エンリ・スー・ルーフィルドの願い
エンリは再びわたしの内心を見透かそうと、じっと確かめる様にわたしを見つめた後、小さく呟いた。
「ティアは相変わらず嘘が下手です。本当は足りてないんですね」
うぅ、速攻でバレてる。
今度はどもることなく、自然な笑顔でうまく言えたはずなのに!
どうしてかなぁ。昔からエンリには隠し事が通じない。
「でも、それなら丁度良かったかもです。実は冒険者のティアにお願いがあったんです!」
エンリは両手を合わせると、急に明るい笑顔で言った。
「へ?」
「ティアにとっても良い話ですよ。実はライラが来年、魔法学園に入学予定なんですが」
「ライラちゃんが!? ええっ、もうそんな歳なんだっけ?」
「ふふふ。ライラはもうすぐ15歳ですよ」
ライラちゃんはエンリとカブトにいちゃんの娘だ。
最後に会ったのって、わたしが王都へ移り住む前だもんなぁ。
あの頃の小さくて可愛らしいライラちゃんの姿を思い出す。
ライラちゃんはエンリと同じ美しい金髪の女の子だ。
きっとエンリに似て素敵な女性に成長しているんだろうな。
「それでね、ティア。来年は入学希望者が殺到しているみたいで、学園の寮に空きがないみたいなんです」
「ああうん。知ってる。あっ、ひょっとして頼み事って民泊?」
「はい。年ごろの娘ですから宿での一人暮らしは心配ですし、カブトとも相談したんですが、同じ貴族の方のところへホームステイさせるならティアの所が良いと思いまして。ティアのところならわたしもカブトも安心して娘を預けられますから」
エンリがほわほわとした太陽のような笑顔を見せる。
わたしが一番大好きな彼女の顔だ。
「なんだぁ。そんなことなら依頼なんかなくても引き受けるよ。ライラちゃんはわたしにとっても実の妹みたいなものなんだからね!」
「ふふふ、娘じゃなくて妹ですか? ティアはライラが生まれた時からそう言いますね。でも駄目です。ただでさえ貯金が尽きているのに、もうひとり養う余裕なんてないでしょう?」
「うぐ……」
それは確かにそう……。
「ティアは冒険者として最高峰のSランクですけど、指名依頼なら冒険者ギルドを通して正式に依頼を出せますから、是非そうしましょう」
「うぅ。なんか情けない気もするけれど、わかったよ」
ここは姉として、ライラちゃんに良い所を見せたかったけれど、振る袖が無いって悲しい。
エンリが首を横に振る。
「情けなくなんてありません。だってティアは、わたしとカブトだけでなく、ライラやこの先の未来に生まれてくるルーフィルド家の全ての女性の運命を救ったも同然のことをしてくれたのですから」
天魔戦争の際、最前線となる街ブリトール――砦の目的として作られ、発展してきたブリトールの領主の女性には、天魔戦争の最前線に立ち、命を賭して戦わなければならない使命があった――。
「あれからもう16年かぁ……。ライラちゃんも大きくなるわけだよね」
呟いて微笑むと、エリンも過去を思い出したのか、同じように微笑んだ。
「期間はライラが魔法学園に通う3年間です。ティアへの報酬は、魔法学園の入寮費と同じ金額を出すということでどうですか?」
寮に通っていたら払う予定だった金額なら、ルーフィルド家の出費は元からのもの。
わたしが依頼を受けやすいようにと気を利かせてくれたのだろう。
「それで構わないよ」
エンリが微笑む。
「学費や教材代は魔法学園へ直接振り込むとして……。あとはそうですね。娘の食事代とお小遣いを毎年まとめて振り込むので、お小遣いの方はティアから月初めにライラに渡してもらえますか?」
「お小遣い制かぁ。そういえばエンリも昔そうだったね」
「ふふふ、はい。あとはなんでしょう……あっ、もし病気や怪我などでお金がかかった場合は、一時的に立て替えてもらってもいいですか? その時はあとで別途請求してください」
「うん。わかった」
わかったとは言ったけれど、請求なんてするつもりはない。
もしライラちゃんが怪我や病気になったりしたら、その治療代くらいはわたしの裁量でなんとかしてあげよう。
わたしだってあの娘が可愛いのだ。
そのためのお金ならなんとかしてみせるさ。
依頼の内容について細かい打ち合わせを済ませたわたし達は、それからは雑談に花を咲かせた。
ひさしぶりに声を聞いてのおしゃべりを楽しんだのだった。
◆◆◆
~ エンリ視点 ~
今日は本当にひさしぶりにティアの顔を見ながら、声を聞きながらおしゃべりをしました。
ティアがブリトールを去り、王都ラザーニへ移り住んで以来10年ぶりの楽しい時間でした。
