第15話:14歳、ハッキングデータの「えらー」と、10歳の記憶の答え合わせ
「じゅり、大変! 日本のサーバーに転送されてる異世界のログが、さっきから真っ赤なエラー画面で埋め尽くされてるんだけど!?」
「何だと……? バカな、我が社のセキュリティシステム(現代IT結界)が突破されたというのか? ……いや、違うな、これはログの破壊ではなく……『シナリオの強制書き換え』のバグノイズか」
「ちょっと待って、これってまさか――」
日本の我が家のリビング。
中学校の授業が終わり、帰宅してピンクのもこもこスウェットに着替えた私は、受験勉強の合間に液晶モニターを監視していて、突如激しく明滅し始めた警告ランプに息を呑んだ。
私たちが**【14歳(中学3年生)】**の冬を迎え、いよいよ日本の「高校受験」を数ヶ月後に控えた、ある日のこと。
異世界の教会や学園に仕掛けたハッキング網が、見たこともない巨大な魔導エラーを感知したのだ。
画面にスクロールするログの文字列を、グレーのスウェット姿のじゅりが恐ろしい速度で解析していく。その紫色の瞳が、ある一列のデータでピタリと止まった。
『――エラーコード:GAME_START。対象、レイチェル・フォン・教会聖女。世界干渉率100%に到達』
「……なるほど。そういうことか」
じゅりがコーラの缶をテーブルに置き、酷く冷徹に、そしてどこか得心がいったように低く呟いた。
「あのレイチェルという女、ただの教会の手先ではない。世界そのものの法則――俺たちがかつてあの日、全員で目撃した『乙女ゲーム』のシステムそのものを、無自覚に発動させるマスターキーだったわけだ」
「乙女ゲーム……!」
その言葉が引き金となり、私の脳裏に、忘れていた**【10歳】**のあの日の大騒ぎが鮮烈に蘇った。
私たちが10歳の頃、この日本の秘密基地で、みんなで偶然見つけてしまった一本のゲームソフト。
「これ、私たちがいる世界と全く同じなんだけど!?」と、みんなの目の前で画面に映し出し、プレイして大パニックになったあの日。
ゲームの中で、リチャードたちがことごとくヒロインに骨抜きにされ、私が悪役令嬢として破滅していく未来を知ったじゅりは、みんなの前で「国家転覆してでもセレナを幽閉して守る」と歪んだ溺愛に覚醒し、兄姉たちも「ふざけるな、俺たちの未来は俺たちで決める!」と、日本のサブカル知識を総動員して対抗することを誓ったのだ。
「じゅり……じゃあ、あの入学式での完全スルーのせいで、ゲームの『第一章』の強制負けイベのフラグがバグっちゃったってこと!?」
「ふん、バグだろうが何だろうが知ったことか。世界そのものがお前を悪役令嬢として排除しにかかるというのなら、そのシステムごとハッキングして書き換えるだけだ。我が社のメインフレームを、異世界の『因果律魔法陣』へ直結させる。力技でデリートしてやる」
「世界線レベルのハッキングを中3の冬にやろうとしないで!?」
じゅりの相変わらずの技術力(と重すぎる独占欲)に戦慄していると、ガチャリとリビングのドアが開いた。
異世界からクローゼットのゲートを通って、日本の私服に着替えたリチャード(りく兄)とアルテミシア(みあ姉)が、揃って顔を真っ赤にしながら入ってきた。
日本の学校には通っていない彼らだが、異世界の公務や騎士団の訓練の合間を縫って、こうしてよく日本の秘密基地へ息抜きにやってくるのだ。
「おう、じゅり、れな。学校から帰ってたのか。……って、おい、モニターが真っ赤だぞ。例の『ゲーム』の強制力が動き出したのか?」
麦茶を飲みながら画面を睨むりく兄の横で、みあ姉がもこもこのマフラーに顔を埋めてフンスと鼻を鳴らした。
「あのレイチェルとかいう女、あの10歳の時にみんなで見たゲームの画面通りに動いている言いなり人形のくせに、世界を書き換えようなどと生意気ですわ。……それよりりく兄、あなたさっき異世界の城下町で、私に道を尋ねてきただけの見知らぬ騎士を、もの凄い眼光で睨みつけて追い払いましたわよね。ゲームのシナリオなんかより、あなたの方がよっぽど独占欲が強くて恐ろしいですわ。……でも、その、守っていただけて、嬉しかったですけれど……っ」
「な、何言ってんだよみあ……っ! 俺は近衛騎士として、いや、その、お前が変な奴に馴れ馴れしくされるのが嫌だっただけで……」
りく兄がマフラーを口元まで引き上げてそっぽを向くと、みあ姉も顔をゆでダコのように真っ赤にして、日本のお土産で買ったアニメグッズの扇子で顔を隠した。
「おー、じゅり、れな、おかえり。学校お疲れ。こっちのプロテイン、マジで美味いわ」
続いて入ってきたキリアン(きりや)が、日本の通販で買ったプロテインをシェイクしている。その後ろからは、カトリーヌ(かりん姉)がおっとりと微笑みながらついてきた。
「きりや、ちゃんと、この前かりんがあげたピンクのウサギのお守り、剣の鞘の内側に隠してつけてるでしょうね?」
「おう、あたりめぇだろ。ゲームのシナリオだか何だか知らねぇが、あのヒロインの魅了なんて、お前がたまに仕掛けてくる『ウブな少女漫画のヒロイン』みたいな破壊力に比べたら、ただの静電気みたいなもんだわ。おかげで今日の騎士団の模擬戦もノーミスで一本勝ちできたしな」
きりやがぶっきらぼうにボトルを振りながら呟くと、かりん姉も「ふふ、きりやのお役に立てて良かったわ」と嬉しそうに微笑んだ。
異世界の学園では、レイチェルが世界を書き換えようと必死に「魅了バグ」を誘発させているというのに。
あの日、ゲームの現物を見てすべてを把握した攻略対象の兄たちは、こっちの世界のラブコメ文化に骨まで毒され、日本の拠点で身内の純愛トークを炸裂させていた。ゲームの強制力すら、彼らのウブな熱量には1ミリも届いていない。
「はぁ……。ゲームのシステムさん、本当にごめんなさい。うちの攻略対象たち、10歳のあの日から、もうレイチェルちゃんの入るスペース、どこにも残ってないのよ……」
私が画面の赤いエラーログを見つめながらポツリと呟くと、じゅりは私のスウェットの裾をぎゅっと力強く握り締め、画面の暗号化を完了させた。
「残す必要などない。れな、世界のバグ取りは俺が裏で全て済ませておく。お前は明日からの塾の冬期講習と、高校受験のことだけを考えていればいい。……俺と同じ高校の、同じクラスに行くんだろう?」
じゅりは満足そうに私の肩に頭を預け、冷たいコーラを喉に流し込んだ。
14歳の冬。10歳の頃にみんなで目撃した『乙女ゲーム』のシナリオが、ついに世界のバグとなって襲いかかる。
だが、すべてをハッキング済みのロイヤルファミリーによる、周囲ドン引きの「現実(受験)優先ライフ」は、異世界の因果律すら現代IT技術でねじ伏せていくのだった。




