新米女神はお金がない
「ルイズったら丁度良い所に! ねえ、ルイズも16年前の叙勲式に出てたよね。あの時わたしって王様から何の褒美を貰ったんだっけ?」
「何の話をしているのかと思えば……」
言いながら、ルイズはカウンターの上に広げられたわたしの貯金の入出金記録に目を落とす。
彼女はそれだけで察したようで、わたし達にこう言った。
「お前が受け取ったのは、王都ラザーニの一等地に建つ豪邸だよ。その税金は土地と家屋に相当するものさ。維持費もそれ関係だねえ。月単位の振込と金額から察するに、屋敷の維持管理のために住み込みの執事がひとりとメイドがひとり雇われているんだろうさ」
「豪……邸……? 執事に……メイド?」
あれ? そんなもの貰ったっけ?
んんんんん……?
あ……。
「貰った……かも」
ただわたしは、その豪邸とやらを一度も見に行った事がない。
当然執事さんともメイドさんとも会った事ない。
何故って、叙勲式を終えたわたしは、緊張と体調不良の我慢の限界から倒れてしまったからだ。
その姿が参列していた多くの貴族の目に触れたせいで、天魔戦争で大怪我をしたとか、病を罹ったなどと噂が広まる一因にもなったのだけど……それはさて置き。
宮廷医師のところで看病を受けたわたしは、翌日ブリトールへ帰るエンリ達と一緒に王都を出てしまったんだ。
倒れた原因は神力の枯渇によるもので、薬で治るような病気とは違うからね。
そして元々描いていた未来予想図の通り、そのままブリトールで暮らす事となった。
「で、でも! 家を持ってるとこんなに高い税金を払わないといけないものなの!?」
「お前もブリトールに家を買ったなら固定資産税を払わないといけないことくらい知ってるだろ?」
ルイズが首を傾げる。
「知らない……だって結局買わなかったんだもん」
予定では孤児院の近くに家を建てるつもりだったけれど、それを話したらエンリとエンリのお父さん、そしてエンリの夫でありわたしの孤児院からの兄であるカブトにいちゃん等の強い勧めで、わたしはブリトールの領主の家――つまりはエンリの家の部屋に住まわせてもらう事になったからだ。
「だとしても高すぎるよ……」
「くっくっく。何と言っても王都の一等地の上、豪邸だからねえ。これくらいはかかるだろうよ」
土地と家屋の税金。加えて住み込みの執事とメイド2人分の給与、それらが16年分……。
なるほど……そりゃわたしの潤沢だった貯金も枯渇する訳だ。
というか、もっと重要で差し迫った問題に今気づいてしまった。
これって大家さんへの家賃の支払い分を稼げたとしても、今月末の支払いが全部できないんじゃ……。
それと年1の税金の支払いがもうすぐ迫っている。
「どうしよう、お金がない……。そうだ! 豪邸、売っちゃったら全部解決なんじゃ?」
わたしは震える声でぽそりと呟いた。
諸悪の根源も始末出来て一石二鳥! いや三鳥!!
「それはダメだろ」
と、溜め息交じりに即答したのはルイズ。
「王様から直々に与えられたものを売ってしまうなんて、流石に不敬になりますよ。ティアズさん」
続いてエミールさんが諭すように言った。
「ええ……くれたものなのに、わたしの自由にしたら不敬になるの?」
そうだとわかっていたら、いらなかったのに。うぅ。王様ったら余計な物を……っ。
「ふぅ、いいかい。これはそんな単純な話じゃあないんだよ。お前は気づいていなかったようだが、貴族位を断ったお前に代わりに土地と家を与えたのは、お前を国外へ逃がさないためのルーギンス陛下の策略だぞ」
「なによそれぇ……」
逃がさないって、まるで人質みたいじゃないの。
「やれやれだねぇ、まったくお前という奴は相変わらず。Sランク冒険者は国の宝だぞ。それを他国に奪われるリスク。少し考えればわかる事だろう」
「ねぇルイズぅ。Cランクの依頼受けちゃダメ?」
「何を馬鹿な」
ルイズが呆れたように顔をしかめる。
「お前はもうSランクなんだぞ。最上位のランカーにそんな安い依頼を受けさせる訳がないだろ。そもそもギルドの規則で受けられるのはワンランク下の依頼までだ。知ってるだろう、そんな常識」
高ランク冒険者が低ランク冒険者の依頼を奪わないようにするための規則だ。
「うぅ、知ってるけど……」
でもAランク以上の依頼だと日帰りなんて絶望的なものばかりだし……今のわたしにそんな体力は……。
「じゃ、じゃあじゃあ素材の買い取りは?」
素材なら依頼人とのやり取りが不要だから、タイガに魔物を狩って来てもらえば、わたしが外に出なくてもなんとかなる!
