タイガの新しいお仕事 その1
「そう……だったんですか。ひょっとして見た目が若いままなのも?」
エミールさんの問いに、わたしは頷いて肯定する。
「しかし”天使の目”を羨んでいた時期もあったが、この歳になると若さの方が眩しいねえ」
ルイズが溜め息を吐くように零す。
「そうですね。ずっと若いままなんて、本当に羨ましいです。あっ。でもそんな重要な話、聞いちゃってよかったんですか?」
「構わないよ。昔はこの事、秘密にしていたんだけどね。だって他人の魔力が観える事は、わたしにとって対魔法使いへの切り札でもあったから。でも歳を取らない事を隠し続けることは出来ないし、もう人族と天族との間に交わされた古い誓約も意味を成さなくなったからね」
「天族の存在、特に彼等が使う『金色の魔法』に関する箝口令ですよね。お伽噺の世界だと思っていた天使が実在したなんて、あの時は本当に衝撃でした」
エミールさんの言うあの時とは、わたしと、魔界を統べる7匹の大魔王――七大魔王と、天界を統べる7人の大天使――七大天使と共に、ロンブルク王国国王ルーギンス・フォー・ロンブルクの横に並び立ち、全国民へ向けて天魔戦争の永遠の終わりを宣言した日の事だろう。
もちろん巨獣化した大魔王達が一か所に集まったなら、王都ラザーニはその超超超巨体の下敷きになって滅んでしまうから、彼等は魔人化した状態で参加したのだけど。
参加していた周辺諸国の王達や集まった人々は、あの日、大魔王や大天使の姿を初めて目にすることとなったんだ。
「『金色の魔法』は我々の魔法とは根本から異なる。我々人族や魔族、魔物が持つ”魔力”では決して発動することの出来ない、癒しの魔法図形を行使できるのは、天族が持つ”天力”だけらしい」
ルイズから発せられたこの言葉に、わたしはとても驚いた。
いくら天魔戦争の歴史が終わり、誓約が事実上意味を為さなくなったとは言え、天族は天界から降りてこない。
正しい天族の情報を知る術は相変わらずないはずなのに。
「ルイズったらどうしてそんなに詳しいの?」
「ん? ああ、魔法学園の図書館で読んだ本に書いてあったのだ」
「えっ! もしかして禁書が解放されたの!?」
魔法学園の図書館には封印された地下室――禁書庫へ繋がる隠し扉がある。
わたしは魔法学園に通っていた頃、一度だけそこに入った事がある。
「なんだ、知らなかったのか?」
「うん。だってわたし、基本引きこもりなもんで……」
外歩くと倒れちゃうから。
外出なんて冒険者ギルドにお金を下ろしに行くときと、ご飯を食べに行くとき、そしてお酒を買いに行くときくらいなものだ。
王都ラザーニはとても大きな街だけど、わたしの行動範囲は極めて狭いのだ。
「ならひょっとしてこれも知らないのか? 来年から魔法学園のカリキュラムに新しく『金色の魔法』に関する講義が追加されるようだぞ。その影響で来年の入学希望者は例を見ない大人数へと膨れ上がっているらしい」
「えええええ! 嘘でしょう!?」
魔法学園ったら、誓約がなくなった途端いきなりぶっこんできたね!?
禁書に書かれている内容を講義するのかな? だとしたらちょっと気になるかも。
「こんな事で嘘をついてどうする。妹のルイエから聞いた話だから間違いないぞ」
「ルイエさん情報かぁ……。まぁ、あの人いい加減だけど、自分の得にならない嘘は吐かないもんね」
ルイズが何とも言えない複雑な表情をする。
逆を言えば自分の得のためならば平気で嘘を吐くと言っているようなものだもんね。
でも事実なのだ。
そしてルイエさんに目を付けられると、非常に面倒くさい。
これはわたしの実体験からくる彼女に対する正当な評価なのだ。
「マスターのお話は本当だと思いますよ。実は最近、魔法学園の寮に入れなかった人達から、民泊や貴族の屋敷でホームステイ出来るところはないかと依頼が殺到しているんです」
「民泊ねぇ」
冒険者向けの依頼とはちょっと違う気がするけれど、ギルドはそういう斡旋も始めたのかな。
「10年くらい前からか? 魔法学園は禁書の一部開放と同時に1年制から3年制に変わったんだ。お前は貴族ではないが、中級貴族に相当するだけの地位と信用があるSランクだ。ホームステイ先を探している貴族の新入生を十数名ほども抱え込めれば、少なくとも3年間はお前の金銭問題も解決するんじゃあないか?」
確かに。ルイズの言う通り安定した収入が得られるチャンスかも。
しかも無駄になっている豪邸という箱はある。
「あーでも、寮の代わりなら全員分の食事とか、お風呂とかを用意しないといけないよね? 魔法学園に入学する生徒には国内外からの貴族も多いから、ベッドメイクとか色々……」
大量の食材の買い出しや、腕の立つ料理人とか雇わないとならない?
