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第2話:秘密基地への乱入者


「……よし、今夜も気合入れて引きこもるぞ!」


異世界のエルグランデ公爵邸。夜の9時を過ぎ、侍女たちも完全に退室して静まり返った子供部屋で、私――玲奈れなはガッツポーズを繰り出した。


昼間はあのめんどくさい第一王子・ジュリアスに付きまとわれて精神をゴリゴリ削られたが、ここからは私のターンだ。


お馴染みとなった物置クローゼットの扉を開け、空間の歪みをすり抜ける。

光が弾けた先には、私だけのパラダイス――現代日本の新築一軒家リビングが広がっていた。


「あ〜、これこれ! このエアコンの文明の風がたまらん!」


異世界の締め付けの激しいドレスなんて速攻で脱ぎ捨て、クローゼットに用意されていたジェラートピケ風のもこもこスウェット(キッズサイズ)に袖を通す。これぞ人類の至高の衣類。


異世界の1時間は、この日本の家では24時間。

つまり、向こうの人間がちょっと熟睡している間に、私はここで丸一日、大好きなゲームとアニメに溺れることができるのだ。


さっそく冷蔵庫からキンキンに冷えたコーラを取り出し、プシャッと小気味いい音を立ててプルタブを開ける。ソファにごろりと寝転がり、テレビの電源を入れてゲーム機(Switch)を起動した。


今日のメニューは、前世でもやり込んでいた最新の対戦型格闘ゲームだ。

「ふんふん、このコンボは3歳児の短い指でもチート魔力のおかげで余裕で繋がるわね……」なんて呟きながら、画面の中のキャラクターをサクサク動かしていく。コーラをゴクゴクと喉に流し込み、至福の時間を噛み締めていた――その時だった。


ガサゴトッ!!!


「……え?」


背後から、新築一軒家には絶対に響くはずのない、不穏な物音が聞こえた。

まさか泥棒? いや、ここは異空間にある私の秘密基地のはず。


戦慄しながら振り返ると、そこには、クローゼットの歪みから半身を乗り出し、信じられないものを見るような目で固まっている、プラチナブロンドの幼女――ではなく、美少年がいた。


「……見、つけた……ぞ……っ」


息を荒くし、肩を上下させているのは、昼間あれほど私を追い回してきた第一王子、ジュリアス(3歳)だった。


「な、ななな、なんでここにジュリアスがいるのよ!?」

「お前が……っ、あまりにも俺を無視して、夜な夜な怪しい動きをするからだ……! 気になって部屋に忍び込んだら、お前がクローゼットの中に消えていくのが見えて……追って、みれば……」


ジュリアスは眩しそうに目を細め、チカチカと光る液晶テレビや、シーリングライトの明かりを見回している。完全にキャパオーバーでフリーズしていた。


(嘘でしょ……!? いくら執着心が狂ってるからって、3歳児が執念で次元の裂け目をこじ開けてストーキングしてくる!?)


