魔力が枯渇する苦しみ
翌朝、目が覚めたわたしは、ティアさまと顔を合わせたくなくて、朝食を摂らずに魔法学園へ向かった。
教室へ入ると流石に早過ぎたのか、まだ誰の姿もなかった。
「おはよう。今日は特別早いね」
少しするとアレックスさんが教室に入ってきた。
いつも座っている席を通り過ぎてわたしの目の前までやってくる。
「おはようございます」
「少し話をいいかな」
「はい……なんでしょうか?」
アレックスさんの表情はいつになく真剣です。
わたしは僅かに緊張感を覚えながら答えた。
「君、最近カッシェくんに呼び出されたよね。その時にどんな話をしたのか教えて欲しいんだ」
わたしは顔を伏せた。
あの時の会話を思い出すと気持ちが重くなる。
「言いにくい事かな?」
「……ごめんなさい」
気まずい沈黙が流れる。
「……君がルーフィルド家の令嬢だから明かすけど、既に噂になっている通り僕は王族だ。そしてカッシェくんも」
カッシェさんも?
「わたしはてっきり、彼は軍人だと思っていました」
「あながち間違いじゃないよ。帝国は軍事国家だ。特に最近は少々きな臭い情報も流れてきていてね……」
少し思案して、アレックスさんは続けた。
「僕はね。彼がこの魔法学園へ来たのは、ロンブルク王国の軍事力や技術力を、学園の生徒という立場から調べるためだと考えているんだ」
「……あの方は憧れの英雄に会いに来ただけだと思いますよ」
「彼がそう言ったのかい?」
「…………」
「救世の英雄ティア・エルカード――生まれる前に名を轟かせた生きた伝説の英雄の存在は、きっと僕らの世代なら誰しもが憧れる存在なんだろうね」
「ひょっとしてあなたも?」
アレックスさんが笑顔を見せる。
「だからきっと、君が言うようにそれも彼の本心なんだろうね。だけど僕はそれが全てだとは思わない。ティア・エルカードは我が王国の英雄だ。言い換えればロンブルク王国が持つ力の1つと言える」
「……力を持っているのは、ティアさまではなくてタイガちゃんの方かもしれませんよ」
わたしが知るティアさまは、数百メートル歩くだけで膝が折れてしまう虚弱体質です。
それにあの細腕……もし模擬戦闘をしたら、わたしの方が勝つのではないでしょうか?
また沈黙が流れた。
静寂が耳に刺さって我に返る。
わたしは王族のアレックスさんに一体何を言っているのでしょう。
王国の英雄を否定するような事を吐いて、きっと気分を害したに違いありません。
彼の顔が見れない。吐露してしまった心の声を後悔した。
「少し驚いたよ。君の母親は英雄ティア・エルカードと親友だと聞いていたから……。でも君のその態度でなんとなくわかった。君が話しづらそうにしている理由が」
わたしはハッとした。
アレックスさんも……王家もティアさまの悪評を知っている?
「でもね、ライラ嬢。大魔王タイガ・ガルドノスを従えているのは彼女だ。それは彼女の力とも言えるんじゃないかな」
タイガちゃんはティアさまには甘えますが、ティアさま以外には指一本触れさせません。
「それは……そうですね」
ただ、それだと納得できないのです。
ならば英雄と呼ばれるべきはタイガちゃんであって、ティアさまではありません。
もし他人の手柄を奪ったのだとしたら……そんな恥知らずな事はもっとあり得ませんから。
「1500年以上前の古い記録によれば、大魔王タイガ・ガルドノスは魔界最強と謳われた大魔王らしい。ねえ、ライラ嬢。弱肉強食の力こそが正義の魔界の最強の王が、実力のない者の下に就く事が果たしてありえるのかな。君は大魔王タイガ・ガルドノスがどうしてティア・エルカードに従っているのか、理由を知っているかい?」
タイガちゃんがティアさまに付き従っている理由……?
