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タイガ・ガルドノスの心 その4

 世界の統治者全員がひれ伏す中、俺がたったひとり抗ったのは、魔界最強の大魔王としての意地でも、矜持からでもなかった。


 ただ地に身を横たえて楽になるなど、許されないと思ったからだった。


 俺はティアが殺しやすいように巨獣化を解き、馬より少し小さい虎サイズへと躯体を変えて待った。


 近づいてくるティアからは、何故かはわからないが魔力が一切感じられなくなっていた。


 だがその銀色に輝く瞳には、確かな俺への怒りと、憎悪が揺らいでいた。


 ティアが足を止める。


 俺はティアと鼻先が触れる距離で見つめ合った。


「お前がわたしのお父さんを、お母さんを殺した!!」


 ティアの憎悪の篭った低い声が、空気の壁を越えて直接俺の鼓膜に響いた。


「そうだ……」


「許さない!!!!」


 可視化した濃密な魔力と天力で固められた杖で、ティアが俺の全身を何度も何度も打ち据える。


 その度に皮膚が裂け、抉られた肉が、血が周囲に飛び散った。


 だが魔核に刺すこの胸の奥の痛みに比べれば、肉体の痛みなぞ蚊ほどの事もなかった。


「どうして! どうして殺したの!! なんとか言いなさいよお!!」


「……すまない」


 俺は深く頭を下げた。


 その頭に、ティアが杖を振り下ろした。


 衝撃と同時に何かが砕けた音が響いた。


「許さない! 許さないんだから!!」


 折れてしまった杖を投げ捨て、ティアが俺の顔へ拳を振るった。


 ティアの両手が俺の血で赤く染まっていく。


 それは杖で殴られるよりも痛かった。


 心が痛かった。重かった……。


 俺は超重力に耐え切れなくなって、膝を折って地面に伏した。


「いくら反省したって……後悔したって! 奪われた命はもう還って来ない!!」


「ああ……。俺は……取り返しのつかねーことをした。だが俺は……償い方を知らねぇ……。だから……この命をお前に差し出す」


 俺にとってただ1つの大切だったもの――魔界に生まれ落ちて以来、戦い続け、守り続けてきた己の命。


 考えても考えても、それをティアに差し出す以外に罪を償う方法が思いつかなかった。


「う……っ、馬鹿ぁ!!!!」


 丸い瞳に涙を溢れさせたティアは、俺の首に腕を回すと抱き付いた。


「あんたが死んだって……2人は還って来ない。わたしの気持ちだって晴れない。もう……これ以上家族を失うのは……あんな身を斬られるような悲しみは沢山だよ……っ」


 抱き着いたまま泣き崩れるティアを前に、俺は……己が犯した罪の深さを、取り返しのつかない事をした事を、改めて思い知った。


 魔界の濃密で膨大な魔素があっても、星をも砕く大魔王の極大魔法があっても、過ぎてしまった過去は取り戻せない。


 俺は生まれて2度目の涙を流した。


「命でも駄目なら俺は……どうすればいい……。どうすれば……」


 この罪を償える……?


「……傍にいて」


 ティアは俺の首から顔を離すと、まっすぐ目を見つめてもう一度言った。


「ずっとわたしの傍にいて。わたしが死ぬまで、ずっと!」


 ティアは俺を許さないと言った。


 許せないと言った。


 それでも、俺に傍にいて欲しいと言ってくれた。


 俺の死を、ティアが大切にしている家族の死と同じだと言ってくれた。


 こんな罪深い俺が、ティアの傍にいて許されるのか……?


 だが命を奪うことしかしてこなかった俺には償い方がわからない。


 俺はその答えを探すように、これまでのティアとの生活を、旅を思い出していた。


 ティアという人族の事を振り返って、必死に考えた。


 ……ティアは自分を殺そうとしてきた野盗も、魔族でさえも命を奪わなかった。


 ティアは俺が嘲笑ってきた命というものを何よりも尊ぶ。


 俺は己の命を守るために、敵を倒すために強くなろうとしてきた。


 だがティアは、相手を殺さずとも自分と仲間の命を守れるくらい、強くなってみせると豪語した。


 そしてティアは、その傲慢を有限実行してみせた。


 神器の権能によって感情のタガを外され、憎悪に自我を失っていたこの激闘でさえ、大魔王も大天使も瀕死ではあってもギリギリ命を繋いでいる。


 ……いや、ティアが命を奪う事を忌避する事と、俺の罪滅ぼしとの間には何も関係はない。


 ティアの慈悲に甘んじて許されたつもりになるのは、きっと間違っている。


 このままティアの傍にいる事はできない。やはり俺は……。


 俺はふと、キューチェガルを旅していた時の事を思い出した。


 あの時――黒薔薇盗賊団の頭領リガル・アランテと対峙していた時、ティアはなんと言っていたか……?


 そうだ――あの時、ティアがリガルに言っていた言葉は……。


「わたしにはあなたの罪の重さは測れない。でもわたしは、はぁッ、はぁ……ッ、あなたは生きて償うべき人だと思うからッ」


 死からは死以上のものを見出せない、と。


 ああ、そうか……ティアにとって、望んだ死はきっと逃げなのだ。


 俺はこの胸の痛みから逃れるために、苦しみから楽になるために、無意識に死を選んでいたのだ。


 命は俺にとってただ1つ大切だったモノだ。ティアの気が少しでも晴れるなら、その命を差し出すことに躊躇いなぞない。


 それも確かな俺の本心だ。


 二度と顔を見せるなと言われたなら、永劫の別れも受け入れる。


 だがティアの傍で生きて、考え続ける事が犯した罪の償いになるのなら――。


 大切なモノを奪ってしまったこんな罪深い俺が、この先も傍にいてもいいとティアが望んでくれるのならば――。


 俺の心は決まった。


 顔を上げ、涙でぐしゃぐしゃになったティアの瞳をまっすぐ見つめ返す。


「わかった。お前が望む限り……俺はお前の傍にいると誓う」


 俺はティアの願いを受け入れ、ティアが望む限り傍にいると誓った。


 そしてもうティアを悲しませないと心に誓う。


 今度こそ護って見せると信念に誓う。


 犯した罪を生涯忘れぬよう、魔核に刺すこの痛みを抱いて――。

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