ジュリアスのポテンシャルの恐ろしさに冷や汗が止まらない。

だが、見られてしまったものは仕方がない。ここで騒がれて「セレナが不審な儀式をしている」なんて異世界で噂にでもなったら、私の引きこもり天国は終了だ。


私はスッと立ち上がり、ジュリアスの前に歩み寄った。


「ジュリアス。ここが何だか知りたければ、まずはその小難しいお洋服を脱ぎなさい」

「は……!? お前、何を言って――」

「いいから! あと、ここでは身分制度とかナシね! 私のことは『れな』って呼びなさい。私はあんたを『じゅり』って呼ぶから。タメ口限定!」


有無を言わせぬ圧力で、私はジュリアスのきらびやかな王族服を剥ぎ取り、予備で置いてあったグレーのスウェット(キッズサイズ)を無理やり着せた。


プラチナブロンドの超絶美少年に、寝巻き同然のスウェット。シュールすぎる。

当のジュリアスは、初めて体験する衣服の「柔らかさ」と「動きやすさ」に、目を丸くして自分の体をペタペタと触っていた。


「な、なんだこの衣服は……信じられないほど軽いし、どこも締め付けられない……心地よすぎる……」

「ふふん、それが日本の技術よ。ほら、これも飲みなさい」


私は、まだシュワシュワと泡立つコーラの入ったグラスをジュリアスに手渡した。


「……黒い液体? 毒ではなかろうな」

「いいから黙って飲みなさい」


ジュリアスは不信感を露わにしながらも、意を決してコーラをちびりと口に含んだ。

その瞬間。


「ッ!??!?!」


ジュリアスの紫色の瞳が、かつてないほど大きく見開かれた。

喉をパチパチと刺激する炭酸と、脳を突き抜けるような強烈な甘み。異世界の、上品で薄味な果汁ジュースしか知らなかった王子の脳内に、ジャンクフードの衝撃が直撃したのだ。


「な、なんだこれは……! 口の中で魔法が爆発したかのような……! う、美味い、美味すぎる……!」

「でしょ? じゃあ、極め付けはこれね。このコントローラーを持ちなさい」


私は完全にトランス状態に入ったジュリアスの手に、ゲームのコントローラーを握らせた。

画面の見方と、ボタンの押し方を簡単に説明する。


「この赤い髪のキャラがじゅりね。青いのが私。ボタンを押して、私を殴ってみなさい」

「お、俺がお前を殴るなど……」

「ゲームの中だからいいのよ! ほら、ここを押す!」


カチカチとボタンを押すと、画面の中のキャラクターが機敏に動き、派手なエフェクトとともに技を繰り出した。


「おぉ……! 俺の指の動きに合わせて、画面の騎士が動いている……!? すごい、これは、どんな高度な幻影魔法だ……!?」


最初は戸惑っていたジュリアスだったが、そこはさすが未来のチート王子。数分もすれば操作を完全に理解し、凄まじい集中力で指を動かし始めた。


「ハハッ! れな、そこだ! この『パンチ』という技でどうだ!」

「やるじゃん、じゃあ私はこれ! 波動拳!」

「なっ、遠距離からの魔導弾だと!? くっ、おのれ……面白い、もう一戦だ!」


さっきまでの冷徹で傲慢な第一王子の姿は、そこにはなかった。

髪を振り乱し、スウェット姿でコーラをがぶ飲みしながら、画面に向かって一喜一憂する、ただの「格ゲーにドハマりした近所のクソガキ」が完成していた。


気がつけば、日本の時間で数時間が経過していた。


「あー、負けた! じゅり、あんた3歳児のくせに格ゲーの才能ありすぎでしょ……」

「フッ、当然だ。俺を誰だと思っている。……いや、ここでは『じゅり』だったな。なぁ、れな。この『げーむ』というやつ、最高に面白いな」


ジュリアスは満足そうにコーラを飲み干し、ふにゃりと、異世界では絶対に見せないような無邪気な笑顔を浮かべた。


「……なぁ、れな。俺、明日もここに来ていいか?」

「え? まぁ、秘密を守ってくれるならいいけど……」

/「約束する。ここは俺とれなだけの『秘密基地』だ。他の奴らには絶対に教えない。……それにしても、れなとこんなに近くで話せたのは、初めてだな」


ジュリアスは少し耳を赤くしながら、私の顔をじっと見つめてきた。

その瞳の奥にある「執着」は、コーラとゲームの快楽を知ったことで、より一層深く、ドロドロとしたものに進化しているような気がした。


(うわぁ……完全に調教して手懐けたと思ったのに、なんか別のスイッチ押しちゃった気がする……)


こうして、秘密基地の最初の乱入者は、見事にスウェットと格ゲーの虜となり、私のオタクライフの相棒(兼、超絶めんどくさいウブなストーカー)と化したのだった。


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