さらわれたライラ
外が橙色に染まり始めると、少し身体の重さを感じ始めた。
寝不足がちなせいで、最近では夜を待たずして、このくらいの時間から神力の残りが枯渇に近づいて段々体が不調を訴え始める。
わたしは冷蔵庫から果実ジュースを取り出すと、氷を入れたコップに注いだ。
普段はお酒を割るために使っている果実ジュースなので、この味がすると少しだけお酒を飲んだ気分になって気が紛れるのだ。
カウンターで果実ジュースを飲んでいると、お店の前がなんだか騒がしくなった。
珍しく大パーティでも来たのかな? と思って、そのまま窓の外を眺めていると、十数人の刺青を入れた厳つい男達が大きな麻袋を抱えて横切っていく姿が見えた。
うちのお客さんじゃないのかとガッカリしていると、勢いよくお店の扉が開かれた。
目つきの悪い男がひとり、肩で風を切りながら店内へ入ってくる。
「よお、英雄どの」
いかにもゴロツキといった風貌の男は、カウンターに刺青だらけの片手をダン! と叩きつけると、わたしに顔を近づけた。
「ちょっと面貸してもらえっかなァ」
わたしは大きくため息を吐いた。
「あのねぇ。わたしはお店の番をしなきゃいけないの。誰だか知らないけど、冷やかしなら帰って頂戴!」
「へっ、いいのかよ? 帰っちまっても」
含みのある言い方をして、ゴロツキの男が笑った。
わたしが無言で見つめていると、ゴロツキの男はタバコを取り出して火を着けた。
「ふー……。さっき、店の前であんたんとこの居候のライラ・スー・ルーフィルドをさらわせてもらった。早く助けにいかねえと野郎共に玩具にされて、取り返しのつかねえ傷を負うことになるぜ?」
ライラちゃんが? ……でもどうしてここに?
ゴロツキの男は余裕の笑みを浮かべている。
嘘……を言ってるようには見えない。
それにわたしは大きな麻袋が運ばれていくところを見ている。
「どうする? ついて来るのか来ないのか。俺はどっちだっていいんだぜ」
わたしは椅子から立ち上がった。
「わかった。案内して」
前を行くゴロツキの男の背中を追いかけること3分後――わたしは膝から崩れ落ちた。
「おいおいおい。マジかよォ」
戻ってきたゴロツキの男が、膝を折って首を傾げながらわたしの顔を覗き込む。
「ぜぇ、ぜぇ、ちょっと……待って……酸素……はぁ、はぁ……吸うから」
「こりゃ……実物は噂以上にひでぇな」
ゴロツキの男は憐れむような目でわたしを見下ろしている。
くっ、悪党に同情の目で見られてしまった。おにょれ……!
5分ほど休憩してから再び歩き出したわたしは、その1分後に再び膝から崩れ落ちた。
「ちっ、こんなんじゃ倉庫に着く前に日が暮れちまうぜ!」
「ぜぇ、ぜぇ、だ……だったら……はぁ、はぁ、おんぶして……運んでよ!」
わたしは両手を広げてゴロツキの男に向けて伸ばした。
「はぁ? なんで俺が……!」
「なんでって、ぜぇ、ぜぇ、あんた達がわたしに用があって、はぁ、はぁ、こんなことしてるんでしょ!」
イライラした顔でわたしを見下ろしていたゴロツキの男は、しばらくすると舌打ちをしてわたしの両手を逆手で掴んだ。
そのままリアカーを引くように、ずるずるとわたしを引きずって歩き出す。
「ちょ、ちょっと、はぁ、はぁ、つま先が擦れて靴が傷むんだけど!」
「贅沢言うんじゃねえよ! この俺が運んでやってるってのに、何様だてめえは!」
「しょうがないじゃない! 今日はタイガがいないんだから! ていうか、せめて前じゃなくて後ろ倒しで引っ張ってよ!」
「ばぁか! いねえ日を狙ったんだよ! つか注文つけてんじゃねえ!」
「じゃあ、あんた達のせいじゃない! これだと地面しか見えないし、つま先がひっかかるって言ってるの! あと腰がつらい!」
「……ちっ、うるせんだよっ!! 同時に2つの会話すんじゃねえよ! めんどくせえ!」
結局後ろ倒しにしてもらえないまま引きずられること10分後、スラム街にある倉庫の前でゴロツキの男は足を止めた。
見張り役らしき2人の男が、倉庫の重い扉を開く。
わたしはゴロツキの男に倉庫の中へと放り込まれた。
「いたた……ちょっと! おしり打ったじゃない。もっと丁寧に扱ってよね!」
「うるせえよ。いつまで余裕ぶっこいてるつもりだ、ああ? てめえはこの状況が見えてねえのかよ」
資材が点々と散らばる広い倉庫内には、20人近い男達がわたしを取り囲むように立っていた。
その手には木刀を握っていて、腰には剣も下げている。
そして一番奥にはグッタリと座り込んでいるライラちゃんの姿があった。
額からは血が流れている。
「ライラちゃん!!」
「ティア……さま……なん……で」
ライラちゃんの顔色が悪い。衰弱している?
まさか見えないところに怪我を!?
「あんたたち! ライラちゃんに何をしたの!」
「まだ何もしてねえよ。まだ、な」
そう言ってライラちゃんのすぐ近くにいた中年の男が、大きな手錠を持ってこちらに近づいてくる。
あの無駄に大きくて重そうな手錠は……魔力封じの手錠?
「両手を前に出せ。逆らったら……わかってるな?」
別の男がライラちゃんの首元にナイフを突き付けた。
ビクッと小さく肩を震わせたライラちゃんが、ぐったりした様子で視線を首元のナイフに落とす。
あの気怠そうな動き……もしかしてライラちゃんに魔力封じの手錠がかけられている?
「ライラちゃん、大丈夫だよ。必ず助けるから」
わたしはライラちゃんに微笑みながら両手を前に突き出した。
その手に中年の男が手錠をかける。
手錠で重くなったわたしの両手は、重力に逆らえずにずしりと下へ落ちた。
「クックック。助ける、か。めでたい英雄様だぜ。お前がどうして今、こんな状況に追い込まれているのか。理由を教えてやろうか?」
中年の男は元いたライラちゃんの隣に戻るとその場にしゃがみこんだ。
「全部こいつのせいよ」
ライラちゃんの目が大きく見開かれる。
「わたし……の……せい……?」
「おうよ。お前が人の恨みを買い、俺達に依頼が来たのさ。目の前でハリボテの英雄の化けの皮を剥がして、少しばかり痛い目に合わせてやれってな」
中年の男がわたしを見る。
「つまりあんたは巻き込まれた被害者ってわけだ」
わたしが……巻き込まれた?
ライラちゃんを見ると、俯いたまま焦点の合わない目をして何かをブツブツと呟いている。
わたしは大きなため息を吐いた。
「違う」
「あ?」
「わたしは巻き込まれてなんかいない。ライラちゃんに手を出したあんた達が、わたしに目を付けられたんだ!」
「へっ、腐っても英雄様ってか? 見得の切り方だけは堂に入ってるじゃねえか。おい!」
中年の男の合図で、わたしを取り囲んでいる男達が武器を構えて間合いを詰める。
「ボコボコにしろって頼みだからな。命までは奪わねえが、数ヵ月はベッドから出られないようになってもらうぜ」
「ベッド生活かぁ。いいね。実は最近寝不足で困ってたんだよね」
「ちっ、舐めやがって……。野郎共、やっちまえ!!」




