第14話:14歳、異世界の学園入学と、最初の「かんぜんするー」
「ジュリアス様、見て。あそこで新入生の挨拶をしてる子が、例のハッキングデータにあった『神託の聖女』のレイチェルちゃんだよ。……なんか、こっちをめちゃくちゃ色っぽい目で見てるんだけど」
「見る価値もない。セレナ、あのような低俗な電波(魅了魔力)を放つ有害物質に視界を汚されるな。俺だけを見ていればいい」
「入学式の最中に隣の男子の顔を手でこっちに固定される令嬢の気持ちにもなってよ」
新緑の美しい春。異世界の最高学府である『王立魔導学園』の入学式。
私は豪奢な制服の襟を正しながら、隣に座るジュリアスのあまりに容赦のない態度に冷や汗を流していた。
私たちは日本の年齢でいうと**【14歳(中学3年生相当/異世界では学園高等部への入学年齢)】**。
日本の家で受験勉強の追い込みをかけつつ、向こうの世界では「新入生」として学園生活をスタートさせるという、超過密スケジュールの中にいた。
壇上で「皆様、共に光の道を歩みましょう」と可憐に微笑む黒髪ハーフアップの少女、レイチェル。
彼女が声を紡ぐたび、空気中にピンク色の魔力――男の思考を強制的に奪う『無差別魅了』の波動がキラキラと広がっていくのが見えた。
(……うん。見事にノイズキャンセラーのバッジで弾かれて、ただの光の粉塵になってるけどね)
私たちが制服の裏側に仕込んだ、日本法人特製の「対魔導ITピンバッジ」の効果は絶大だった。
本来ならここで周囲の男たちが「おお、なんと素晴らしい聖女様だ!」と目をハートにしてスタンディングオベーションするはずなのだが、会場の空気は「あ、なんかキラキラ飛んでる。新築の学園なのに掃除サボったのかな」くらいの、きわめて冷ややかなものだった。
「おーい、セレナ、ジュリアス殿下」
入学式が終わり、中庭の並木道を歩いていると、一歩後ろから長身の銀髪の騎士――私の実の兄である公爵家長男のリチャードが声をかけてきた。
「お兄様、入学式での警護、ご苦労様。あの聖女様の魔力、大丈夫だった?」
私たちが小声で尋ねると、リチャードはスクールバッグの底に隠したピンバッジをトントンと叩いて不敵に笑った。
「問題ねぇよ。ただの静電気みたいなもんだ。それより……その、さっき新入生代表の席に座ってたアルテミシア王女が、慣れない式典のせいで退屈そうにアクビを噛み殺してるのが見えてさ……。不謹慎だけど、それがなんか小動物みたいで……っ、いや! なんでもない! 忘れろ!」
「あら、リチャード。私の高貴なアクビを小動物だなんて、相変わらず無礼な騎士ですわね」
背後から現れた、見事な縦ロールの金髪を揺らした第一王女のアルテミシアに声をかけられ、リチャードが一瞬で耳まで真っ赤にして飛び退いた。
「ア、アルテミシア王女!? いや、これはその、決して馬鹿にしたわけでは……!」
「ふふ、冗談ですわ。物理的に距離のある席からでも、私をそこまでよく見ていてくださるなんて……嬉しくなくもありませんわよ……っ」
アルテミシアが顔を真っ赤にして教科書で口元を隠すと、リチャードも「な、何言ってんだよ……」と明後日の方を向いてソワソワし始めた。身分違いの2人の間には、すでにレイチェルが入り込む隙など1ミリもない純愛の結界が張られていた。
「はぁ、お姉様方はいつもこれだ。ねえキリアン、カトリーヌのこの新しい学園の制服、どうかしら?」
そこへ、王家の次女であるカトリーヌが、公爵家次男のキリアンの腕を突っつきながら歩いてきた。
「あ? ……チッ、まぁ、悪くねぇんじゃねぇの。王宮のクソ重い伝統ドレスよりは、そっちの動きやすそうな制服の方が、お前には似合ってるよ。……ほら、あそこで新入生の男どもがこっち見てるから、俺の影に隠れてろ」
同い年のキリアンが顔を真っ赤にしてぶっきらぼうに呟き、カトリーヌを自分の広い背中の後ろへと引き込む。お互いに遠慮のない距離感のまま、完全に周囲に純愛空間を撒き散らしていた。
「――あの、ジュリアス殿下……? それに、皆様も……」
その時。
背後から、計算し尽くされたような、守ってあげたくなる儚い声が響いた。
振り返ると、両手を胸の前でギュッと握り締めたレイチェルが、上目遣いでこちらを潤んだ瞳で見つめていた。魅了魔力を最大出力で放ちながら。
「私、神託の聖女のレイチェルと申します。学園で皆様とお近づきになれたらと思って……あの、特にジュリアス殿下、私、殿下とお話ししてみたくて……っ」
全神経を集中させてジュリアスに視界を投げるレイチェル。
しかし、ジュリアスはその紫色の瞳を1ミリも動かさず、完璧に冷徹な「第一王子」の仮面をかぶったまま、私の手袋の上から手を握り直した。
「セレナ、何か耳障りな雑音が聞こえるな。我が公爵家と王家には、今日これより急ぎの『私的な領地報告会』の予定があったはずだ。無駄な時間を使う必要はない、行こう」
「え、あ、うん……そうだね、ジュリアス様」
「ちょっと待ちなさいレイチェルさん、私たちは大変多忙なのです。王族の時間を無闇に奪うのはお控えください。それでは、失礼しますわ」
アルテミシアがツンと高貴に鼻を鳴らし、リチャード、キリアン、カトリーヌを引き連れて、レイチェルの横を「完全な無反応」で颯爽と通り過ぎていく。
「え……? ええっ!? うそ、なんで……っ!?」
魅了が1ミリも効かず、それどころか言葉の刃で体よくあしらわれ、存在すら認識されていないレベルの「完全スルー」を食らったレイチェルは、中庭のど真ん中で、差し伸べた両手を泳がせたまま完全にフリーズしていた。
(ふぅ……、あぶないあぶない。じゅりの奴、危うく『今日の宿題が~』とか言い出しかねない顔してたから、お姉様たちがうまく話をすり替えてくれて助かったわ……)
私が心の中で冷や汗を流しながら並木道を歩いていると、ジュリアスは周囲に人がいなくなったのを見計らい、私の制服の裾をぎゅっと力強く握り締めて、元の「じゅり」の独占欲全開の顔に戻った。
「当然の対応だ、セレナ。あの女が何を企もうが、俺たちの前では無力。さあ、クローゼットを通って、早く俺たちの『秘密基地』へ帰ろう。コーラも冷えている」
14歳の春、学園生活の開幕。
乙女ゲームのヒロインを文字通り「空気」として扱い、ドン引きさせるロイヤルファミリーの徹底抗戦。私たちの自堕落な二重生活は、異世界のシナリオを完全に破壊しながら、さらなるディープな日常へと突き進んでいくのだった。




