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新米女神の大事なお仕事

「だめだよ。タイガ」


 わたしは落ち着かせるようにタイガの首をやさしく撫でた。


「あんなの無視無視。言いたい人には言わせておけばいいよ」


 しかしタイガは納得いってないのか、流れてくる不快な感情が収まらない。


「もう、タイガったら……。わたしが女神で、この世界を支えている事は秘密って言ったでしょう? それにああいう人達に対してひとりひとり説いて回るのも面倒くさいよ」


 言ったところでどうせ信じてくれないに決まってるんだから。


「だが気に入らねーモンは気に入らねー」


 ツン、とタイガが不貞腐れたようにそっぽを向く。


 タイガとは初めて出会ってから今日まで、いつだってずっと一緒に過ごしてきた仲だ。


 あれは孤児院を卒院したわたしが冒険者になったばかりの頃だから、付き合いの長さはかれこれ20年くらいになるのかな。


 その間わたしが見てきた物をタイガも隣で一緒に見てきた。


 共に死線を乗り越えたことも数知れずだ。


 わたしはタイガに微笑みかける。


「タイガが知っていてくれるから、だからわたしは大丈夫だよ」


 急速に怒りを鎮めていったタイガは、「ふん」と一回鼻を鳴らすと、むき出しにしていた牙を納めた。



 わたしの女神としての大事なお仕事の1つ。


 それはこの神の箱庭(セオス・ジラディーノ)を支える事だ。


 具体的には創造神クリエが作り出したこの世界、神の箱庭(セオス・ジラディーノ)を稼働させるために必要な神力を注ぎ続ける事。


 わたしが注ぎ込んだ神力は、神の箱庭(セオス・ジラディーノ)の維持や、神の箱庭(セオス・ジラディーノ)の持つ様々な機能を動かすために使われる。


 それは魔力や魔法、人界・魔界・天界の三界の維持や、ダンジョンや神器システム、輪廻転生システムなどなど、この世界に存在するあらゆるもののために使われることになる。


 つまり、もしわたしが神力を注ぐことを止めてしまった場合、この世界から魔法が消え、魔力が消え、魔物や魔族が消え、ダンジョンや迷宮が消え、神器が消え、天族も人族も虫も動物も子を――新しい命を生めなくなり、やがて神の箱庭(セオス・ジラディーノ)は三界を維持できなくなり、3つの世界は互いに衝突、押し潰し合い、崩壊し、全てが滅びを迎えることになる。


 らしい。創造神クリエ談。


 まあ、いきなりそんな大変な事になる訳じゃなくて、神の箱庭(セオス・ジラディーノ)内の神力の残存量に従ってゆっくりと、少しずつ綻びが広がる様に……だけどね。


 広大なこの世界を支えるために必要な神力は膨大だ。


 わたしは自分が持つ神力のほぼ全てを、常に注ぎ込み続けなければならない。


 そのために常時魔力切れ寸前の状態で生活しているようなものなんだ。


「お待たせしてすみません――って、ティアズさんどうかしたんですか?」


 資料を胸に抱いて帰ってきたエミールさんが、少し心配そうにわたしの顔を覗き込む。


「ううん、なんでもないよ。えへへ」


 待合所のテーブルに座る男達のわたしへの視線に気づいたエミールさんは、察したように口を少し尖らせた。


「16年前の天魔戦争で、ティアズさんとタイガちゃんが命を賭して魔族の軍勢を抑えてくれなかったら、王都は間違いなく甚大な被害を受けていたというのに……あの人たちったら!」


「まあまあ。いつものことだよ。それに……確かにSランク冒険者としての責務を全然果たせていないのは事実だしね」


 世界をその背に載せたままでは、いままでのような冒険者活動は不可能だった。


 なんせ歩いて3分で膝が震える始末なのだから、冒険どころか要介護と言った方が現状を正しく表している有様なのだ。


「それに飲んだくれているのも本当だし。あはは……」


 そんな神力の枯渇寸前の苦しみを一時的に和らげてくれるのが、わたしにとってはお酒だったのだ。


 どうやらお酒を飲んで気分が高揚すると、まるで杖に通した魔力のように、わたしの神力が一時的に活性化して増幅するみたいで。


 ヘトヘトの体に活力が漲って、身体が軽くなる! ふんぬ!


