第6話:7歳児の魔力爆発と、空間の裂け目から現れた影
「りく兄、足! コタツの中で私の足を踏まないで!」
「す、すまないれな……! 悪気はなかったんだ、漫画のヒロインが切なすぎてつい足に力が入ってしまって……」
「りく兄、うるさいぞ! れな、プロテイン(バナナ味)のおかわりを頼む!」
新築一軒家のリビングは、今日も今日とて大盛盛況だった。
私が異世界と日本の2重生活を始めてから4年。私たちは7歳になり、魔力も身体もそれなりに成長していた。
じゅりは格ゲーのコンボをミリ秒単位で叩き込むプロ級の腕前になり、みあ姉は少女漫画の最新刊を全巻コンプリートし、かりん姉は日本のコンビニスイーツを毎日幸せそうに突っついている。
そんなある夜のこと。
私たちがいつも通りスウェット姿でリビングに集まり、自堕落の極みを尽くしていると――。
ゴゴゴゴゴゴ……!!!
「な、なんだ!? 地震か!?」
きりや兄が漫画を放り出して立ち上がる。
いつもならクローゼットがガサゴト鳴るだけなのに、今夜は家全体が小刻みに震え、リビングの空気がじわじわと重くなっていく。空間の歪みが、今までにないほど巨大な魔力の渦となって膨れ上がっていた。
「くっ、この凄まじい魔力……まさか、異世界の暗殺者か!?」
りく兄が私を背後に庇い、銀髪を逆立てて身構える。じゅりも紫色の瞳を鋭く光らせ、いつでも魔法を放てるように構えた。
バキバキバキッ!!!
ついにクローゼットの壁が悲鳴をあげ、空間の裂け目から「巨大な影」が4つ、同時にリビングへと吐き出された。
「……お、重い。マリアーヌ、お前私の体の上に乗っているぞ」
「あら、ごめんなさいアルベルト。だって急にクローゼットが光り出すものですから……」
「国王陛下、王妃様、大丈夫ですか!? って……ここ、どこだ……?」
豪華な夜会服を着たまま、折り重なって床に倒れ込んだのは――エルグランデ公爵家の現当主であり、私の父親であるアルベルト公爵。
その妻であり、私の母親であるマリアーヌ。
さらに、この国の最高権力者である国王陛下と、王妃サリアだった。
「「「「お父様!? お母様!?(父上!? 母上!?)」」」」
リビングに、子供たちの絶叫が響き渡る。
最悪だ。7歳になって子供たちの魔力が成長したせいで、空間の歪みが強化され、夜な夜な不審な動きをしていた子供たちを怪しんだ「親世代(最高権力者たち)」に、ついに秘密基地がバレてしまったのだ!
「セレナ、リチャード、キリアン……! お前たち、夜中に自室から消えて何をしているかと思えば、こんな奇妙な……って、え? ジュリアス殿下たちまで、なぜそんな見たこともないだらしない奇妙な服を着ているのですか!?」
アルベルト公爵が状況を整理しようと頭を押さえた、その時。
「……おい、アルベルト。あれを見ろ」
国王陛下が、カタカタと震える指でキッチンを指さした。
そこには、私がじゅりたちの夜食(から揚げ)と一緒に並べておいた、**【キンキンに冷えた謎の黄金の泡立つ液体が入ったガラスの器】**と、塩を振ったばかりの**【茹でたての緑の豆】**が置かれていた。
※もちろん大人の魔力暴発を予期して用意したわけではなく、ただの炭酸麦茶のつもりだったのだが、大人の魔力が空間と共鳴した結果、奇跡的に『本物の生ビール』に変化して具現化してしまったらしい。
「なんだ、あの黄金の泡立つ液体は……」
「ちょっと待ってください。なんだか、もの凄く良い匂いが……」
異世界の激務(領地経営と国家運営)で毎日ヘトヘトに疲れ切っていた父親2人が、何かに吸い寄せられるようにキッチンへとフラフラ歩いていく。
そして、おそるおそるその器を持ち上げ、豪快に喉へと流し込んだ。
ゴク、ゴク、ゴク……ぷはぁっ!!!
「「な、何だこれはぁぁぁぁぁ!!!!」」
アルベルト公爵と国王陛下の叫び声がリビングに轟いた。
「冷たい! 喉を突き抜けるような圧倒的な爽快感とキレ! 麦の芳醇な苦味! 異世界の生ぬるいエールビールとは比べ物にならん、これは……神の飲み物か!?」
「アルベルト、この緑の豆を食べてみろ! 塩気がこの黄金の液体と完全に調和して、美味すぎて涙が出るぞ!」
異世界のトップ2人が、一瞬で「仕事帰りのサラリーマン」と化した。
「あら、アルベルトたちばかりずるいわ。……まぁ、マリアーヌさん、あっちにあるあの白くて大きな箱(冷蔵庫)や、不思議な魔導具をご覧になって? 置いてある食べ物が自動で冷えたり、温まったりしているようですわよ!」
「本当ですわ、王妃様! 異世界の魔法道具よりずっと便利で、お料理の保管も完璧にできそうですわね!」
母親たち(マリアーヌ、王妃サリア)も、初めて見る日本の最新家電の数々に一瞬で目を輝かせ始めた。
「よし、お父様たち、お母様たち、落ち着いて! ここは私の固有魔法で作った『日本の秘密基地』。ここで過ごす時間は向こうの24倍なの。説明するから、まずその動きにくいドレスや上着を脱いで、これに着替えて!」
私は慌てて、驚いて固まる大人たちに予備の大人用スウェットを配り、この部屋のルールを説明した。
「ここでは身分制度はナシ! お互いを日本名で呼ぶこと。アルベルト公爵は『阿流』、マリアーヌお母様は『真理』、国王陛下は『皇』、王妃様は『紗夜』ね!」
数時間後――。
すっかりスウェット姿に馴染んだ父親たちは、ビールジョッキを片手にソファを占領し、テレビで放送されていた「緑の芝生の上で白い球を棒で打つ異世界の熱い球技(プロ野球)」に釘付けになっていた。
「おい皇、あの黒い縦縞の衣服を着た国の猛虎たちの攻撃、めちゃくちゃ面白いぞ!」
「あぁ阿流、あの『ほーむらん』というやつは胸が熱くなるな! よし、俺は今日からこの縦縞の国を応援する!」
(うわぁ……終わった。異世界の王と公爵が、完全に日本のプロ野球ファンのおっさんになっちゃった……)
「……ふん。大人が増えて騒がしくなったな」
じゅりが私のスウェットの裾をぎゅっと引っ張り、不機嫌そうに呟く。
「だが、れな。これで大人の目も欺きやすくなった。俺とお前の未来の邪魔をする奴らは、これで全員身内だ」
じゅりの紫色の瞳が、ソファでビールを飲む父親たちを見ながら、不敵にギラリと光った。
こうして、秘密基地に「親世代」が完全合流。
異世界のトップたちが現代日本の衣食住文化に完全調教され、ここから事態は「日本での会社設立」という、とんでもない方向へと動き出すのだった。




