タイガ・ガルドノスの心 その1
「クソッ!!」
怒りで頭に血が上って気が狂いそうだ。
魔核から溢れ出る魔力が抑え切れない。
守ると誓ったのに、この為体!!
屋敷に飾られたダスティンとアーティエルの肖像画――以前、キューチェガルの王城で見た時はなんら感慨も沸かなかったが、今は胸の奥がズシリと重い。
後悔の念に押し潰されそうになる。
俺は1500年以上前に、この2人の身体をこの爪で引き裂いた――。
有象無象の命を奪った事に後悔なぞない。
全ては戦場での事だ。死にたくないなら『凶魔の暴風』と恐れられる暴虐の大魔王の前に立たなければいい。
この2人も同じだった。
俺の前に立ちふさがった。だから殺した。
だが1500年以上の時を開けて、この2人だけは俺にとって例外になった。
俺の魂は、忌々しい天族の魔法によって1500年もの間封じられていた。
愚かにもその封印を破って解放したのがティアだ。
しかし魂は解放されたが、大天使共の更なる封印によって俺は全ての力を失っていた。
躯体を封じられ、実体を持たぬ魂だけの俺は、失った肉体の代わりを求めてティアの髪を奪った。
いや、正しくは身体を奪うつもりが逃げられてしまい、髪しか奪えなかった。
それがティアとの出会いだった。
ティアは吹けば飛ぶほど弱かったが、魔族の魔法も、天族の魔法も、まるで紙切れでも引き千切るかのように容易く破壊してみせた。
そして魔族の俺にさえ、魔力を一切感じさせない謎魔法を使った。
ティアに謎魔法をかけられた俺は、4本の足が地に着かなくなり横転させられた。
いくら力を失っているとは言え、あんなことは初めての経験だった。
俺はこの人族の小娘の力に、謎魔法に興味を持った。
俺が目指す”魔の深淵”への道――その答えが見つかるかもしれない。
気まぐれで始めた同居生活だった。
魔界へ帰る方法の当てもなかったし、ひとりで夜道を歩けないほどに弱体化していたのもある。
俺は奪ったティアの髪に擬態し、寝ても覚めてもずっと行動を共にした。
そしてあの日、俺は生まれて初めて他者に助けられるという経験をした――。
あれは夜にしか咲かない花の採取依頼で、ブリトールの外へ出た時の事だ。
無事花の採取を終えた俺達は、松明を片手に夜の街道を街へ向かって歩いていた。
その時、前方から複数の馬の蹄の音と無数の松明の明かりが近づいてきた。
すれ違った時にわかった。奴らは人族の小娘を攫っている最中の人攫いだったのだ。
偶然にも目撃者になってしまった俺達は、馬に乗った人攫い共に囲まれた。
多勢に無勢に加え、徒歩と馬では逃げるのも不可能だった。
それでもなぶり殺しに合うよりはと、ティアは逃走を試みた。
だが、うまくいかなかった。
ティアはスリングで後頭部を撃たれて倒れた。
馬から降りて抜剣した人攫い共が近づいてくる中、俺はティアの手によってひとり逃がされた。
俺は暗い夜の森の中をひとり逃げた。
屈辱と情けなさに、俺は初めて涙で顔をぐしゃぐしゃにした。
黒猫にしかなれない躯体の小ささに。
何も引き裂けぬ鈍らな爪に。
何も砕けぬ弱い牙に。
制御すらままならない貧弱な魔力に――。
俺は声を上げて叫びながら、真っ暗な森の中をただ走った。
あいつはどうして、こんなにも弱い俺を助けた?
弱い奴は死しか選べないはずだ!
だのにあいつは……ティアは、逃げ出した俺の後ろ姿を見て、ほっと安心したように微笑んだのだ。
自分の命が危ぶまれている最中に……!
考えても考えても意味がわからなかった。
だが同時に、俺の中にいままでなかった何かが生まれ始めていた。
走り疲れて涙が枯れる頃、俺の中で何かが変わっていた。
足を止めた俺は来た道を引き返した。
そして襲われた現場に戻った俺は、ティアがまだ殺されていない事を知った。
俺はさらわれたティアを助けるべく、匂いを辿ってティアを追いかけたのだった――。
ティアと共に旅をし、俺は少しずつ力を取り戻していった。
何もできなかったあの時とは違い、俺にもティアを護れるだけの力が戻ってきた。
そう思っていた時だった。
俺はまた――ティアに命を救われた。
こいつは弱い俺なんかを護るために、また命を懸けたのだ!
つい先刻、クレイジーエレファントが放ったアースストンプの雷撃の直撃を受け、心臓が停止して死にかけたばかりだというのに……俺と差し迫る雷撃の壁との間に飛び込み、その身を盾にしやがった……!
俺に本来の力さえあれば――!!
ティアと死線を迎えるたびに幾度となく頭を過ぎった言葉だ。
そしてとうとう俺は全ての躯体と魔核を取り戻し、力を完全に取り戻した。
魔力を完全開放し巨獣化すれば、もはやこの爪で切り裂けぬモノなぞない。
この牙で砕けぬモノなぞない。
魔核から溢れ出るこの濃密な魔力があれば、星をも砕く極大魔法すら放つ事だって可能だ。
何者が相手であろうと、今度こそ俺はティアを護る事ができるのだ!
しかし1500年ぶりに魔界に戻った俺は、この爪がティアの大切な者の命を奪っていた事を知ったのだ――。




