ひび割れた2人の関係
魔力を限界近くまで吸い取られるあの苦しいだけの授業は、週2回のペースでその日の最後の授業で行われることになった。
自分の限界を知る事、そして何度も繰り返し限界近くまで魔力を消費することで、保有する魔力の強化・増幅が見込めるためという事らしいです。
魔法の実技でも同様の事ができなくはありませんが、魔道具の手錠を使えば個人差を考慮して安全かつ一定の量まで魔力を枯渇させられます。
更に吸い取った魔力は手錠の中にある魔核へ格納され、魔力に満たされたその魔核は魔道具の授業で再利用されるらしく、確かに無駄のない合理的なやり方だと納得させられました。
ただ1つだけ、最初にルイエ先生がわたし達に体験させたあの拷問のような苦痛は、まさに囚人向けのギリギリまで魔力を吸い取る一番キツイ設定だったことが後からわかりました。
生徒達の不満の声から他の先生へ伝わり、事が発覚したルイエ先生は、校長先生にこっぴどく叱られたようです。
手錠の設定は訓練用の設定に緩められることになりました。
次またやったら生徒達から学園の受付窓口へ即通報ということで、ひとまず問題は解消されたのです。
ただそうは言っても魔力を沢山失った時の苦痛がなくなるわけではありません。
頭痛がないだけマシと言えばマシですが、以前ほどではなくてもやっぱり倦怠感は酷いですし、眩暈や吐き気はつらいです。
この授業がある日は、私生活に問題を抱えているわたしにとって、二重の意味でとてもつらい日となったのです。
――あれからわたしは、ティアさまとまともに目を合わせていません。
ティアさまはわたしが飲酒の件で怒っていると思っているのでしょう。
泣きそうな顔で、お酒はもう飲まないからと謝ってきました。
わたしは具合の悪さを理由に、返事もせずにその場を離れた。
その時は振りではなく、例の授業のせいで本当に具合が悪かったのです。
それ以来、ティアさまは晩酌をしなくなりました。
夜中に出かける事もなくなりました。
それでもわたしは疑いを完全に拭い去ることができなかった。
きっとわたしが見ていない場所でお酒を飲んでいるに違いない。そう思ったのです。
わたしは魔法学園の帰り道に、コッソリと『くろとら』に寄っていくのが習慣になった。
カッシェさんが言っていました。ティアさまは偶にお店でお酒を飲んでいると。
わたしはその瞬間を押さえてやろうと考えたのです。
でもわたしの狙いに反して、ティアさまがお酒を飲んでいるところを押さえることは出来ませんでした。
夜中になると、ティアさまの部屋から苦しそうなうめき声が聞こえてくるようになりました。
夜眠れていないのか、ティアさまは日に日に元気がなくなっていって……朝も起きて来なくなって……お店も休みがちになっていきました。
夜食も満足に喉を通らない様子で、もともと虚弱だったのに一層衰弱していったのです。
そんなティアさまを心配したサリーさんは、シーツ剥がしの強硬手段をしなくなった。
ティアさまは真っ青な顔をしているのに、わたしと目が合うとうれしそうに微笑むのです。
だからわたしは、ティアさまと目が合わないように意識して視線を外すようになった。
心は痛まなかった。わたしの心はもう冷え切っていた。
タイガちゃんが恨めしそうにわたしを睨んできても、逆に睨み返した。
だってティアさまが苦しいのは、アルコール依存症のせいです。
わたしは間違っていません。悪いのは全部ティアさまです!
そんなある日、とうとうわたしはティアさまがお店でお酒を飲んでいるところを目撃した。
ティアさまが一方的にした約束とは言え、自分で言い出したことをティアさまは破ったのです。
わたしは失望よりも、ついに待ち望んでいた場面を目撃出来たことを喜んだ。
早速現場を押さえてティアさまを責め立ててやろうと、お店のドアノブに手をかけた、その時。
不意にうしろから何者かに押さえつけられた。
口に布を詰め込まれ、抵抗する間もなく地面に倒された。
おでこを強く打った痛みに悶えていると、後ろ手に回された両手首に冷たい感触が触れた。
小さく金属の施錠音が聞こえて、あの無理やり魔力を吸い取られる感覚がした時、何をされたのか理解した。
全身から力が抜けて、あの嫌な倦怠感と頭痛、眩暈と吐き気が襲ってくる。
頭痛までするこのキツさは……囚人用の……!
「あんたライラだろ?」
頭上から知らない男の声がした。
「あ……あなたは……誰……ですか」
「そんな事はどうでもいいだろ。それよりあんた、英雄ティア・エルカードの本当の実力が知りたくないか?」
沢山の足音が近づいてくると、わたしを取り囲んだ。
「ま。断っても連れていくんだけどな」
布で口を塞がれ、頭から麻袋を被せられたわたしは、知らない男達に担ぎあげられて運ばれていった。
運ばれている間、わたしは男の言葉を頭の中で反芻していた。
「英雄ティア・エルカードの本当の実力が知りたくないか?」
しばらくしてわたしは床に降ろされた。
運ばれていた時間は10数分程度だったと思う。
視界を塞いでいた麻袋が乱暴に取り除かれる。
目に入った薄暗い景色から、どうやらここは『くろとら』からそう離れていない場所にある倉庫だとわかった。
「一応言っとくが、ここいらは俺達の縄張りだ。騒いで助けを求めても無駄だぜ」
そう言って男はわたしの口を塞いでいた布を取り払った。
改めて見る男達は、スラム街の住民にしては小奇麗な格好をしていた。
ただ人相が悪く、野盗か……あるいは冒険者崩れといった印象を受けた。
わたしが大人しくしているのを見ると、男は小さく笑った。
「安心しろ。今頃『くろとら』に残った男が、お前をさらった事を英雄ティア・エルカードに説明しているところだ。今からお前を助けにきた英雄様を目の前でボコボコにぶっ飛ばして、化けの皮を剥してやる。お前にはその後でちょっと痛い目を見てもらうが、ちゃんと解放はしてやるからよ」
男達がわたしを見てニヤニヤと笑っている。
狙いは……わたしとティアさま?
この人たちは何者で、一体どうしてこんな事を……。
色々と問いただしたかった。
けれどその思いよりも、魔力の枯渇による体調不良の方が圧倒的に勝っていた。
おでこの傷から溢れた血が、眉間を通って唇に流れる。
悲観から自然と笑みが零れた。
「ティア……さまは……来……ませんよ」
回らない舌で、なんとか言葉を繋いだ。
頼みの綱のタイガちゃんは今日、『死の森』へ魔物を狩りに行っていて夜まで戻りません。
そしてティアさまはわたしよりもずっと弱い上に、アルコール依存症のせいで体調不良です。
ここまで辿り着けもしないでしょう。
ざっと見回した感じ、倉庫内だけで20人近い男達が武器を持って待機しています。
外にも仲間がいるかはわかりませんが、ティアさまが来たとしてもあっと言う間にやられてしまうでしょう。
普通に考えて、そんな勝ち目のない場所へのこのこやってくる人はいません。
なによりこの数日、わたしはずっとティアさまに冷たかった。
助けになんて来てくれるはずがありません。
先に見限ったのはわたしの方なのですから……だからティアさまだってもう、わたしのことなんて……。




