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落ちぶれた英雄

 部屋に戻ったわたしは、寝ているタイガを起こして出かける支度をした。


 お店のドアに臨時休業の札をかけて冒険者ギルドへ向かう。


 『くろとら』から冒険者ギルドまでは、歩いて10分ほどの距離だ。


 タイガがわたしを背に乗せるため、いつものように猫サイズから馬サイズへと体を変化させる。


「今日は天気もいいし、たまには自分の足で歩くよ。筋肉は使わないと衰えちゃうからね」


 鼻息も荒く、ふんすと歩き出す。


 しかしわたしはすぐに後悔する事となった。


 1分も歩くと息が上がり始め、3分も歩くと膝が笑い出し、5分後には力尽きて、わたしはその場に崩れ落ちた。


「だから言わんこっちゃねーぜ」


 馬サイズのままわたしの隣を歩いていたタイガが、呆れた顔でわたしを見下ろす。


「ぜぇ、ぜぇ、この星最近重力上がった?」


「変わってねーよ」


 呆れの入った冷めた返事が返ってくる。


「うぅ。タイガぁ、やっぱり乗せて」


 へたり込んだままのわたしは、情けない顔でタイガに向かって両手を広げて挙げた。


 タイガが「ちっ」と舌打ちをしてから襟の後ろに噛み付くと、ふわりとわたしを背に乗せる。


 ふわふわの猫毛に覆われたタイガの背中は、まるで極上の最高級毛布だ。


「えへへ~」


 わたしはタイガの背中に抱き付くように、ぐったりと身を任せた。


 わたしの髪と同じシャンプーの花の香りが鼻孔をくすぐる。


 ふわふわ。


 街の大通りをタイガの背に揺られながら進んでいく。


 すれ違う人は、魔物のタイガを見ても驚く人は殆どいない。


 何故なら、大きな黒い虎の魔物の背に乗って移動する少女の姿など、この街のみんなにとっては見慣れた光景だからだ。


 ”史上最年少のSランク冒険者にして、救世の英雄 ティア・エルカードは、魔界を統治する7匹の大魔王の1匹を使い魔にしている”


 16年前なら、こうして王都を歩こうものなら、わたしとタイガの周りには大勢の人だかりが出来ていたものだ。


 でも今はわたし達に歓心の目を向ける人は殆どいない。


 それについて少し寂しい気持ちが無い事も無いけれど、騒がれずにこうしてのんびりと街を歩けるのは、それはそれで気が楽で良い。


 冒険者ギルドに到着すると、タイガは慣れた足取りで開け放たれている入口から建物内へと入っていく。


 中に入った瞬間、視線がわたし達に集まるとギルド内が静まり返った。


 でもそれは一瞬のことで、すぐに視線は外され、ざわざわと喧騒が戻ってくる。


 毎度の事だけど、一瞬異空間へ飛び込んだかのような、この嫌な空気感は流石に慣れない。


 昼前なだけあって、ギルド内にいる人の数はまばらでそれほど多くなかった。


 複数ある受付窓口も比較的空いている。


 ギルド内の隅にある待合所のテーブルでは、何組かの冒険者パーティがこちらをチラチラと盗み見ながら雑談している。


 わたしはタイガの背中から降りると、彼等からの視線には気づかない振りをして受付へ向かった。


「あら、ティアズさん。月末以外で来られるなんて珍しいですね」


 わたしに気づいた受付嬢のエミールさんが笑顔をみせる。


 彼女はわたしが本当の名前を知る前からの古い知り合いのため、いまでも旧名のティアズと呼んでくる。


「こんにちは。実はちょっと確認したいことがあって」


 わたしは先程の大家さんとのやり取りについてエミールさんに話した。


「なるほど。わかりました。ちょっと確認しますね」


 エミールさんはそういって立ち上がると、資料を取りにだろう、小走りで奥へと行ってしまった。


「けっ。噂の『ランク詐欺』様がよ」


 待合所のテーブルの方から侮蔑を含んだ男の声が聞こえてくる。


「『ランク詐欺』と言や、『笑いの伝道師』とか『ウィッグ』のふたつ名を持つ奴か?」


 男と同じテーブルに着く、仲間らしき別の男Bが言った。


 彼等は5人で1つのテーブルに座っている。


 同じパーティーのメンバーなのだろうか?


