落とし前
俺はライラが言っていた倉庫ではなく、王都ラザーニの南の繁華街近くにある、とある大きな建物の前へ降り立った。
王都ラザーニの街で裏社会を支配しているのは4つの組織だ。
北のハリー、西のルージュ、東のチェスター、そして南のガラン。
俺は見張りが立つ建物の正面玄関へ向かって歩き出した。
「こらこら黒猫ちゃん。ここは危ないから入っちゃ駄目でちゅよ」
見張りの男が気の抜けた阿呆面で俺に言った。
「ちっ、邪魔だ、どけ!」
俺は構築しておいた魔力図を発動させた。
魔力図に描かれた射出口から暴風と共に無数の風の刃が射出される。
風の刃は閉じていた大扉を切り刻み、暴風は見張りの男を巻き込んで刻まれた大扉の破片を吹き飛ばした。
3階まで吹き抜けの広いエントランスへ入ると、騒音を聞きつけたゴロツキ共がゾロゾロと集まってくる。
「敵襲か!?」
「何があった!」
「わ、わからねえ! しゃべる黒猫が……いきなり魔法で扉を吹っ飛ばしやがった!!」
尻を擦りながら見張りの男が叫ぶ。
次々と姿を現したゴロツキ共は、エントランス中央に立つ俺をあっと言う間に厚く取り囲んだ。
50……いや、2階に集まってる奴らも合わせると100人はいるか?
組織の本拠地なだけあって、警備は厳重のようだ。
どっから手に入れたのか、小型の魔導兵器を握っている奴までいやがる。
「ガランを出せ」
一歩前へ進み出ると、俺は言った。
ゴロツキ共がざわめく中、しばらくすると3階の手すり越しに他の奴らとは違う格好をした男が現れた。
「しゃべる黒猫の来客とは、世にも奇妙な事もあったもんだ」
男は側近らしき男に目配せすると、出された葉巻を1本手に取った。
側近の男が火を着ける。
「ちっ」
「ふぅーーー……。で。冗談はさて置き、かの英雄の使い魔である大魔王タイガ・ガルドノス殿が、俺のような者に一体なんの用だ?」
俺の名を耳にして、ゴロツキ共がざわめく。
「今日、南の倉庫にライラがさらわれ、ティアが傷つけられた」
「ほう。倉庫に拉致って暴行か。その程度の事、この王都の裏道では特段珍しくもない事だが……」
言葉を切って、ガランが葉巻を口にする。
わざとらしく、たっぷりと時間をかけてから煙を一息に吐くと、見下すように顔を歪めた。
「それが俺と何の関係が?」
「あ?」
ガランが両手を広げて呆れたように嘲笑う。
「なにやら大魔王殿は俺達がやったとでも言いたげだが、生憎俺は何も知らねえ。証拠もなしに言いがかりはやめていただきたいものだ」
手下達は組織の頭の余裕の態度を見て、仮初の安心感を得たのだろう。
にやにやと笑い出し、中にはやじを飛ばしてくる身の程知らずが現れた。
曲がりなりにもこいつらは王国騎士団に潰されぬように、うまく立ち回ってきた裏の支配者の一角だ。
人族らしく、手足は切られても頭は潰されないように、色々と小賢しい手を回してるんだろう。
だがそんなもの、純粋な闘争の世界を生き抜いてきた俺にとっては、生ぬるくて滑稽にしか見えない。
言いがかり? 証拠を出せ?
「ふん。関係ねーよ」
奴らは恐怖と暴力で道理を捻じ曲げ、我を通して粋がっている裏社会の住人だが……所詮は人族。
こいつらの倫理や畏怖なぞ、生まれたての魔族にも劣る。
本物の恐怖と暴力がどんなものか、この俺が教えてやるぜ!
俺は魔力を一部解放すると、3階の天井に頭が届くくらいに躯体を巨大化させた。
今度は俺が3階の廊下に立つガランを見下ろす。
「ガルアアアアァァァーーーー!!!!」
俺の咆哮が建物を激しく揺らし、窓ガラスを砕いた。
地の底から響くような重低音の波動は、奴らの身体を貫き、心の臓の奥深くまで響き渡った。
恐怖で青ざめた男達が、気圧されて尻もちをついて倒れていく。
俺は深紅に染まった瞳で、震えるガランを睨みつけた。
「俺は力こそが正義の弱肉強食の魔界で生まれ育った魔族だぜ。俺には人族の道理も、理屈も、証拠も必要ねー。俺は俺の前に立ちはだかる敵には全て、この爪と牙で応えてきた」
俺は魔力に殺気を乗せてガランに浴びせかけた。
青ざめたガランが息を詰まらせ、カチカチと顎を鳴らす。
「俺が街で大人しくしているのは、ティアの幸せと笑顔を守るためだ。だがもしまたティアが傷つくような事があったなら……泣かせるような事があったなら……ッ!!」
俺はへたり込んでいる周りのゴロツキ共を、ぐるりと睨みつけた。
感情に刺激されて活性化した魔力が、躯体中から溢れ出る。
「そん時は全員噛み殺してやるぜッ!!」
そして再びガランを見下ろす!
「誰がやったかなんか関係ねー。証拠も必要ねー! お前が南の裏の支配者なら、南で起こった裏事は全部お前に落とし前をつけさせるぜ!! 頭のお前だけは楽に死ねると思うなよ……手下共を全員噛み殺した後、1本ずつじっくりと手足を千切ってから殺してやるぜ……!」
へたり込んだガランの内股から液体が広がる。
「わ……わかった! 英雄ティア・エルカードとその周辺には一切手を出させねえ! 子分共にも徹底させる! それで勘弁してくれ!!」
「忘れるんじゃねーぜ」
俺は天井を突き破って大空へ舞い上がった。
下からクズ共の悲鳴が聞こえるが、知った事じゃねー。
俺の怒りは一欠けらも納まっちゃいねーんだぜ!
「ガルアアアアァァァーーーー!!!!」
やり場のない怒りを、俺は天に向かって吐き出した。




