ライラ・スー・ルーフィルド
ついに、ついに魔法学園へ入学する時がやってきました!
この一週間、そわそわして夜も満足に眠れませんでしたが、とうとうこの日が来たのです!
ロンブルク王国の王都ラザーニにある魔法学園といえば、その歴史は建国前にまで遡るほど古く、そして敷地内に本物の地下迷宮を所有する稀有な魔法学園であり、入学希望者が国外からも殺到するほどの超有名校!
いま王都を始め、各地にて急速に広まっていっている最先端の魔法技術も、全ては魔法学園が発信元になっているのです!
そしてなによりも楽しみな事が1つ。
それは魔法学園へ通う3年間、なんと! 有史以前から続き、国家元首からも”天災”と呼ばれ、解決は永劫に不可能だと諦められていた、あの天魔戦争を終わらせた救世の英雄にして最年少のSランク冒険者、ティア・エルカードさまの家にお世話になるということです!!
「実物のティアさまって一体どんな人なのでしょう。お母さまとお父さまの話では、昔うちに住んでいた時期もあったそうですが。わたしは小さかったからあまり良く覚えてないんですよね」
お風呂に入れてもらったとか、寝かしつけてくれたとか、わたしのことをとても可愛がってくれていたとお話では聞いているのですが。
「やっぱり同じSランク冒険者であるエルガンさまのように精悍な感じの方なのでしょうか? あぁでもティアさまは女性ですから、凛とした格好良い感じなのかもしれませんね」
想像が膨らむ。
「ふふふ。会うのが本当に楽しみです!」
「ライラー? もうお迎えの馬車が来てますよ」
お母さまの声だ。
「はーい!」
着替えやお菓子などをめいいっぱい詰め込んだアタッシュケースを持ち上げ、わたしは急いで部屋を飛び出した。
階段を降りて正面玄関から外へ出ると、家族のみんながわたしを見送るために集まっていた。
「遅いよ。姉さま」
2つ年下の弟のカイルが口を尖らせる。
「ちょっとでしょ。女性は準備に時間がかかる物なの。細かい事を言う男はモテませんよ」
「別に俺、モテなくてもいーし」
ああ言えばこう言う。
まったく、口の減らない可愛げのない弟です。
「忘れ物はない? 大丈夫?」
「はい。大丈夫です。お母さま」
お母さまがじっとわたしを見る。
「ライラ、昨夜話したことは覚えてますか?」
「ティアさまがお酒を飲みすぎているようだったら、控える様に注意するというお話ですよね。ちゃんと覚えています」
「ええ、そう。あと不健康な生活をしているようだったら、それも遠慮せずにしっかりと注意してあげて欲しいんです」
「え……? はい」
「ライラ。ティアの事、よろしく頼んだぜ」
? お父さままで、わたしがティアさまのところにお世話になるのに、何をおっしゃっているのでしょうか?
「姉さまはいいなぁ。俺も早く魔法学園に行きてえよ」
「あと2年待ったらな」
お父さまがカイルの頭をわしわしと撫でる。
「そうよ。わたしだって15歳になるまで待ったんですから」
「ちぇー」
「さぁ。あまり話していると到着が遅れてしまうよ」
お爺さまが言った。
「はあい。それじゃあ、行ってきます!」
馬車へと乗り込んだわたしは、ドアについた小窓を開いた。
「気を付けて行ってらっしゃい」
「はい。お母さま」
「やるからには全力で楽しんで来い。鍛錬の日課も忘れるなよ」
「わかっています。お父さま」
「さっさといっちまえ」
生意気なカイルには、べーっと舌を出して答えた。
そしてやさしい笑顔で手を振るお爺さま。
見送ってくれるみんなにわたしも手を振り返す。
初めて出るブリトールの領地の外。
小さいけれど、わたしの初めての旅の始まりです。
わたしを乗せた馬車は、街の南門から出て、街道を東へ走る。
昔は王都まで馬車で1週間もかかったそうですが、いまは魔道具を積んだハイブリット馬車が主流となり、たったの3日で着けるようになったそうです。
しかもこのハイブリット馬車を発明したのが、お母さまとティアさまの魔法学園からのご友人の2人だというから驚きです。
そのひとり、メディスールさんは魔法学園の教授をされているとか。
その人に会うのも楽しみの1つです。
魔法学園と言えば、今年から『金色の魔法』に関する授業が受けられるようになるそうですが、どうやら天使が使う魔法だとか。
ルーフィルド家には、1500年以上前に天使さまから授けられた特級魔法が伝え残されています。
お母さまのお話では、わたしがそれを使うことはもうないとのことでしたが、天使の魔法――少しだけ気になります。
旅は順調に工程を刻んでいく。
馬車に揺られながら、流れる景色を見て摘まむお菓子の味は、いつもよりちょっとだけ特別です。
魔物にも襲われることなく、快適な馬車の旅は続く。
野営もお父さまとの鍛錬での経験があったので苦ではありませんでした。
護衛を引き受けてくれた冒険者の方々も気さくな人たちで、聞かせてくれた冒険話はどれも興味深く、楽しかった。
不便があったとすれば、湯船に浸かれなかった事くらいでしょうか。
そしてブリトールを出発してから3日後の朝、わたしは王都ラザーニへ無事到着したのでした。
道中護衛をしてくださった冒険者の方々に依頼達成のサインをして別れた後、わたしを乗せた馬車は王都の美しい街並みを街の中心へ向かって走って行きます。
向かっているのはティアさまの家です。
二階建ての建物で、1階はティアさまが経営されているお店だそうです。
なんのお店でしょうか? そういえば聞き忘れてしまいました。
「もうすぐ会えるんですね。救世の英雄さまに!」
膨れ上がる期待に、否が応でも心臓の鼓動が速まります。
しばらくして馬車が止まりました。
御者の方が目的地に到着したことを教えてくれます。
わたしは馬車を降りて周囲を見渡しました。
辺りの景色からは、少々荒んだ印象を受けます。
なんとなくスラムのような雰囲気がありますが、ここは平民街でしょうか?
