目覚める英雄の血 その2
体中に張り付いていた鉄塊が外れたかのように、手が、足が、体が軽い。
気力も充実して、手錠の重さも気にならないほど力が漲ってくる。
「ふぅ……」
呼吸も軽い。
全力からは程遠い微小な神力だけれど、人を相手にするなら十分だ。
「さぁ、続きをやろうか!」
わたしは挑発的に微笑んだ。
「ちっ、もう一度ボコさねえとわからねえみたいだな。やれ!」
「「「オオッ!!」」」
木刀を振り上げた男達が一斉に襲い掛かる。
「ティアさまっ!!」
「オラオラオラァ!!」
「ぶっ倒れろ、コラァ!!」
振り下ろされる木刀。
突き出される蹴りと拳。
そのすべてを見切り、受け流し、手錠を使ってガードする。
わたしを殴り続ける男達は、やがて息を切らせて後ずさった。
「もう終わり?」
もう少しくらい、奪いたかったんだけどな。
わたしは手錠のかかった両腕を下げた。
「な、なんなんだよこいつ! さっきと動きが全然ちげぇぞ! あの木刀の雨の中、全部手錠で受け止めやがった!!」
「つ、つーかよ。手錠を叩いたにしてもなんか手応えがおかしくなかったか?」
「あ……ああ。インパクトの瞬間、力が全部抜けるっつうか、吸い取られたみたいな……」
男が感触を思い出すように、自分の拳をじっと見つめる。
「へぇ、あなた良い線行ってるよ。あんた達が放った攻撃の”衝撃”は、全部滑らせて絡めとらせてもらったからね」
彼等には観えないけれど、男達がわたしを殴りつけた時の”衝撃”は、威力を損なうことなく、わたしの周囲を大きく螺旋を描きながら今も滑り続けている。
「衝撃を奪うだ? 滑らせる? 意味がわからねえ。そんなこと出来るわけがねえだろ!」
「いや、魔法なら出来るんじゃねえか?」
「手錠で魔力は封じてる。魔法なんか使えるはずがねえ!」
「いや、だったらなんでこんな動けんだって! 欠陥品だったんじゃねえのか!?」
「魔力なんて必要ないよ。だってわたしには――」
わたしは男達をぐるりと見渡した。
「世界のゆらぎが観えている――!」
「なっ……。なんだ? その銀色に輝く瞳は!? ……へ?」
倉庫内にいる男全員が一斉に真っ逆さまにひっくり返る。
個々の身長、体重、重心の僅かな揺れから、指向性を持たせた摩擦力の精密操作によって転倒・脳天直立させる――6歳の頃から研鑽を続けてきたわたしが最も得意とする魔法だ。
「それじゃ、返すね」
わたしの周囲を走っていた1つの大きな”衝撃”が、十数個の小さな”衝撃”に分裂して、それぞれ逆さまになった男達の頭を目指して滑りだす。
頭にぶつかった衝撃は、男達の頭を木刀で殴ったように弾き、震わせた。
男達の短い悲鳴の大合唱のあと、真っ逆さまだった男達がバランスを崩してバタバタと倒れていく。
最後のひとりが倒れて、騒々しかった倉庫内がシン……と静寂に包まれた。
「あの数を一瞬で……。これが、ティアさまの魔法……!」
「くっ……クソッ! てめえ、一体何をした!!」
ひとりだけ立ち上がった男がいた。
あれはわたしをこの場所まで引きずってきたゴロツキの男だ。
いつの間に構築したのか、物理防御魔法の魔力図が男の胸元で発動の光を放っている。
気絶させるギリギリの威力だったから、防御魔法で防がれてしまったらしい。
「あんたは魔法が使えたんだね」
「俺達みたいな街の掃き溜めで暮らしてる底辺にだって、多少の魔力の才能を持ってる奴くらいいるぜ。だから俺にはわかる……これだけの広範囲で、しかも針の穴を通すような超高精度のコントロール――必然的に魔力図も消費魔力量もドデカくなるはずだ。だってのに何故だ!? 魔力を一切感じなかった! そもそも魔力封じの手錠で縛られていてなんで魔法が使える!? マジなんなんだよ、てめぇは!」
答える義務はないのだけど、不本意な姿勢ながらも一応ここまでわたしを運んでくれた人だしなぁ。
わたしは呆然としているライラちゃんを一瞥した。