「髪の毛が伸びたり縮んだりすることから付けられたのが『ウィッグ』だったな」


 また別の男Cが言った。


「そして奴のギャグを聞かされた者は、強制的に真っ逆さまにズッコケさせられる事から付けられたのが『笑いの伝道師』だ」


「いや、それは流石に魔法だろう?」


 男Dが言う。


「魔法なら魔力感知能力の高い奴にはバレるだろ? ところが奴の魔力を感知した者は一人もいない。なんでもフレイディールの冒険者ギルドで何十人もの冒険者が集まる中、自分を笑った奴だけピンポイントでまとめて逆さまにしたって噂もある。その場にいたBランク冒険者の魔法使いにも魔力を感知出来なかったって話だ」


 最初にわたしに『ランク詐欺』だと言っていた男Aが言う。


 聞くでもなく会話が耳に届く。


 むぅ。いまだにその不名誉なふたつ名が残ってるのか。


「そして国内に片手で数えるくらいしかいないSランク冒険者のひとりだ」


 男Aが続ける。


「あんな小娘のガキが!? 冗談だろ?」


 男Eが言った。


「『笑いの伝道師』なら俺も知ってる。確か18年前に16歳だった女冒険者だ」


 とは男D。


「『ウィッグ』って言や、同じころにBランク冒険者の『凶星』とペアを組んで、遺跡のダンジョンを爆速で攻略していった奴だろ? 魔法学園に通いながら片手間の週一活動で、しかもたったの1年で、当時は前人未踏だった43階層まで攻略しちまったって奴だ」


 男Cが言った。


 男達はわたしの噂話で随分と盛り上がっているようだ。


 それにしても、いくらこの王都での事とはいえ、そんな昔のことまで人の事をよく覚えてるなぁ。


「嘘だろ? そんなすげぇ奴なのかよ」


 と、男E。


「おいおい、話聞いてたかよ? ありゃどうみても15~6のガキだぞ。『笑いの伝道師』とは年齢が合わねえ。人違いだ」


 男Dが否定する。


「いや、奴で間違いねえ。俺は18年前にも見た事があるんだ。奴はあん時と全く変わってねえ。連れてる魔物もだ。これは噂だが、奴は魔族との間に生まれた忌み子って話だ。だから歳を取らねえんだとよ」


 男Aが言う。


 いやいや、わたしの中に魔族の血とか流れてないから。


 そもそも魔族も魔物も交配によって子孫を作らない。


 あれは魔素の中から自然に生まれてくる者達だ。


「Cランク時代にBランクパーティ推奨の魔物を単独で撃破したんだろ? あまりにも規格外な強さと成長速度から、ギルドのランク制度の方が追いつかずに付けられたふたつ名――『ランク詐欺』。もし人外がマジなら成し遂げた偉業も納得しちまうな」


 男Cの言葉に、男A以外が頷く。


「ま、それも過去の話だ。今じゃちぃっとばかし意味合いが違う」


 男Aが言う。


「はん? そりゃどういう意味だ」


 男Cが手を広げて言った。


「詐欺は詐欺でも、実力がランクに届いてねえって文字通りの意味になったのさ。いまじゃ奴はただの飲んだくれだ。誰か近づいて嗅いでみろよ。今日も奴から酒の甘い匂いがするはずだぜ。救世の英雄などともてはやされた結果、酒と名声に溺れて堕落しちまったのさ。奴はSランクになってからただの1つも依頼をこなしてねえ。今じゃランクなんて名ばかりのロクデナシだ」


「……しかしわからねえな。Sランクの報酬っていや、俺達Cランクの100倍以上だぞ。実力があるなら堕落するにしたって、全くやらねーって手はねえだろ? 金はいくらあったって困らねえんだからよ」


 と、男C。


「その実力よ。噂じゃ16年前の天魔戦争で大怪我を負ったとか、不治の病を罹ったとか言われてるが……。ようするによ、奴はもう冒険者としては終わってんのさ。いまの奴は俺達Cランクどころか、その辺の老人と大差ない実力しかねえって噂だ。そんなのが冒険者の頂点たる頂点、国王が認める最高峰ランクのSだってんだからよ。笑わせるぜ!」


「なるほどな。そういうことかよ。救世の英雄様も落ちぶれたもんだな」


 男達がわたしを見ながら静かに嘲笑する。


「ちっ!」


 舌打ちをしたタイガから、怒りの感情がわたしの中に流れてくる。


「あいつ等、勝手な事ばかりほざきやがって……ッ!!」


 男達を睨みつけたタイガが、牙を剥き、唸った。

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