親友からの届け物
「――さん」
誰かがわたしの肩を叩いてくる。
「――アさん。ティア・エルカードさん! 起きてください!」
身体をゆすられる。
「ん、う~?」
わたしはカウンターに突っ伏していた上体を起こして椅子の背もたれにもたれかかった。
どうやら店番をしているうちに寝落ちしてしまったらしい。
「気持ちよさそうに寝ているところ申し訳ないんだけど、起きてもらえますか?」
「ああ、はい。ごめんなさい。ちょっと疲れていたみたいで……えへへ。今日はどんな呪いにかかりました?」
眠い目を擦って顔をあげると、帽子をかぶった作業着姿の若い男が立っている。
男は少し可笑しそうに微笑みながら、
「いえ、お客さんは僕ではなく、あなたの方です」
そう言って自分の足元を指し示した。
寝ぼけを姿を笑われてしまった事に恥ずかしながら、わたしはカウンターに身を乗り出して男の指差す先を覗き込んだ。
そこには大きな木の箱が1つ置いてあった。
「ティア・エルカードさんですよね。お届け物です。こちらに受け取りのサインを貰えますか」
「届け物? めずらしいなぁ。誰からだろう」
とりあえずサインを済ませる。
「発送は王都の魔道具店からですが、送り主はブリトールのエンリ・スー・ルーフィルド様ですね」
配達員の男が丁寧に答えてくれた。
「エンリから?」
なんだろう。結構大きい荷物だ。
配達員さんが帰っていった後、ちょうど日も暮れていたのでお店を閉めて、わたしは届けられた箱を開封することにした。
バールを持ってきて木箱の蓋と格闘すること数分――。
やっと開いた箱の中から出てきたのは、大きな石板と短い支柱が刺さった石造りの台座のようなものだった。
中に入っていた説明書に従って2つを組み合わせると、背の低い看板のようなものが出来上がった。
「うぅ……石ってなんでこんな重いんだろ……」
少し休んで息を整えてから、再び説明書に目を落とす。
「ええっと、それで……と、なになに? 台座についている魔核に魔力を流し、魔道具を起動させてください?」
眼鏡をズラして裸眼で観てみる。
台座に埋め込まれている黒い宝石のような見た目の魔核には、魔力が込められておらず、どうやら空っぽのようだ。
「うーん。わたしには魔力がないから、タイガが帰って来ないと続きは出来ないみたいね」
早く魔道具を試したいのに。
タイガったら早く帰って来ないかなぁと思っていたその時だった。
お店のドアの前でズン……! と重い何かが落ちてきたような地響きが鳴り響いた。
何事かと慌ててドアを開けて外へ出てみると、巨大な牙? 角? が2本、目に飛び込んできた。
それらを運んできた犯人の馬サイズのタイガが、これまた大きな魔核をその口に咥えてわたしの元へやってくる。
魔核の大きさから推察するに、これらの持ち主は最低でも討伐推奨Aランク以上の魔物だった事は間違いなさそうだ。
「一体『死の森』で何を狩ってきたの?」
わたしが尋ねると、タイガはこう答えた。
「名前なぞ知らん。なんかデカイ奴だぜ」
相変わらずの大雑把。
「はいはい。デカいやつね。ていうかこれ、玄関通るかなぁ」
タイガの戦利品は、お店の入り口を壊さないように慎重に、なんとか中へ運び込んでもらった。
とりあえず物置と化している店舗フロアの片隅に置いておく。
「これはなんだ?」
黒猫の姿になったタイガが、わたしが組み立てた魔道具に興味を示す。
「エンリから届いた魔道具だよ。ね。ちょっとタイガ、この魔核に魔力を注いでよ」
よくわからないという顔をしたまま、言われた通りタイガは魔核に肉球を押し当てた。
魔力を観るために、わたしは眼鏡をズラして裸眼で観察する。
タイガの前足を通して、ぐんぐんと魔力が魔核へと注ぎ込まれていく。
この魔核、なかなかの大食いのようだ。
実際は表に見えている以上に大きいのかもしれない。
やがて魔核から魔道具に埋め込まれている魔力図へと魔力が染みわたっていった。
「そろそろいいかな? 起動するよ」
わたしは魔核の横にあるスイッチを押した。
石板に”呼び出し中……”と文字が浮かび上がる。
それを見つめながら、わたしとタイガが頭にハテナを浮かべていると、突然、明るい光を放って石板に懐かしい顔が写り込んだ。
「ティア! やっと届いたんですね!」
「エ、エンリ!?」
