タイガの新しいお仕事 その2
ルイズが苦虫を噛んだみたいに顔を歪める。
「く……お前、いつからそういうキャラになった!?」
「ぶー! わたしだってギリギリなの! 追いつめられたネズミは猫にだって噛み付くんだからね!」
パン! とカウンターを両手で叩いて立ち上がる。
受付カウンターを挟んでルイズとしばしの睨み合い。
間に挟まれたエミールさんは、苦笑いで困ったように肩をちぢこませている。
先に折れたのは……ルイズだった。
ルイズがぐしゃぐしゃと片手で頭を掻く。
「かーっ、仕方がないねえ! わかったよ! 素材の買い取りだが、少しくらいなら融通を聞かせてやるよ! それでいいんだろう?」
「本当!?」
よし! グッと、勝利を掴んだ拳を握る。
「だがね、無条件という訳にはいかないよ!」
「何でも言って」
わたしは目を輝かせる。
「まず1つ。月の買い取り上限額を定めさせてもらう。それから解体作業と嵩張る肉は対象外とさせてもらうよ。お前はどうも常識が通じないきらいがあるからねえ。またとんでもない量を1日で持って来られて市場が荒らされたり、ギルドが機能不全に陥っても困る」
わたしは以前、まだCランク冒険者だった頃に、ブラッドベアーという全長15mを越える巨大な熊の魔物を1匹まるごと持ち帰った事がある。
その時は王都の北門から冒険者ギルドまでの輸送にも多くの人が動員されたし、解体や早急な後処理を任されたルイズは目にクマを作るほどに忙殺されたのだ。
市場を荒らしたことは……なかったと思う。……たぶん。
「2つ目。Bランク以下で依頼が出ている物は対象外とさせてもらう。高ランク冒険者が低ランク冒険者の仕事を奪ってはならないという、ギルドの規則に抵触するからだ。偶然奪ってしまった場合は多少は目を瞑るが、そんな事にならぬよう依頼ボードをよく見て十分気を付けてやってくれ」
「そこは大丈夫かな。狩場は『死の森』にしてもらうから」
ブリトールの北にある大平原――その北にある『黄泉への誘い』と呼ばれる湿地帯――そこを抜けてさらに北へ行ったところに、毒の濃霧に包まれた広大な森がある。
その森が『死の森』と呼ばれる地帯だ。
天魔戦争の際、魔界の門が顕現する丘に最も近く、最も魔界の濃密な魔素に晒されてきた土地だ。
当然、相応の危険な魔物が跋扈する土地でもある。
およそ人が立ち入る事の出来ないあの森ならば、何を狩ってもBランク以下の依頼とかち合うことはないだろう。
それにタイガとしても相手が強い方が大好きな戦闘を楽しめるはず。
タイガを見ると、魔物の赤い瞳を爛々を輝かせていた。
どうやらすでにやる気モードのようだ。
「条件はそれだけ?」
「ああ」
「じゃあ、交渉成立だね!」
わたしが差し出した右手を、ルイズが嫌々握り返す。
「ありがとうルイズ。ほんとに助かるよ」
「やれやれ。恩を感じているというのなら、ギルドマスターの座を早く代わってくれると、わたしも老後の余生をのんびり過ごせるんだがねえ」
ルイズがやさしく微笑む。
「それエルガンからも言われたことあるけど、わたしにはギルドのマスターなんて無理だよ。残念だけど後継者は他を当たって欲しいな」
誘いはうれしいけれど、申し訳ないけれどわたしにそんな知識も才覚もない。
それにわたしには女神としての責務もあるし、人としての生活はスローライフで頼みたいのだ。
ギルマスなんて大変な仕事、ごめん被りたい。
「ふっ。まあいいさ。お前にはそういう選択肢もあるのだと、頭の片隅にでも覚えておいてくれればいい」
「むぅ。それじゃ、わたしはもう行くね」
ルイズとエミールさんと別れて冒険者ギルドの外へ出る。