「わたしの魔法はさ、この世界で知られている一般的な魔法とは違うんだよね。なんていうのかな。事前の準備なしで直接魔法効果を行使できるっていうか……んー、この世界の魔法システムに頼らずに自力で出来るというか。そんな訳だから、魔法の行使に必要な手続き――いわゆる魔力図と呼ばれる魔法図形を結んだコードを描く必要がないんだよね」
「なに……言ってんだ……。魔力図を描かずに魔法が使えるわけねえだろ!」
「常識的にはね。でも出来るんだから仕方ないじゃない。それで魔力封じの手錠が効かない理由だっけ?」
わたしは両手を少し上げて手錠を視線の高さまで持ち上げた。
「16年前の魔界での戦いでさ、わたしは神の領域に至ったんだけど。そのときに増大した神力に飲み込まれて、もともと少なかったわたしの中の魔力と天力が消えちゃったみたいなんだよね。これって魔力を奪うやつでしょ? ないものを奪われたところで、別にね」
「神の領域……だ? ちっ、馬鹿にしてんのか……! 人は誰しも大なり小なり魔力を持って生まれてくる。魔力がないなんてありえねえ!」
「信じる信じないは勝手だけどね。神力は魔力や天力よりずっと上の次元の力だから、感じられないのはそのせいだよ」
神々を除けば、一部の特殊な魔力感知能力に優れた人にしか、その片鱗すら感じ取る事ができない力だ。
「で、どうする? 降参してくれると助かるんだけど」
冷や汗を流しながら、ゴロツキの男が後ずさる。
「くっ……。いや、仲間が全員やられてんだ。俺だけ無事ってわけにもいかねえだろ」
覚悟を決めたような顔だ。
「意外と義理堅いのね」
「そうでもねえぜ。てめえがどんだけ魔法に長けているとしても、スタミナが終わってんのは知ってっからよォ!」
ゴロツキの男が拳を握って間合いを詰める。
「シッ! シッ!」
男が刺すような左ジャブを連続で放つ。
わたしはそれを紙一重で躱していく。
「クソッ、当たらねえ! てめえ、俺に運ばせておいて、騙してたのか!」
「騙してないよ。ライラちゃんも言ってたでしょ? 3分で膝が折れる虚弱体質だって」
「この動きの……、どこが虚弱だ!」
ゴロツキの男の渾身の右ストレートを潜り抜け、わたしは懐に飛び込んだ。
胸に展開する防御魔法の魔力図を両手で掴むと、思い切り引き千切った。
木が裂けたような音が鳴り響いて、ゴロツキの男の物理防御魔法の魔力図が砕け散る。
「馬鹿なッ!?」
反射的な行動だったのかもしれない。ゴロツキの男はびくりとして大きく後ろに下がった。
わたしは自分の足の裏の摩擦力を強めて、開き過ぎた間合いを一気に詰めた。
ゴロツキの男と肉薄する。
「何を驚いてるの? 知ってるでしょ。わたしは『解呪専門店』の店主だよ」
呪いも魔法の一種に過ぎない。その違いは術者がいるかいないかだけだ。
もっとも、わたしの解呪方法は適切なアンチマジックをぶつけて魔法効果を相殺するのではなく、”強制的な魔力図の破壊”だから、わたし以外の誰にも真似出来ない特異な方法であることは認めるけどね。
わたしは手錠のかかった両手を地面につけると、膝を折ってバネを溜めた両足で男の顎を蹴り上げた。
ゴロツキの男のガタイの良い体が空を舞う。
背中から地面に叩きつけられたゴロツキの男は、白目をむいたまま横たわった。
「ふぅ~。もう起きてる人いないよね?」
一応辺りを見回してみる。
うん。みんな気持ち良く寝てるね。
「ティアさま!」
「わっ」
ライラちゃんがわたしの胸に飛び込んできた。
わたしは押し倒させるように尻もちをついた。
「いたた、危ないよライラちゃん」
わたしと違ってライラちゃんは後ろ手に手錠をかけられているんだから、わたしが受け止めなかったら床に顔面ダイブするところだったよ!
「ティアさまっ……ティアさま……っ!」
ライラちゃんが顔を擦り付けるわたしのお腹に熱いものが広がる。
わたしは泣きじゃくるライラちゃんの頭をやさしく撫でた。
「鍵を探して手錠を外したら、家に帰……あれ?」
急に視界がぐらりと大きく揺れた。
あ……これ酔いが醒めちゃった時の奴だ。
前借りした無茶の取り立てが足音もなく近づいてくる。
わたしは襲い掛かってきた神力枯渇による苦痛の大波に飲み込まれ、気絶という名の睡眠へ落ちた――。




