンズ向け少女漫画を胸に抱きしめ、鼻息荒く出迎えてくれた。
「おかえりなさい。ねぇ、れなちゃん、中学校の近くにある『こんびに』には、新作のショコラタルトが売っているって本当かしら……? 先に食べていたきりやが絶賛していて、私、気になって夜も眠れなくて……」
かりん姉がおっとりと首を傾げながら、よだれを垂らしそうな勢いで食いついてくる。
「おい、かりん! 俺のタルトを勝手に食べたのはみあ姉だろ! 俺はスクワットの後に楽しみに残しておいたんだぞ!」
きりや兄が怒鳴り、リビングは一瞬でいつものカオス空間へと戻っていった。
「はぁ……やっぱり我が家(秘密基地)が一番落ち着くわ……」
私がもこもこのスウェットに着替えながら呟くと、隣で同じくグレーのスウェットに着替えたじゅりが、当然のように私の隣に座り、コーラを2缶開けた。
「そうだな、れな. お前は一生、この俺の隣でだらしなく笑っていればいいんだ」
じゅりは私のスウェットの裾をしっかりと握り締め、満足そうにコーラを喉に流し込んだ。
中学校という新しいステージで、私たちの自堕落な二重生活はさらにディープに、そしてじゅりの歪んだ執着は、いよいよ引き返せない領域へと加速していくのだった。




