第16話:15歳、魔法×ITの「みらいはっきんぐ」作戦開始と、忍び寄る聖女の逆襲
「――よし、これで接続完了。我が社のメインフレームと、異世界の魔導通信網のバイパスが100%同期した」
「じゅり、それってつまり……どういう状態?」
「異世界にある教会の極秘通信も、聖女レイチェルのスマート魔導デバイスの動きも、全てこの日本のリビングにある僕のデスクトップPCでリアルタイムに一元管理できるようになったということだ」
「15歳の中学3年生が受験シーズンの真っ只中に構築していいインフラじゃないのよ」
雪のチラつく、15歳の冬。
日本の我が家(秘密基地)のリビングで、ピンクのもこもこスウェット姿の私は、じゅりのキーボードを叩く指捌きを呆然と眺めていた。
ついに私たちは**【15歳(中学3年生相当)】**になり、数週間後には日本の高校入試という、人生初の大きな人生の分岐点を控えていた。
だがその裏で、異世界側ではレイチェルの「世界強制書き換えバグ」が日増しに強くなっており、じゅりはその対策として、父親たちが開発した「魔導×IT」の未来ハッキング作戦を完全に実戦投入したのだ。
画面に表示された異世界の立体マップには、レイチェルの現在地を示す光るドットと、彼女が今日発信した教会の通信ログが綺麗に日本語訳されてスクロールしていた。
* **聖女レイチェルの最新ログ:**
「なぜジュリアス殿下もリチャード様もキリアン様も、私の魅了に気づかないの!?……こうなったら、来週の学園の『魔導実技演習(ダンジョン攻略)』で、力技でイベントを発生させて、あの生意気な悪役令嬢セレナを破滅へ追い込んでやるわ!」
「……だってさ、じゅり。レイチェルちゃん、実技演習で私をハメる気満々だよ。完全に悪役令嬢ルートのイベントを発生させようとしてる」
私がコーラを飲みながら画面を指差すと、グレーのスウェット姿のじゅりは、冷徹な笑みを浮かべてメガネのブリッジを押し上げた。
「ふん、健気なことだ。だが、彼女がダンジョンに足を踏み入れた瞬間、我が社の遠隔セキュリティシステムが作動する。全てのトラップをハッキングして安全モードに切り替え、モンスターの湧きポイント(スポーン位置)を彼女の周囲だけに集中させるようプログラムを書き換えておいた」
「悪役令嬢を守るために聖女をハメ返す王子、容赦がなさすぎる」
ゲームのシナリオ通りに私を破滅させようとするヒロインに対し、こちらは現代のシステムエンジニアの手口で、ステージそのものをハッキングして詰ませにいくスタイルである。
「おー、れな、じゅり。学校お帰り。……っと、今日もその真っ赤な画面で『みらいはっきんぐ』中か?」
そこへ、クローゼットのゲートを通って、日本の私服に着替えたりく兄が、みあ姉と一緒にリビングに入ってきた。
「りく兄、みあ姉。異世界側は今どんな感じ?」
私が尋ねると、みあ姉はもこもこのマフラーを外しながら、呆れたようにため息をついた。
「それがね、れな。あのレイチェルとかいう娘、今日の昼間に学園の廊下でリチャードの前にわざわざ立ち塞がって、『リチャード様、お近づきの印に私の手作りクッキーをどうぞ』なんて、10歳の時にみんなでゲーム画面で見たセリフを丸暗記で喋ってきましたのよ。本当に、芸がありませんわね」
「ア、アルテミシア……じゃなかった、みあ。俺、ちゃんとその場で『不要だ。俺の腹は、いつも特定の者が焼いてくれる(※失敗して真っ黒焦げの)卵料理だけで満たされている』って、体よく断ってスルーしたからな! 異世界の王宮騎士として威厳を保ったままビビらせてやったし、変な単語は1ミリも出してないぞ!」
りく兄が顔を真っ赤にしながら必死に弁明すると、みあ姉も「べ、別に私の料理のことなんて言っていませんわ……!」と、日本のお土産の扇子をバタバタと仰いで顔を隠した。
学園の廊下という衆人環視のプロポーズ(?)シーンだったが、りく兄は「日本の冷凍唐揚げ」という禁句をグッと堪え、異世界の騎士としてのメンツを守りつつも、みあ姉へのウブな忠誠心を全開にしてレイチェルを完全論破していた。
「あー、お疲れ。じゅり、こっちの炭酸水、一本もらうぞ」
続いてリビングに入ってきたきりや(キリアン)が、プロテインの袋を抱えながら冷蔵庫を開けた。その後ろからは、かりん姉がトコトコとついてくる。
「きりや、あの聖女、あなたの方にも近づいてきたのでしょう? ちゃんと私のウサギのお守りは持っていたの?」
「おう。なんか『キリアン様、私の聖なる魔法で癒やしてあげます』とか言って手を握ろうとしてきたから、『あ? 筋肉の休息の邪魔すんな。俺には大切な守り刀(※カトリーヌのお守り)があるわ』って言って、思いっきり足を踏みつけて帰ってきた。あいつの前じゃ『プロテイン』のプの字も出してねぇよ」
「ふふ、きりやったら相変わらずぶっきらぼうなんだから」
かりん姉が嬉しそうにおっとりと微笑みながらきりやの腕を突っつくと、きりやも顔を赤くしてそっぽを向いた。
もはや異世界の攻略対象たちは、レイチェルの前での情報管理を徹底しつつ、魅了を「ただの電波障害」としか認識していなかった。そして、こっちの秘密基地に戻ってきた途端に、ラブコメ文化の波動を大炸裂させて自給自足していた。
「はぁ……。レイチェルちゃん、悪役令嬢の私を破滅させるどころか、完全に打つ手なしじゃない。ゲームのシナリオが泣いてるよ……」
私が画面に映るレイチェルのフリーズログを見てポツリと呟くと、じゅりは私のスウェットの裾をぎゅっと力強く握り締め、入試の過去問テキストを開いた。
「他人の心配をしている暇はない、れな。来週の実技演習のバグ取りは、俺とりく兄たちで裏で片付けておく。お前は明日からの『直前模試』に集中しろ。……いいな?」
じゅりは満足そうに私の隣にぴったりと寄り添い、冷たいコーラを喉に流し込んだ。
15歳の冬、いよいよ受験シーズン本番。
異世界のヒロインの前では鉄壁の騎士と王族を演じつつ、悪役令嬢セレナの破滅フラグを裏で冷徹にデリートしていくロイヤルファミリー。私たちの現実に全力な二重生活は、異世界のシナリオを完全に置き去りにして進んでいくのだった。




