第17話:15歳、運命の実技演習(ダンジョン)と、現代ITの「一元管理」
「じゅり、直前模試の自己採点終わった! 英語と国語は安定のA判定なんだけど、数学の計算ミスがちょっと悔しい……って、それどころじゃないわ。異世界のダンジョン、今まさに実技演習の真っ最中じゃない!」
「焦るな、れな。お前の数学の弱点は大問2の確率だ、後で俺が叩き込んでやる。……それと異世界(向こう)の件だが、予定通りレイチェルがダンジョン最深部で動いたぞ。今、俺のノートPCの遠隔画面に現地カメラの映像を同期させた」
「受験生の学習机の上が、異世界のダンジョン中継基地になってる……!」
しんしんと雪が降り積もる、15歳の冬。
赤本や模試の解答用紙が散らばる日本の私の部屋で、私はピンクのスウェット姿のまま、じゅりが開いたノートPCの画面を食い入るように見つめていた。
画面の向こう――暗い石造りの異世界のダンジョンでは、学園の制服を着たレイチェルが、悪役令嬢である私の偽物をハメようと、隠しスイッチの前にコソコソと忍び寄っていた。
本来のゲームシナリオなら、ここで私が罠に落とされてモンスターに囲まれ、破滅フラグが立つはずのイベント。
(……でも、残念。そこにいるセレナ、じゅりが魔導ホログラムで投影した『身代わり(デコイ)』だから。私は今、日本でココア飲んでるからね)
「ふふ、これであの生意気なセレナも終わりよ……!」と、満面の笑みでレイチェルが罠のスイッチを押した。
その瞬間、じゅりのキーボードを叩く指が冷徹に動く。
『――ハッキング完了。トラップの対象を反転:【聖女レイチェル】に固定』
ゴゴゴゴゴ……!と重々しい音が響き、身代わりの私の足元ではなく、レイチェルの足元がガバッと開いた。
さらに、じゅりが書き換えた湧きポイント(スポーン位置)のプログラム通り、彼女の周囲にだけ「泥のモンスター(※戦闘力は低いが、服がめちゃくちゃ汚れる)」が、ボコボコと大量に湧き上がっていく。
「えっ? ええええっ!? なんで私が!? 嫌っ、来ないで、私の聖なる魔法よ、発動しなさい! ……って、うそ、魔法が出ない……っ!?」
「無駄だ。教会の通信網(電波)をジャミングしてある。お前の魅了も回復魔法も、そのエリア内ではただのバグとして処理される」
画面の向こうで「うわあああ! 服が! 髪が泥だらけにぃぃ!」と絶叫しながら泥まみれになっていくレイチェル。
ノイズキャンセラーのピンバッジを持たない学園の一般生徒たちですら、じゅりが流した「聖女が一人で勝手に罠に引っかかって泥まみれになっている」という客観的な監視映像(スクールネットワークに同時ハッキング流出済み)を見て、「……え、聖女様って意外とドジなの?」「いや、なんかちょっと幻滅かも……」と遠巻きにドン引きし始めていた。
「ただいまー……。いや、ただいまじゃないな、異世界(向こう)の演習、無事に終わったぞ」
そこへ、クローゼットのゲートが開き、日本の私服に着替えたリチャード(りく兄)とアルテミシア(みあ姉)が、揃ってリビング……ではなく私の部屋に入ってきた。
「お疲れ様、りく兄、みあ姉! 現場の様子はどうだった?」
私が尋ねると、みあ姉は日本のお気に入りのマグカップに温かいお茶を注ぎながら、ふふっとエレガントに微笑んだ。
「完璧ですわ、れな。あのレイチェルとかいう娘、泥まみれになりながら『リチャード様ぁ! 助けてくださいぃ!』と、あの日みんなで見たゲーム通りの悲鳴を上げていましたわ。でも、リチャードは目もくれずに通り過ぎましたの」
「おう。俺は異世界の騎士の義務として、一般生徒の安全確保(避難誘導)を最優先しただけだからな! あいつが『聖女の私を置いていくなんて、冷酷な黒騎士……っ』とかゲームの負け惜しみセリフを言ってたけど、俺、耳栓してたから1ミリも聞いてねぇし!」
りく兄が顔を真っ赤にしながら胸を張ると、みあ姉も「ええ、あなたのその融通の利かない頑固なところ、嫌いではありませんわ……っ」と、マフラーに顔を埋めて顔を真っ赤にした。
「よぉ、お疲れ。じゅり、受験票のプリントアウト、俺のプリンター使っていいぞ」
続いて部屋に入ってきたキリアン(きりや)が、プロテインのボトルを片手にじゅりの机の横に立った。後ろからはカトリーヌ(かりん姉)が、お守りの入ったポーチを大切そうに抱えてついてくる。
「きりや、あなたの方のダンジョンはどうだったの?」
「あ? ああ、あの泥女、俺の前にも這いずり回って出てきたわ。『キリアン様、私を抱き起こして……』とか言ってきたから、『あ? 泥つくだろボケ。俺の服が汚れるわ』って言って、完全にスルーして岩を飛び越えて帰ってきた。かりんのお守り(守り刀)に泥が一滴でもついたら、お前が少女漫画みたいにシクシク泣くからな。死守したわ」
「ふふ、きりやが私のために泥を避けてくれるなんて、とっても騎士様らしくて素敵ね」
かりん姉がおっとりと微笑むと、きりやは顔を真っ赤にして炭酸水を一気に飲み干した。
異世界のヒロインが仕掛けた渾身の破滅イベントは、こっちの世界のラブコメの波動と、じゅりの非情なIT結界の前に、ただの「泥遊び」として社会的に完全処理されてしまったのだった。
「はぁ……。レイチェルちゃん、悪役令嬢をハメるどころか、自分の好感度がバグレベルで急降下してるじゃない。ゲームのシステム、完全に崩壊しちゃったね……」
私が画面を閉じながらポツリと呟くと、じゅりは私のスウェットの裾をぎゅっと力強く握り締め、私の数学のテキストを引き寄せた。
「言っただろう、世界がどうなろうと知ったことではない、と。それより、れな。ダンジョンのバグ取りは終わった。次は、お前の数学のバグ取り(計算ミス)の時間だ。……高校の合格通知を掴み取るまで、俺のハッキング網(徹底指導)からは逃さないからな」
じゅりは満足そうに私の隣で赤ペンを握り、冷たいコーラを喉に流し込んだ。
15歳の冬、実技演習の完全勝利。
乙女ゲームのシナリオを現代ITの「一元管理」でねじ伏せたロイヤルファミリー。私たちの現実に全力な二重生活は、いよいよ迫る高校入試に向けて、さらなる熱を帯びて加速していくのだった。