歳を重ねるわたしと違って、彼女の姿は初めて出会った19年前とまったく変わっていません。
当時のわたしは13歳で、わたしの方が年下でした。
ですが今のわたしは子持ちの32歳。
お友達のご婦人方は、わたしの事を年齢よりも見た目がお若いと褒めてくださいますが、いまではわたしの方がティアよりずっと年上になってしまったようです。
16年前の天魔戦争の時――お母さまに代わってルーフィルド家に生まれた女性の使命を果たすため、わたしと運命を共にする紫丁香花の騎士達と共に、わたしは大小様々な魔物が蠢く戦場の最前線のその先へと切り込みました。
術者であるわたしも含めた周囲の生命力を吸い取り、不足分の魔力を補って力技で放つ、広範囲殲滅魔法――ルーフィルド家に伝わる特級魔法を使うたび、周囲の無数の魔物が魔法の炎に焼かれて消し飛び、命を燃やし尽くした紫丁香花の騎士がひとり、またひとりと倒れていきました。
そして最後に残ったわたしとカブトは、敵将を討つという最重要の使命を果たせぬまま、無数の魔物達の真ん中で道半ばにして倒れてしまったのです。
その時――タイガちゃんの背に乗って飛んできたティアが、わたしの元へ舞い降りた。
ティアはわたしを助けるという約束を。
旅が間に合わず、もしも助けられなかった時には、せめて最後の時は隣にいてくれるという約束を。
忘れずに守ってくれたんです。
ティアの腕に抱かれながら、胸を貫く槍の痛みも次第に薄れ行き、死の影が視界を暗く塗りつぶしていく中、わたしはこの目で確かに見たのです。
彼女の頭上に黄金色に輝く天輪と、透き通るような金髪、そしてその背に広がる美しい純白の翼を。
ティアは天使だった――。
わたしは最初、ティアがどうしてブリトールを離れてしまったのかわかりませんでした。
切っ掛けは確かにありました。
それはティアを育ててくれた孤児院のパルラさんの死です。
カブトから聞いた話では、パルラさんは老衰だったようです。
わたしは、強くて明るくて、いつも笑っているティアの泣きじゃくる姿を初めて見ました。
そしていつも元気いっぱいなティアが、あんなにも暗く沈んだ顔で、何かを深く思い悩むように日々を送る姿を見たのも……。
落ち込んでいる彼女を見ていると、胸が抉られるように痛くて、苦しかった。
悲しみは理解できます。
わたしも肉親を亡くしていますから……だからこそ、わたしもカブトもティアの側にいたかった。
何をしてあげる事も出来ないとしても、ただ側にいて、ティアの心が冷え切ってしまわないように、身を寄せて温めてあげることだけでもできたらと……。
でも、ティアはわたしたちの元から離れていってしまいました。
ずっと、どうしてだろうと考え続けてきました。
ですが今日、ティアの姿を見た時、その理由がなんとなくわかったような気がしました。
わたしがティアを見た時に感じた思いの真逆……それがティアが感じていたことだったのでしょう。
雑談の中でティアが「またハーミスさんが淹れてくれたアップルティーをみんなと飲みたいな」と楽しそうに笑った時、わたしは思わず口を噤んで俯いてしまいました。
ハーミスも6年前に老衰で……。
胸につかえた言葉を、ティアはわたしの表情と態度から察してしまったのでしょう。
一瞬だけ見せたティアの寂しくて悲しそうな表情は、ブリトールを去るときに見せた表情と同じだったのです。
思えばティアは、いつだって自分でなんとかしてしまう子でした。
そして問題の解決が難しいとなった時、ティアは自分の身を平気で犠牲に出来てしまうんです。
18年前、わたしを死の運命から助けるために、命懸けの旅をしてくれたように……。
だから娘のライラをティアの元へ預けようと考えた事は、結果としてとても良い選択だったのだと思いました。
ティアのそばにはタイガちゃんがいます。
タイガちゃんは数万年の時を生きてきた魔界の大魔王さまですから、これからもずっとティアの隣を歩いて行けるでしょう。
でもタイガちゃんにしか出来ない事があるように、タイガちゃんでは出来ない事だってあるのです。
そしてわたし達に出来ない事があるように、わたし達にしか出来ない事もあるはずです。
わたしもカブトも、ティアを決して孤独にさせたりしません。
天使の血を引くティアと同じ歩幅で歩く事は叶わないのかもしれませんが、わたし達に出来るやり方で、ライラが、そしてライラが将来生むでしょう新しいルーフィルド家の子孫が、これからもずっとティアの心の側にいられますように。
それが天魔戦争という呪縛から解放されたルーフィルド家の新しい使命であり、わたしの一番の願いなのです。