石板に写るエンリは、とてもうれしそうに微笑んでいる。
最後に会った時より、また少し大人びた印象はあるけれど、確かに彼女だ。
「え? え? どういうこと?」
「ふふふふ。これは最新技術で作られた映像通信が出来る魔道具なんです。まだ数えるくらいしか生産されてない貴重品なんですよ!」
「そうなんだ。本当にすごいね……。たった十数年の間に、こんな事が出来るようになってたんだ……」
エンリがいつになく興奮気味なのもわかる。
だってまるで目の前に本当に彼女がいるみたいだ。
だけど手を伸ばして触れてみると、手触りはやっぱり石板のそれなのだ。
試しに裸眼で見てみるとエンリの姿が見えなくなった。
わたしの目には幻影魔法が通じない。
つまりこれは幻影魔法を応用したものなんだろう。
「魔核の市場規制の解放。そして禁書に指定されてきた魔法技術の数々の一部開放――この急速的な技術革新は、ティアが天魔戦争を終わらせてくれたおかげなんですよ」
エンリが誇らし気にわたしを見る。
「えへへ。さすがにそれは大袈裟だよ」
だけどエンリに褒められるのは一番うれしい。
「そういえばティア? アンドリィさんから聞いてますよ」
ちょっと怒った口調。これは嫌な予感……。
「な、なにかな?」
「王都に移り住んでから、毎日ぐうたらな生活を送っているそうですね?」
「そ、そんなことはないはずだけど?」
アンドリィったらエンリに何を吹き込んでくれてるんだ!
「とぼけたって駄目です! いまも寝癖が2本生えてますよ。それにそこに写っている酒瓶の山はなんですか?」
どうやらお店の隅に積み上げられている、ゴミ出し前の空き瓶がエンリから見えているらしい。
わたしは寝癖を手探りで見つけるとその手で押さえた。
「え、えーっと。あれは……、そう、あれだよ! タイガが飲んだんだよ!」
タイガが、は? って顔をした後、わたしをジト目で無言で見つめてくる。
うぅ、ごめん、タイガ。今はわたしを助けると思って、犠牲になっておくれ。
「嘘ですね」
エンリの目が据わり出す。
「毎日飲んだくれているって本当だったんですね……」
「うぅ、ごめん。違うの。これには理由が……」
「そんな生活を続けていたら、そのうち身体を壊してしまいますよ」
エンリの悲しそうな顔。
うぅ、胸が抉られる!
「ごめんなさい。これからは少し控えるようにするから。お願いだからそんな悲しい顔しないで……」
「もうっ。約束ですからね」
エンリがぷくりと頬を膨らませる。
「それとティア。最近何か困ったことはありませんか?」
エンリはほっぺに溜めた息を吐くと、今度は深刻な表情で言った。
一瞬、ドキッとした。
でも家賃の滞納に気づいたのは今朝の話だ。
ブリトールにいるエンリが知るはずない。
「困ってる事なんて……ないよ?」
「本当に?」
エンリが石板に顔を近づけて、わたしの目をじっと見つめてくる。
うぐ……っ!
「ほ、本当だよ? なんで急にそんな事言うのかな?」
「だって毎月ティアから振り込まれていた孤児院への支援金が、先月から急に止まったから……何かあったのかなって」
あ。そうか。先月の家賃が払われていないのだから、そちらも払えていない可能性はあったんだ。
「別に支援金を催促している訳ではないんです。形としては金銭ですけど、あれは育ててくれた孤児院へのティアからの気持ちなのですから。ただそのためにティアが無理をしたりしていないか、わたしはそれが心配なんです……」
本当に心配そうにわたしを見つめるエンリの顔を見ていると、また胸が痛んだ。
これは……さすがに誤魔化せないね。
「ごめん、エンリ。実はちょっと、気が付いたら貯金が尽きちゃってて。でも! もう大丈夫なんだ。タイガのだけど、新しいお仕事も今日決まったし」
「タイガちゃんのお仕事ですか?」
エンリがきょとんとする。
頷いたわたしは、タイガが取ってきてくれた魔核をエンリに見せた。
「月の制限はあるけど、冒険者ギルドが毎月素材の買い取りをしてくれるようになったんだ」
タイガが「ふん!」と、エンリに向かって胸を張る。
「制限……。それで足りますか? 本当の、本当に大丈夫なんですか?」
「本当だよ」
実際は少し足らない。
特に今度の年明けに払う税金分が間に合っていないけれど……。