 もちろん酔いが醒めれば元通りなんだけど、わたしにとって一時の救いの時間なんだ。


「わたしは気にしてないから。だからエミールさんもそんな悲しそうな顔をしないで。ね?」


「ティアズさんがそう言うのでしたら……」


「そう言うよ。それで、何かわかった?」


「はい。こちらを見てください」


 気を取り直してエミールさんはそう言うと、わたしに見えるようにカウンターに資料を置いてくれた。


 内容はどうやら、わたしがギルドに預けている貯金の入出金の記録のようだ。


 わたしは直近の残高を見て固まった。


「貯金残高……23イルド……?」


「はい……」


 エミールさんが困ったように微笑んだ。


「23イルドって、パンすら買えないじゃない! どうしてこんなにお金がないの!?」


 わたしは両手で頭を抱え込んだ。


 なんで? どうして? そんなはずない。おかしい!


 そうだ、記録に書いてあるはずだ。


 がばりと食いつくように、ページをめくって出金記録を追いかける。


 月一の出金はわたしの生活費の他に、ブリトールと王都の孤児院への支援金だ。


 これは元々想定しているものだ。


 冒険者の活動はずっと休止しているので、入金の記録は当然ない。


 あれ? なんか維持費とかいうのが毎月引かれている。なんだこれ?


 更に追いかけていくうちに、もう1つおかしい出金を1つ見つけた。


 年に1回、大金が下ろされている。


「これ、何?」


 わたしは震える指で指し示した。


「振込先が王国になっていますから、おそらくこれは税金の類ですね」


 エミールさんが答える。


「税金って、だって、なんでこんなに高いの? 桁が違くない? もしかしてSランク冒険者って税金高くなるの!?」


 そんな話聞いたことないけど!


「お、落ちついてください、ティアズさん。そんな規則はありませんから!」


「だ、だよね!? だよね! じゃあこれは一体……」


 2人の間に沈黙が流れる。


「支払いが始まったのは丁度16年前からですね。あの……ティアズさん。16年前の菊花大星章(きっかだいせいしょう)の叙勲式で、国王様から何か特別な褒美を受け取っていたりはしませんか?」


「褒美……?」


 何か貰ったっけ?


「あれほどの偉業を成した訳ですし、普通に考えて叙勲だけじゃ済まないと思うんですよね。例えば貴族の位を授かったとか、ないです?」


 貴族位……あぁ、なんか王様に聞かれた気がする。


 でも貴族とかなんか面倒くさそうだから、確か断って……あ。


 段々思い出してきた。


 式に出席していたブリトールの冒険者ギルドマスターであるエルガン・エスカフォードから……。


「そう……エルガンから、王様からの褒美を断るのは不敬だぞって助言されて……それで……」


「ふんふん。それで?」


「それで……どうしたんだっけ?」


「どうしたのか教えて欲しいのはわたしの方ですっ」


 小首を傾げるわたしに、エミールさんがカウンターをパンと叩く。


「うぅ、記憶力には自信がある方なんだけどな……むぅ~?」


 あの頃は始まったばかりの女神のお仕事にも不慣れで、体調不良が続いていたせいで記憶が曖昧なんだよね。


 盛大過ぎる叙勲式にも、これまでにないくらいすっごく緊張してたし……。


 むむむむむーーーー……。


「おや? ティアズじゃないか。随分久しぶりだねえ。顔を見るなんて何年ぶりだい?」


 聞き覚えのある懐かしい声。


 わたしが顔を上げると同時に、エミールさんが後ろを振り返った。


「マスター!」「ルイズ!」


「なんだい。2人してそんな大声を出して。周りの迷惑だろ」


 耳の穴をポリポリと掻く高齢の女性は、この冒険者ギルドのマスター、ルイズ・キャヴァリエその人だ。

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