第18話:15歳、運命の「サクラサク」と、ハッキング画面に映る聖女の「不敵な笑み」
「じゅり……っ、あった……! 私の受験番号、合格発表の画面にちゃんと載ってる……!」
「……俺のもある。れな、2人とも合格だ……! よかった、本当に……!」
「じゅり……っ! 私たち、やったんだね……っ!!」
桜の蕾が膨み始めた、15歳の春。
日本の我が家のリビングで、私はノートPCの画面に映し出された2人分の「合格」の二文字を見て、ピンクのスウェット姿のままじゅりに飛びついた。
ついに私たちは**【15歳(高校1年生相当)】**になり、人生最大のリアルイベントだった日本の高校受験を、2人揃って無事に第一志望合格という最高の形で締めくくったのだ。
じゅりはグレーのスウェットの胸元に飛び込んできた私を、壊れ物を扱うように、けれど二度と離さないと言わんばかりの凄まじい力でぎゅっと抱きしめ返した。いつも冷徹なじゅりの紫色の瞳が、この時ばかりは15歳の男の子らしい、言葉にできないほどの歓喜と安堵で潤んでいた。
「……これでお前と、春からも同じ高校の、同じクラスだ。れな、本当によく頑張ったな」
「じゅりこそ、私の勉強に付き合いながら自分の受験勉強もして、本当にありがとう……っ!」
お互いの健闘を全力で称え合っていると、じゅりは少し照れくさそうに私をソファーに座らせ、リビングの大型モニターに異世界の最新データを表示させた。
「さて……俺たちの人生のバグ取り(受験)が完璧に終わったところで、れな。異世界(向こう)の『聖女』の動向だが……どうやら、少し様子がおかしい」
じゅりが冷たいコーラを喉に流し込みながら、いつもの冷徹な表情に戻って眉をひそめた。
画面にスクロールされたのは、あの実技演習(ダンジョン泥まみれ事件)以降、完全に社会的な地位を失ったはずの聖女レイチェルの、不気味な最新ログだった。
* **聖女レイチェルの現状:**
実技演習での失態により、教会から「無能」と見限られ、地方への左遷処分が決定。しかし、本人は取り乱すどころか、自室で引きこもりながら、異世界の禁忌とされる『禁呪の魔導書』を裏で閲覧している形跡あり。
* **不審な通信ログ:**
「おかしいわ……私の魅了が効かないなんて絶対にあり得ない。何かが、誰かが、裏からこの世界を『書き換えて』いる……? 見つけ出してやるわ、そのバグの正体を……!」
「じゅり、これ……レイチェルちゃん、ただの勘違いヒロインじゃなくて、世界の違和感に気づき始めてるんじゃない……!?」
「ふん、ただの言いなり人形のくせに、少しは知恵が回るらしいな。だが、彼女が何を目論もうが、我が社のメインフレームが弾き出す防壁の前では無力だ」
じゅりは冷酷に笑うが、画面の向こうのレイチェルは、泥に汚れた聖衣のまま、暗い部屋で狂気じみた笑みを浮かべていた。ゲームの強制力が崩壊したことで、彼女は本物の「闇堕ちヒロイン」へと変貌を遂げようとしていたのだ。
「ただいまー! おい、れな、じゅり! 2人とも合格おめでとう!!」
そこへ、クローゼットのゲートが勢いよく開き、日本の私服を着たリチャード(りく兄)とアルテミシア(みあ姉)が、大きなケーキの箱を抱えて入ってきた。
「りく兄、みあ姉! ありがとう!」
私が笑顔で迎えると、りく兄は照れくさそうに頭を掻きながら、みあ姉の隣で胸を張った。
「異世界の学園の方でも、あのレイチェルの様子を見てきたぞ。あいつ、最後に俺の前に縋り付いてきたけど、俺、一瞥もくれずに『公務の邪魔だ。退きなさい』って言って、完全に冷たくあしらってスルーしてやったからな! もちろん怪しいワードは1ミリも出してねぇし、騎士として完璧に対応したぞ!」
「ええ、本当に素晴らしい冷徹さでしたわ。……でもね、れな。あの娘、リチャードに冷たくされた瞬間、一瞬だけ、ゾッとするような冷たい目で私たちの背中を睨んでいたのですわ。とても、教会が言うような大人しい聖女には見えませんでしたわよ」
みあ姉が少し身震いしながら、日本のお土産の扇子で口元を隠した。やはり、レイチェルは何かに気づいている。
「よぉ、おめでとう、れな、じゅり! 2人ともよくやったな。はい、これ俺からの合格祝いのプロテイン(最高級ココア味、2袋)」
続いて入ってきたキリアン(きりや)が、どさっと大きな袋をテーブルに置いた。後ろからはカトリーヌ(かりん姉)が、大切そうにピンクのウサギのお守りを握りしめてついてくる。
「ありがとう、きりや兄!そっちには何かあった?」
「あ? ああ、あの女、俺の前にも最後に来て『キリアン様、私のこと忘れないで……』とか言ってきたから、『馴れ馴れしく触るな。不愉快だ』って言って、視線すら合わせずにデリートしてやった。……けどよ、あいつ、俺が立ち去る時にボソッと『やっぱり、ノイズが混じってる……』って呟きやがったんだ。何のことだかさっぱり分からねぇけどな」
かりん姉がおっとりと微笑みながらきりやの腕に寄り添う中、じゅりの目が鋭く光った。
「ノイズ」――それは、私たちが仕込んだ『対魔導ITピンバッジ』のジャミング電波のことだ。レイチェルは、自分を拒絶する攻略対象たちの背後に、現代テクノロジーの「バグ」を感じ取り始めていた。
画面の向こうの異世界では、ゲームの第一章が強制終了した。
けれど、それは勝利の終わりではなく、聖女レイチェルが世界のシステムを逆ハッキングしにかかる、危険な第二章の幕開けだった。
「はぁ……。ゲームのシステムさん、どうやらここからが本番みたい。私たちの平穏な高校生活、そう簡単にはいかないね」
私がモニターの「警告:未知の魔導アクセスを検知」のログを見つめながらポツリと呟くと、じゅりは私のスウェットの裾をぎゅっと力強く握り締め、耳元で激しく、そして優しく囁いた。
「面白い。世界そのものを敵に回して、どちらのハッキングが上か、白黒つけてやろうじゃないか。……だが安心しろ、れな。春からの高校生活でも、お前の隣は俺だけのものだ。どんなバグが襲ってこようと、全て俺が完全に駆逐(一元管理)してやる」
じゅりは満足そうに私の肩に頭を預け、冷たいコーラをカチンと私のココアのマグカップに合わせ、乾杯した。
15歳の春、サクラサク。
しかし、悪役令嬢セレナの破滅フラグは、闇に堕ちた聖女の執念によって、より歪んだ形で再構築されようとしていた。二つの世界を股に掛けた私たちの全力な二重生活は、ここからさらに激しい「魔法×IT」のハッキング合戦へと突入していくのだった。