さて、どうしようか。
豪邸とやらを見に行きたい気もするけれど、今日はなんだか疲れたな。
そもそもわたし、場所知らないし。
一等地って言うくらいだから、王城の側だとは思うけど。
「よし、帰ろっか」
別に急ぎって訳じゃないし。
場所が判明してからでも遅くないだろう。
それにさっきからずっと、タイガから落ち着かない感情が流れて来てるし。
まぁ理由なんて1つしかない。
きっとすぐにでも『死の森』へ飛んでいきたいのだろう。
わたしがこんなだから、この16年の間タイガは戦闘らしい戦闘を一度も出来ていない。
元来戦う事が大好きで、生きがいでもあるタイガにとっては、ずっと手足を縛り付けられ続けるような退屈な日々だっただろう。
「そうだ。家に着いたら、わたしはお店を開けるから。夕食までに帰ってくるならタイガは好きにしてていいからね」
タイガの目が分かり易く輝きを増す。
「あ。でも本気だしちゃダメだよ? 巨獣化とか論外ね。タイガったら魔力を使った分だけお腹減るんだから。せっかく稼いでも食費に消えたら意味ないんだからね」
「ふん!」
この鼻息は、わかっている! と言いたいのだろう。
心なしか足取りが軽くなったタイガに運ばれて、わたしは家路に着くのだった。
◆◆◆
わたしが読みかけの本を片手にお店のカウンター席に腰掛けると、黒猫のタイガは早速窓から飛び出して行った。
わたしはタイガのかわいい猫のお尻を笑顔で見送ると、しおりを取って本の続きに視線を落とした。
シン……と静まり返った、午後の日差しが窓から差し込む店内。
時々開けている窓から吹き込む風に乗って、窓際の花瓶に挿した花の香りがカウンターへと届けられる。
このまったりとした時間が好きだ。
旅をしていた時は、ずっと時間に追われているようで、こんな気持ちになれたことは一度もなかったからかな。
ブリトールでエンリのお屋敷で過ごしていた時も、バルコニーでアップルティーを飲みながら、ただまったりと過ごす時間が好きだった。
いつだったか、いつものようにバルコニーでまったりしているわたしのところへカブトにいちゃんが来て、
「ティアお前、毎日飽きもせず日向ぼっことか、年寄り臭いな」
と言われた事がある。
あの時のカブトにいちゃんったら、わたしとエンリの二人からデリカシーがない! 酷い! と責め立てられてしょんぼりすることになって。ふふふ。
わたしとカブトにいちゃんとは、同じブリトールの孤児院出身だ。
孤児院のパルラ先生から聞いた話だけど、赤ちゃんだったわたしが夜泣きをするたびに、6歳だったカブトにいちゃんはいつも駆けつけてくれて、わたしが泣き止むまであやしてくれたそうだ。
成長し、大きくなっていくわたしに、冒険者になるために必要な事を教えてくれたのもカブトにいちゃんだった。
そしてエンリはカブトにいちゃんが一目惚れした女性であり、愛妻なのだ。
もちろん、エンリもカブトにいちゃんのことを心から愛している。
だからわたしにしてもエンリにしても、カブトにいちゃんは家族だから、諫めるのに遠慮なんてしない。
カブトにいちゃんも反省したのか、それ以降は言われなくなったんだけど、いま思うと2人がかりで責め立てたのはちょっぴりかわいそうだったかな?
ただわたしもエンリも、困った顔のカブトにいちゃんとじゃれ合うのが楽しくなっていたんだよね。
そういえば王都へ引っ越してきてからは、ルーフィルド家とは手紙のやり取りはしているものの、顔をずっと見ていない。
みんな元気にしているかなぁ。
ルーフィルド家お抱えの執事のハーミスさんが淹れてくれたアップルティーを、またみんなと飲みたいな。