目の前にはお店が建っています。
看板には『解呪専門店くろとら』と書かれています。
くろとら。黒い虎?
お母さまが『タイガちゃん』と呼んでいる猫ちゃんが、確かティアさまの使い魔で黒い虎の魔物でした。
「これがティアさまのお店という事でしょうか?」
英雄と謳われる方なので、てっきり貴族街に住んでいるものと想像していましたが、よく思い出してみればティアさまも孤児院出身でした。
お父さまと同じように、あまり豪華に着飾ったものは好みではないのかもしれないですね。
高い地位にあっても驕らない精神――さすが救世の英雄、高潔な方です!
わたしはお店のドアの取っ手を引いた。
「あれ? 鍵がかかってます?」
押してみても動かない。
ドアの横の窓から店内を覗き込んでみると、中は暗いし、人気がないようです。
ティアさまは二階にいるのでしょうか?
ドアについているベルの紐を引いて2度3度鳴らして、しばらく待ってみます。
……一向に人が降りてくる気配すらしません。
腕時計を見てみると時間は9時20分を指しています。
到着予定時間より、むしろ20分ほど遅いくらいの時間です。
まさか寝ているということはないと思うのですが……。
「変ですね。お母さまが事前に連絡を入れていたはずですが……」
もう一度、ベルを鳴らして待ってみましょう。
………………。
おかしいです。ティアさまが降りてくる気配もありません。
「ティアさまー。いらっしゃらないんですかー?」
2階の窓に向かって声をかけてみると、どしゃん! と何かが落ちる音がして、それからしばらくすると、ドドドドっと足音が降りてきます。
ドアからガチャガチャと忙しない音が鳴りだすと、バン! と開かれました。
姿を現したのは、寝癖だらけの黒髪ショートボブ、透き通るような碧眼、そして眼鏡を逆さまにかけた、わたしと同い年くらいの寝間着姿の女の子でした。
「ぜぇ、ぜぇ、ライラちゃん、だよね? ごめんね、来る日間違えてたよ。はぁ、はぁ、てっきり1週間後だと。うぅッ」
登場時点から肩で激しく息をしていた女の子は、息切れの限界なのか苦しそうにうずくまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「ら、らいじょうぶ。ちょっと……酸素足んないだけ。ぜぇ、ぜぇ」
2階から階段を駆け下りただけで、まるで何キロも走った後みたいです。
身体も小柄で細いですし、きっとこの子は虚弱体質なのでしょう。
わたしは少しでも楽になればと、女の子の背中をやさしく擦ってあげた。
「……ふぅ。ありがとう、もう大丈夫。えへへ。ライラちゃん、いらっしゃい。よく来てくれたね!」
女の子がうれしそうに笑ってわたしの両手を取る。
ん? なんかこの子からお酒の甘い匂いがするような?
「えーっと? もしかしてティアさまの娘さんですか?」
「えええ。覚えてないの? 一緒にお風呂に入ったり、一緒の布団で寝たりしたのに?」
え……? それってまさか……え?
「わたしがティアだよ。ティア・エルカード。それにしてもライラちゃん大きくなったね~。見違えたよ!」
この寝癖だらけのだらしない人が、虚弱体質が……救世の英雄さま――?
キラキラと輝いていた想像が、音を立てて崩れていく。
あまりのショックに、わたしの思考は安全装置を働かせ、緊急停止したのでした。
2人が再会しました。
これから同居生活はどうなっていくのか? ここからが物語の本題です。
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それがお肉(作者)の養分になりますので、是非ともお頼み申すです。
もちろん、感想やレビューも歓迎ですよ!
それと今回、挿絵を入れてみました。いかがでしたか?
主体は文章なので、頻度はかなり低いと思いますが、また気が向いたら不定期に入れるかもです。




