ティアの憂鬱
豪邸へ引っ越した時は、たのしい毎日のはじまりだ! ……と思っていたのに。
最近、なんだかライラちゃんの様子がおかしい。
始めは王都での暮らしや、新しい学園生活での慣れない環境のせいだと思っていた。
でもそれとはちょっと違うよそよそしさを感じるようになったのだ。
その原因はすぐに判明した。
どうやらわたしのお酒の飲み過ぎを心配していたらしい。
これでもライラちゃんの前ではお酒の量を抑えていたつもりだったし、満たされない分はライラちゃんに気づかれないように夜の酒場で補っていた。
ところがこっそり通っていた夜の酒場のこともバレていたのだ。
すごく怒った顔で苦言を呈されてしまった。
「元気ねーな。さっきの事で凹んでるのか?」
黒猫のタイガが枕元に立ってわたしの顔を覗き込む。
「らってライラちゃんがあんなに怒ってる所を見たの初めてなんらもん」
でもわたしの体を心配して怒ってくれたのだと思うと、うれしくもある。
明日からはもう少しだけお酒を控えようかな――。
次の日の夜。わたし達はライラちゃんからのお誘いで一緒にお風呂に入った。
ライラちゃんたら、恥ずかしがり屋なところまでエンリとそっくりなんだもん。少し笑ってしまった。
背中を洗いっこして、久しぶりにたのしい時間だった。
……はずなのに。
「ねえ、タイガ。ライラちゃんはなんで急に笑わなくなったのかな……」
ライラちゃんに背中を洗ってもらって、次はわたしがライラちゃんの背中を洗ってあげようと振り返った時――ライラちゃんから笑みが完全に消えていた。
それからは何を話しかけてもうわの空で、わたしがタイガを洗っている間に、ライラちゃんはいつの間にか先にお風呂から出て行ってしまっていた。
お風呂を上がったあとは、部屋でおしゃべりしながら髪を乾かし合いたかったのにな……。
そして翌日の朝食に、ライラちゃんの姿はなかった。
その日からだ。ライラちゃんがわたしから距離を開けるようになっていったのは――。
「わたし、何か嫌われるような事しちゃったのかな……」
「心当たりはねーのか?」
心当たり……思いつくのはお酒の件くらいしか……あとは大怪我や病気の噂を否定したことくらいだけど、それでライラちゃんが怒る理由がわからないんだよね。
むしろ安心してくれると思ってたし……。
「やっぱりお酒の事なのかな。もう少し、量を減らしてみようかな……」
「大丈夫なのか?」
タイガが心配そうな目でわたしを見る。
「少し夜がつらくなるかもだけど……ライラちゃんに嫌われたままの方がつらいもん」
それからわたしはお酒の量を減らしていった。
けれどライラちゃんの笑顔は戻ってこなかった。
一度だけ勇気を振り絞ってライラちゃんに聞いてみた。
「お酒の事を怒ってるなら、もう飲まないから。だから……」
「ごめんなさい。気分が優れないので」
そう言ってライラちゃんは部屋へ籠ってしまった。
わたしはお酒をやめた。どんなに考えても他に理由が思いつかなかったからだ。
そして神力の枯渇による苦痛のせいで夜に眠れなくなった。
この世界『神の箱庭』へ注ぎ続けている神力の量は、時間単位で言えばわたしの神力の自然回復速度よりも多い。
それだけだと供給が追いつかない訳だけど、睡眠中の神力の自然回復速度は逆に必要な供給量を上回っているため、夜の睡眠中に1日の不足分を可能な限りストックしておいて、それを補助として使いながら日中を過ごすことでなんとか回していたんだ。
だから朝は元気だけど、神力が目減りする夜が近づくにつれてだんだんつらくなる。
寝不足は日中のためのストックを減らし、そのしわ寄せは一番つらい翌日の夜に返ってくる。
そして苦痛が増して余計に眠れなくなって、寝不足に拍車がかかって……。
要するに完全に悪循環だった。
そのうち眠くても苦しくて眠れない日々が続くようになった。
うなされて、悶えて、気を失ってやっと眠る事が出来た。
「ティアさま……最近ちょっとおかしいです。やっぱりお医者さまに診てもらいましょうよ。ね?」
いつもなら力技でシーツを剥ぎ取ってくるサリーが、心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。
サリーには心苦しかったけれど、これは病気じゃなくてわたしの――この世界の女神としての責務だ。
どんな名医に診てもらったとしても、決して解決することはないとわかっている。
そしてわたしが神力を注ぎ続けないと、この世界は滅んでしまうのだ。
「大丈夫。寝不足なだけだから、沢山眠れば良くなるから。だから今後は起こさずに寝かせてもらってもいいかな。朝食には参加できなくなっちゃうけど……」
「わかり……ました」
この悪循環を緩和させるには、とにかく睡眠時間を伸ばして神力のストックを増やすしかない。
それからわたしは朝食の席につくことが減り、お店も休みがちになっていった――。
「いい加減にしろ!!」
『くろとら』に到着早々、タイガが怒鳴り声をあげた。
なんか朝からいつもより不機嫌がマシマシだと思っていたら、とうとう爆発したらしい。
「なに怒ってるのよぉ」
「言わなくてもわかってるだろ!」
タイガの怒りに隠れて、焦りと悲しみの感情がわたしの髪を通して流れ込んでくる。
そんなものがなくてもタイガの言いたい事は良くわかってる。
だってここの所ずーっと不機嫌なんだもの。
「大丈夫だよ。日中は神力が回復してるからつらくないし。消耗してる夜は夜で、しんどいほどすぐ気絶して逆に眠れるし」
「ちっ、それが見てられねーっていってんだぜ!!」
むぐ……っ、タイガにしては珍しく食い下がってくるね。
わたしは小さく息を吐いた。
「……ごめん。タイガには一番心配かけてるよね。でもライラちゃんに嫌われたままじゃ嫌なんだよ」
「だったらもう全部話しちまえばいーだろ。酒は必要なものだってわかれば、ライラも文句ねーはずだぜ!」
「わたしが女神だって? そんな荒唐無稽なこと、誰も信じないよ」
実際わたしだって創造神クリエと出会うまでは、神様なんていないと豪語していたのだ。
それでお酒を飲む理由が女神だからなんて言った日には、ライラちゃんに呆れられるか、もっと怒らせるだけだと思う。
「どう考えても逆効果だよ」
それに信じてくれたとしても、結局誰にも言えない秘密を持つことになって、ライラちゃんがつらい思いをすることになるかもしれない。
それはわたしの望まない事だ。
「じゃーどうすんだ?」
「どうするって……どうにもならないよ」
「……ちっ、だったら今夜、俺が話すぜ!」
「ちょっ、タイガ!?」
タイガは大空へ舞い上がると、『死の森』がある北西へ向かって飛んで行ってしまった。
確かにタイガが言う通り、このままだとお店も休みがちだし、毎晩気絶する程の苦しい日々が続くだけだ。
サリーにもリヒターにも心配をかけている。
良くない事はわたしだって十分わかってるんだ。
「やっぱりもう一度勇気を出して、ライラちゃんと話してみようかな……」
もしかしたらお酒とは違う理由があるのかもしれないし。
でもすでに目も合わせてくれないくらい嫌われちゃってるからなぁ……。
話を聞いてくれるといいんだけど……むぅ。
わたしは憂鬱な気分のまま店内に入ると、『くろとら』を開店した。




