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目覚める英雄の血 その1

 男達が一斉に動き出した。


 十数本の木刀の雨がわたしの上に降り注ぐ。


「くっ……!」


 木刀と木刀の僅かな隙間へ飛び込んで、かろうじて身を躱した。


「逃がさねえよ!」


 待ち受けていた別の男が薙ぎ払った木刀が、目の前に飛び込んできた。


 両手を縛る手錠の重さに体が引っ張られて、方向転換が間に合わない。


 わたしは無理やり身を屈めて木刀を潜り抜けると、地面に倒れた。


「寝るのはまだ早いぜ。英雄様よ」


 脇腹に突き刺さる衝撃と激痛が走った。


 わたしは2メートルは軽く蹴り飛ばされて、積み上げてあった資材に激突した。


「うぅ……」


 激痛に筋肉が強張る。


 だけど相手は多勢だ。すぐに追撃が来る。


 痛みに震える体に鞭打って、なんとか立ち上がった。


「ハッ、こんな雑魚が救世の英雄様ねえ」


 ひときわ大柄な男がわたしの前に立ちはだかる。


 男は硬く握った岩のような拳を大きく振りかぶった。


「オラァッ!!」


 頬に衝撃を受けたわたしは、視界に火花を散らせながらまた数メートル吹き飛ばされた。


 一瞬、意識が飛んでいた。


 気づいた時には、逃げ場がないくらいに囲まれていた。


 そして無数の木刀と蹴りの雨が、わたしの全身に降り注いだ――。




「もうそのくらいでいいだろ」


 中年の男の声で、わたしを取り囲んでいた男達が攻撃を止めて離れていく。


「う……うぅ……ッ」


 体中が痛い。


 口の中は血の味で満たされている。


 骨はかろうじて折れてはいないようだけど、ズキズキと鈍い痛みがやけに尾を引いている。


 たぶんアバラの何本かにひびくらいは入ってるかもしれない。


 そういえばいつの間にか眼鏡が外れてるや。


 殴られた時にどっかに飛んでっちゃったかな……。


「へへ……えへへ……」


 思い出すなぁ……このなつかしい感じ。


 体中の痛みと疲労で震える身体に、それでも容赦なく命を獲りに来る強力な魔物との死闘。


 エンリを助けたくて、何度も何度もそんな絶望の壁に立ち向かっていたあの頃を――。


 わたしは体を折って膝をつくと、震える両手を伸ばして上体を起こした。


 体が訴えてくる痛みを堪え、片膝を立てて、立てた膝を両手で押してふらつきながらもなんとか立ち上がる。


「こいつ……あれだけボコボコにしてやったのに、立ちやがったぞ……」


「しかも笑ってやがるぜ……気でも狂ったか?」


「つうか、魔力封じの手錠だってかけられてんだぞ……なんで動けんだ!?」


 ゴロツキ達がざわめく。


「ティア……さま……」


「はぁ……はぁ……ライラちゃんは……わたしが必ず助ける!」


 その道を壁が阻むというのなら、わたしは何度だって乗り越えて見せる。


 頭から流れた血が、頬を伝って顎先を通り、ぽたりと地面へ落ちた。


 呼吸を整えろ――あの頃のように感覚を研ぎ澄ませ――。


 そして、限界を越えたその先へ――もう一度!


「無理……です」


 ライラちゃんの沈んだ声が、やけに鮮明に耳に響いた。


 ハッとして彼女を見ると、ライラちゃんは氷のように冷めた瞳でわたしを睨みつけていた。


「え……?」


「ティア……さまに……は……無理……です!」


 わたしと目を合わせたライラちゃんは、今度は怒気を孕んだ声でハッキリとそう言った。


「なに……言ってるの?」


「クックック、こいつは面白れぇ。おい! しゃべれるくらいまで魔力の吸引量を緩めてやれ」


 中年の男に命令された男が、ライラちゃんの後ろに回り込んだ。


 真っ白だったライラちゃんの頬に、徐々に赤みが増してくる。


「……ティアさまには、わたしを助けることなんて無理だと申し上げたのです! だってそうでしょう? ティアさまは歩いて3分で呼吸困難になって膝が折れます!」


「うっ」


「それに朝だって起きれないですし、飲んべえですし!」


「あの……ライラちゃん? 朝起きれないのは今関係なくない? あと飲んべぇも微妙に……」


 この場にいるのは”どうでもいい”の最たる悪党共とはいえ、大勢の見知らぬ人達の前でそんなプライベートの暴露話、なんかちょっと恥ずかしいんだけど!