「契約の内容次第だが、貴族が住む一等地には平民街のように風呂屋や露店はないからねえ。外で済ませろと言われたら学生は確実に困るだろうねえ」
「だよねぇ」
結構考えるべきことが沢山あるような気がする。
執事さんやメイドさんがどういう契約でいるのかとか、ベッドとかシーツ、家具が足りてるのかもわからない。
もしなんらかの初期投資が必要だった場合、わたしの貯金残高はパンすら買えない23イルドだ。
少なくとも一度は豪邸とやらに足を運ぶ必要があるね。
「いい話だとは思うし、少し考えてみるけど……。ただ正直、初期投資なしで始められる事とも思えないんだよね」
「それはそうだろうよ」
だよね。
「うーん、となるとやっぱり他の手を考えないと……。うぅ、お金がない……どうしよう。このままだとわたし、借金地獄だよ……」
はふぅと、わたしはカウンターに突っ伏した。
ちらり、と同情を引くようにルイズを見上げる。
「Aランク以上の依頼なら選び放題だぞ?」
ルイズがにやりと笑う。
くっ。それが出来ないから困っていると言っているのに……!
「冒険者ギルドが素材の買い取りしてくれたらな~」
チラッ、チラッ。
「駄目だぞ」
むぅ!
そもそも素材の買い取りは、全ての冒険者に対していつでも行われている事だ。
そりゃギルドだって不良在庫を抱えたくないから、場合によっては買い取り拒否することはあるけれど、余程のケースだ。
だのに、Sランク冒険者の責務を果たしていない事を盾にして、わたしという個人だけギルマス命令で買い取り拒否されるのって、やっぱり納得できない。
絶対不公平だよね?
なんかだんだん怒りが込み上げてきたかも。
よーし、こうなったらルイズと戦ってやる!
そっちがそうならわたしにだって手がない訳じゃないんだからね!
「あーあ。本当はこんな事したくなかったんだけど、ルイズがそういうんじゃあしょうがないよね。だってわたしも生きていかなきゃいけないんだもんね?」
わたしは指先でカウンターに”の”の字を描く。
「はん?」
ルイズが訝し気に首を傾げる。
「冒険者ギルドが素材の買い取りを拒否するならぁ、ギルドはスルーして、直接商人に買い取ってもらうしかないよね~」
「なんだと!? ……ふん、引きこもりのお前に、そんな大口の商会との繋がりがあるとでも? 言っておくが、並の規模の商会じゃあ高ランクの魔物の高級素材の買取りなぞやっていないぞ」
勝ち誇ったようなルイズの顔。
「ルードバーグ商会」
わたしがボソリと名を挙げた瞬間、余裕ぶっていたルイズの表情が一瞬ぴくりと引きつった。
「ルードバーグ商会と言えば、王都でも三本の指に入る大商会ですね。確か今の副会長が……あっ」
エミールさんが何かに気づいたようで小さく声を上げた。
ルイズが何の事だと焦ったようにエミールさんを見る。
「そう。ルードバーク商会の会長の娘であり、現副会長のアンドリィ・ルードバーグって、魔法学園の学生時代からのわたしの友達なんだよね~。彼女、ずっと昔からわたしと仕事がしたいって言い寄ってきてたんだけど、ルイズに悪いからずっと断り続けてたんだよね。でも、こうなったらしょうがないよねぇ?」
チラッチラッとルイズを見やる。