毛皮を綺麗に剥す解体作業は正直難しいけれど、魔核や牙や爪の剥ぎ取りならタイガにも任せられるし。
懇願するわたしに、ルイズは深いため息を吐いた。
「前々から言い続けてきたが、お前にはAランク以上の滞っている依頼をこなして欲しいんだがねえ」
耳タコの話だ。
「だって体力が持たないんだもん。それにわたしにはお店があるし」
「『くろとら』と言ったか? どうせもう客なんて来てないんだろう?」
「来てるもん! たまにだけど……」
「たまにしか来ない程度なら、数日くらい店を閉めたからって何も影響ないだろ」
「む!」
かちんと来たよ、これ。
というか、ルイズがそれを言うか……!
「うちのお客さんが減っちゃったのって、全部ルイズのせいじゃない! 知ってるんだからね。ルイズの提案で、ギルドが率先して冒険者達からダンジョンの攻略情報の売買を始めた事!」
それによって各階層のマップや出現する魔物の種類、そして宝箱に仕掛けられているトラップの種類と対策などが冒険者達の間で一気に広まったのだ。
しかも『くろとら』がどんどんお客さんを減らしていく中、冒険者ギルドは情報を売ったお金で、買取分を差し引いてもかなりの利益を出してホクホクだったらしい。
「わたしは王都の冒険者ギルドのマスターとして、この地に集う冒険者達の身の安全を守るために責務を果たしただけだ。それとも何かい? お前は彼等に傷ついて帰ってきて欲しいのかい?」
「うぅ、そんなこと思ってないけど……思ってないけど、ただなんか、ルイズにモヤっとしたから言っただけだもん……」
「ちょっとマスター、あまりティアズさんをいじめないで下さい!」
エミールさんがわたしとルイズの間に立って言った。
エミールさんやさしい。もっと言ってやって!
「はぁ、やれやれ。そもそも解呪専門店なんて、発想がニッチ過ぎるんだよ」
「だってそれがわたしの得意を活かせる仕事だったんだもん」
ルイズが目を細める。
「魔力図の破壊、か。確かにお前にかかれば、あらゆる魔法も呪いも紙屑同然だろうからねえ」
「どういうことですか?」
エミールさんが首を傾げる。
「言葉の通りさ。ティアには他人の魔力が見える。更にその手で触れて、引き千切って破壊することもねえ」
ルイズが少し恨みの篭った目で、わたしを見ながらニヤリと笑う。
おそらくわたしのCランク昇級試験の時に、試験官だったルイズの魔法を破壊した時の事を思い出したのだろう。
「今は触れなくても出来るけどね」
わたしが補足すると、「ほお……」と、ルイズは挑戦的な瞳で微笑んだ。
エルガンもそうだけど、Sランク冒険者って何歳になっても気が若いし、眼光の鋭さも衰えないらしい。
2人の正確な年齢を聞いた事は無いけれど、見た目年齢から50代半ばから60代前半くらいだと思うんだけどね。
「ちょっと待ってください! 他人の魔力って普通見えませんよね? 自分の魔力しか」
「ああ。だがティアには見えるのさ」
「わたしには半分だけ天族の血が流れているからね。その血のおかげ、というか”天使の目”を持っているおかげで、わたしには他人の魔力も観えるんだよ」
クリエ曰く、正確にはわたしが持つ『神の権能』の副産物、『観測』によるもので、この力は”天使の目”の完全上位互換なのだけど、2人への説明はこれで十分だよね。
そして触れる事の出来ないものに触れる事が出来るのは、わたしの『神の権能』のもう1つの副産物『干渉』に依るものだ。
眼鏡をズラしてルイズを見やる。
高齢となったいまでも、彼女は複数の魔力図を身に纏い、いつでも防御と攻撃の魔法を発動出来る様に備えている。
老いて尚、常在戦場の姿勢もさることながら、相変わらずの魔力量だ。