「それにわたし、今日見たんです。ティアさまがわたしに隠れてお店でお酒を飲んでいるところを。お父さまはいつもわたしに言っています。武道の心得は精神……つまり根性だと! アルコール依存症に負けちゃうような心の弱い人に、わたしを助けることなんて出来るはずがありません!!」


「えっ!? ちょ、誤解だよ! あれはただの果実ジュースだよ。ライラちゃんもわたしを訪ねて来てくれた日に飲んだでしょう。あれだよ!」


 ライラちゃんの丸い瞳から、大粒の涙があふれた。


「ティアさまの言うことなんて……ッ、信じられません!!」


「ライラ……ちゃん……?」


「わたし、聞いたんです。ティアさまが今、街でなんて噂されているか!」


 街の噂……って、タイガが冒険者ギルドで怒っていた、あの……?


「ティアさまは、わたしの憧れだったのに……っ!」


 ライラちゃんの両目から、ぼたぼたと大粒の涙が零れ落ちていく。


「これ以上、わたしの憧れを汚さないで! わたしに弱いティアさまの助けなんていりません。わたしを置いてさっさとこの場から消えてください! わたしは……っ、弱くてだらしのないティアさまなんか、大っ嫌いです!!!!」


 わたしはうな垂れた。


 ショックで胸が痛む。


 そう……だったんだ。


 ライラちゃんはそこに怒っていたんだね……全然、考えもしなかった。


 わたしはなんて不甲斐ないんだろう。


 他人の評判なんてどうでもいいと思っていた。


 だってわたしはわたしだもの。


 わたし自身が何も変わっていないのだから、それでいいと思っていた。だけど……。


 ライラちゃんの瞳に、冒険者ギルドで怒っていたタイガの目が重なって見えた。


 それでもダイガは事情を知っている上での事だ。


 何も知らないライラちゃんから見れば……。


「ほんと、馬鹿だなぁわたし……」


「心が折れたか? クックック。なかなか面白い余興を見せてもらったぜ。てめえはボコしたし、こいつも泣かせた。あとはこいつを少しばかり痛めつけりゃ依頼完了だ。もうお前に用はねえから、帰っていいぜ」


 中年の男が言った。


 倉庫内が男達の嘲笑で満たされる。


「帰る? 何いってるの?」


 こんな状況なのに、わたしは頬が緩むのを抑えられなかった。


 だって、ライラちゃんがわたしに胸の内を話してくれた!


 ライラちゃんが何に怒っていたのか、ずっとずっと考え続けていた答えがわかったのだ。


 そしてわたしがすべきことも。


 とくん、と心臓の音が頭に響く。


「あ?」


「ライラちゃん、ごめんね。もう少しだけ待ってて。こいつら片づけちゃうから。そしたら一緒に帰ろう。わたしね、ライラちゃんと話したいことがあるんだ」


 とくん、と心臓の音が頭に響いて、わたしの中に燻る残り少ない神力が大きく揺らいだ。


「な……。何を言ってるんですか! わたしはティアさまの助けは要らないと言いました! これ以上怪我をしないうちに帰ってください!!」


「わたし、目がいいって言ったよね。ライラちゃんが何を言っても、どんなに怖い顔で睨んでも、隠しても。わたしはライラちゃんの綺麗な瞳に写るやさしい光を見逃さないよ。ライラちゃんは、わたしを心配して逃がそうとしてくれてるんだよね」


 魔力が枯渇するときの苦しみなら、わたしも良く知っている。


 すごく苦しいのに……それでも自分の身よりもわたしを助けようとしてくれてる。


 ライラちゃんはやっぱり良い子だ。わたしはライラちゃんとちゃんと仲直りがしたい。


「えへへ。大好きだよ、ライラちゃん!」


 揺らいでいた神力が輝きを増していく。


「ティア……さまっ。うぅッ、違う……違うんです……。これはやさしさなんかじゃ……わたしが、ティアさまを巻き込んでしまったから……っ!」


「頼りなくてごめんね……。でも、どんな事情があったとしても、わたしがライラちゃんに巻き込まれることは絶対にないんだよ。だってライラちゃんは、わたしの大事な大事な可愛い妹だもん。もし困っていたなら、わたしの方がじっとなんてしていられないんだから!」


 体中の傷の痛みなんてどうでもよくなってしまうくらい、胸の奥が――全身が熱い。


「見ててよライラちゃん! 他人が囁く勝手な噂なんかじゃない。ライラちゃんが憧れてくれた、いま目の前に立っているわたし自身を――!」


 絶対にライラちゃんを無事に家に帰す!


 そのためなら、今夜どんな地獄が待っていたって構わない。


 血が沸き立つと同時に、銀色に染まる視界に神力の光のパーティクルが漂う。


 昂る気持ちに呼応して、まるでお酒を飲んだ時のように、わたしの神力が活力を帯びて膨れ上がった。

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