タイガ・ガルドノスの心 その3
「これより始まるは”審判の時”。――世界の命運が掛かった、神が天の神子ティアと我々世界の管理者達へ与えた最後の試練だ」
最古の大魔王ゼクスが言った。
世界の命運――それは魔界と天界の最大戦力である俺達が、天の神子の怒りと憎悪を抑えられなかった時、天の神子が世界を消滅させるという意味だった!!
天魔ティアの潜在魔力は、大魔王である俺の目から見ても底が見えなかった。
魔界すら飲み込みそうな膨大な魔力はまるで、俺が目指し、憧れ続けてきた魔の深淵そのもののようだった。
魔の本質は闘争と憎悪だ。
それはティアの怒りと憎悪がそれだけ深く、強いことを意味していた。
七大魔王がティアを殺そうと巨獣化して襲い掛かり、俺はティアを護るために、巨獣化して他の大魔王達の攻撃を妨害した。
そしてティアの攻撃を、憎悪を真正面から受け止めた。
しかし天魔ティアは、魔界の濃密な魔素を浴びて無限の魔力を発揮する大魔王達を、まるで赤子の手を捻るように蹂躙していった。
いつのまにか七大天使が参戦し、まるで1500年前の天魔大戦で俺がされたように、全員がティアへ襲い掛かった。
大魔王達と大天使達が放つ、無数の上級魔法や星を砕くほどの極大魔法を浴びせられながら、ティアは魔力図の構築時間なぞまるで皆無のように、次々と上級魔法を連発して応戦してみせた。
そして可視化できるほどに濃密な魔力と天力を固めて杖として振るい、またその小さな手の爪にも魔力を宿し、巨獣化した大魔王達を相手取って近接戦闘でもその力を見せつけた。
天魔ティアの杖の一撃で超巨大な大魔王の躯体が仰け反り、弾き飛ばされ、角は、爪は砕かれた。
魔力を帯びた天魔ティアの爪は、大魔王達の膨大な魔力によって守られた硬い皮膚をいとも容易く切り裂いた。
まるで魔界の魔力の全てと天界の天力の全てを手中に収めたかのような天魔ティアの力は、圧倒的だった。
だがこの戦いの敗北は世界の終焉を意味している。
当時の俺には、くだらない伝承なんざどーでも良かった。
だがもしティアが世界を滅亡させ、そのあと正気に戻ったとき――人を殺すことを忌避してきたティアが、自分が世界を滅ぼしてしまったと知ったらどうなる……?
自らの手でエンリを、大切な人々を殺してしまったと知ったら……?
俺は想像するだけでゾッとした。
そんなことは、絶対にさせる訳にはいかねー!!
しかし大魔王達が満身創痍で次々と膝をついていく中、ティアの怒りは、憎悪は、少しも揺らがなかった。
魔族ともあろう者が、まして王を名乗る大魔王達が、この魔界の地で、象と蟻ほどに体格差のあるたったひとりの小さな少女を相手に、絶望を味わっていた。
「ティアの自我を取り戻す方法がないわけではない」
不意に俺に近づいてきたヴァレンテイルが言った。
「言え! それはどんな方法だ!!」
「我々七大天使が使える最大にして最強の聖なる光の浄化魔法、『大いなる神の福音』をティアにぶつける!」
魔力は天力を蝕み、天力は魔力を浄化する。
それが2つが相容れない理由だ。
「……ティアを滅するということか?」
殺意が膨らむ。
ヴァレンテイルは自嘲の笑みを浮かべながら首を横に振った。
「堕天によってティアは天と魔を統べる上位の存在となった。下位たる我々の力で彼女を滅することなど不可能だ。しかしティアはいま自我を失っている。『大いなる神の福音』ならば、僅かな間だが魔を大きく削ぎ落とし、魔に飲まれてしまった彼女の自我を再び引き上げる助力となるかもしれぬ」
「そうすればティアは元に戻るのか?」
「……それは彼女の選択――審判の答え次第だ。もっとも、いまの状態はティアが世界の滅びを選択してしまった結果なのかもしれぬがな。言うなれば最後の悪足掻きなのだよ」
業腹だが、俺は奴らと手を組むことにした。
忌まわしい天族と手を組むことになったとしても、俺は絶対にティアを止めたかった。
そしてティアを、彼女が穏やかな笑顔を見せてくれる人族の日常へ還す!
幸いここは魔族が無限の魔力を発揮できる魔界だ。
いや、それすらも神の計略通りだったのだろう。
だがそんな事は今はどうでもいい。
既に瀕死だった俺達だが、最後のチャンスに賭けて力を振り絞り、再び天魔ティアへと向かって行った。
そして命懸けの攻防の末に、天族最強の聖なる光の浄化魔法『大いなる神の福音』を天魔ティアに直撃させることに成功した。
眩い巨大な光の柱が、ティアを掴む俺の右手ごと魔界の赤い空を貫いた。
ティアの絶叫が響く中、ティアの背中から生えていた禍々しい漆黒の翼が、魔族の赤い瞳が霧となって消え失せていく。
光の柱が収束して掻き消えた跡には、正気を取り戻した黒髪のティアが座り込んでいた。
しかし人の姿は取り戻しても、ティアの俺への憎悪は消えていなかった。
再び憎悪を燃やし魔に飲み込まれていくティアに、天力を全て使い果たして満身創痍の大天使共が諦めの言葉を零す中、大魔王ゼクスはティアの不意をついて密かに構築していた極大魔法を放った。
しかし星をも砕く巨大な光の収束魔法は、着弾の寸前、ティアの瞬き1つでそよ風となって掻き消えた。
そして次の瞬間、俺達全員はティアの目配せ1つで超重力によって地面へ縫い付けられた。
見ればティアの澄んだ青色をしていた瞳が、銀色に輝いている。
そして彼女の周囲には、無数の光の粒が舞っていた。
心なしかティアの黒髪も銀色に輝いているように見える。
それは神の領域――そこへ手をかけた者の姿だった。
魔界を統べる七大魔王が、天界を統べる七大天使が、その銀色に輝く瞳の視線1つで身動き1つ取れなくなったのだ。
まるで理を捻じ曲げるかのように、全ての物理を無効化し、全ての魔法を無効化する。
先刻まで最強と思えた天魔ティアをも遥かに凌駕する、まさしく神の如き力だった。
前足を1つ失っていた俺は、ただひとり超重力に抗い、膝を立てた。
そしてゆっくりと近づいてくるティアに殺されるのを待った。