そういえば考えたこともありませんでした。
だって2人の関係はとても自然で、それが当たり前みたいで、疑問の沸く余地なんてありませんでしたから……。
「あ……あの、おはようございます」
いつの間にかマリーさんが登校してきた。
「もしかしてお邪魔でした?」
マリーさんは頬を染めてそわそわしながら言った。
そんな甘い会話をしていたわけではないのですが、アレックスさんが王族と知ってしまった以上、わたしから無下に否定するのも憚れます。
「おはよう、マリーさん。そうだね。もう少し2人きりで話したかったのだけど、これは場所を変えなかった僕の落ち度だ」
アレックスさんは笑顔でそう言うと、わたしにウィンクして離れていった。
「見ました? いまのスマイル! 美形のオーラがすごいと言うか、高貴な笑顔と言うか! やっぱり噂の通りアレックスくんは王族なのでしょうか? ライラさんはどう思います?」
マリーさんが恋に憧れる乙女の瞳でわたしを見つめる。
「え? ……ええ、どうでしょうか」
わたしは朝からハイテンションのマリーさんについていけず、苦笑いでその場を濁した――。
本日最後の授業は、”自分の魔力の限界を知る事”でした。
ルイエ先生からクラスメイト全員に鉄製の大きなブレスレットのようなものが配られる。
”ようなもの”というのは、ブレスレットと呼ぶにはあまりにも分厚くて大きすぎたからです。
「これは犯罪者に使われる『魔力封じの手錠』のレプリカです。教材用なので片腕分ですがねッ。『魔力封じの手錠』とは、知ってる人もいるかもしれませんが、手錠をかけられた者の自由を奪うと同時に、魔力を枯渇手前まで吸い取って一切の魔法を使えなくする魔道具なのですッ」
ルイエ先生の説明にクラス中がざわつく。
「くっふふふ……。安心してください。安全装置がついていますから、魔力を根こそぎ奪われて死に至るようなことはありませんよッ。ただ……ふひひ。ネタバラシは興覚めですねッ。今日の授業の目的は実際にそれを体験してもらう事です! さあ、みなさんッ! 手錠をその手にかけてくださいッ!」
わたしはマリーさんと顔を見合わせた。
このルイエ先生、実は先生たちの間でも良い評判を聞きません。
昔から色々と問題を起こしている方のようで、どこか信用できない方なのです。
両目とも長い前髪に隠れていて表情が分かりにくく、加えて時折見せる狂気じみた三日月口がまた不安を煽るのです……。
教室中がどよめきに包まれる。
「どうしましたか、みなさん? やらないと単位をあげませんよッ!」
半ば脅迫のような言葉を受けて、クラスメイト達がぽつぽつと重たい手錠を片腕に着けはじめる。
わたしとマリーさんも、おそるおそる身に付けた。
カチャリと手錠が閉じた瞬間、変化はすぐに訪れた。
体内の魔力を無理やり引き剥がされ、急速に吸い取られていくような、ゾワッとする嫌な感覚がして、徐々に眩暈と気怠さが襲ってきた。
それは時間と共に加速度的に酷くなっていき、やがて頭痛も加わってきた。
もう限界近いくらい具合が悪くなっているのに、吸われ続ける感覚に止まる気配がない。
気持ち悪くて……頭が鉄のリングで締め付けられているみたいに痛くて……体の内側を全部抜き取られてしまうような寒気に恐怖が増した。
助けを求める様にマリーさんの顔をみると、わたしと同じように血の気の引いた真っ青な顔をしている。
やがてクラスメイト全員が、耐えられずに机に突っ伏した。
「魔力の使用は肉体的な疲労はありませんが、代わりに精神力を消耗します。そして極度の精神消耗は、みなさんがいま体験しているように肉体へも様々な影響を及ぼすのですッ。どうですか、みなさん。この状態では魔法を行使するための魔力図を構築する集中力もないでしょうッ!」
顔どころか指先を動かす元気も、言葉を発する気力もありません。
全身が余すことなくだるくて、呼吸すら重くて息苦しい。
酷い馬車酔いになったように気持ち悪くて、頭痛も酷くて、魔力を操作する集中力どころか、魔力の捻出すらまともに出来る気がしなかった。
こんなの、まるで拷問です……っ。
「この感覚を覚えておきましょう。これがあなた方の魔力の限界点ですッ。もしこの限界を越えて魔力を使ったなら……くっふふふふ、まぁ、その苦痛の中で使えればですが」
ルイエ先生が楽しそうに口角をあげる。
「最悪、死に至りますので、気を付けて下さいねッ!」




