沸き上がる疑念と襲い掛かる失意 その1
あの小さな揉め事から数日が経った。
去り際に見せたアメリアさんの恨みの籠った視線が少しだけ気がかりでしたが、わたしとマリーさんは変わらず平穏な学園生活を続けています。
アメリアさんたちはあの日以来、わたし達へ一切関わってきていません。
きっとアレックスさんの助言が余程効いたのですね。
ただ変化がまったくないという訳ではありません。
あれからアレックスさんとその仲間のビリーさんとシュメックさんから時々話しかけられるようになりました。
「ライラさんは、もう参加するサークルは決まりました?」
本日の講義の終わりを告げるベルが鳴った後、机の上のものを鞄に仕舞いながらマリーさんは言った。
魔法学園では、放課後の時間、生徒達が自発的に作ったサークル活動に参加することができます。
サークルへの参加は強制ではなく自由です。
複数のサークルの掛け持ちする事も出来ますし、新しいサークルを作る事も出来ます。
お母さまの学園時代は、ティアさまとメディスールさんの3人で『金色の魔力図』の解析を行うサークルを作り、活動していたそうです。
当時は魔法学園が1年制だったため、サークルは卒業後解散になっていたそうですが、現在は3年制になったことで、先人が作ったサークルが後人によって引き継がれ、魔法に関する研究会から魔法に一切関係のない趣味の愛好会まで、様々なサークルが既に活動している状態なのです。
いまわたしが気になっているサークルを挙げると『チェス同好会』『武術鍛錬部』『サバイバル術研究会』『魔物研究会』『乗馬倶楽部』『魔法研究同好会』『古代魔法図形研究会』『冒険者体験部』『領地経営勉強会』『農耕研究会』『野営料理研究会』『コスメ愛好会』『社交ダンス同好会』、そしてつい先日新設された『金色の魔法研究会』でしょうか。
「それが沢山あり過ぎて迷ってしまいまして。絞ってはみたのですがまだ決められてないんです。マリーさんは決めるの早いです」
「わたしはずっと魔道具屋さんになるのが夢でしたから」
頭を悩ますわたしに、マリーさんは屈託のない笑顔を見せる。
マリーさんが選んだのは『魔道具研究会』。
活動内容はその名の通りで、実用や商売を抜きにして、自由な発想で新しい魔道具を発明、研究するサークルだそうです。
「いつか立派な魔道具屋さんになれたら、孤児院に便利な魔道具を寄付して恩返しがしたいです」
「素敵な夢ですね」
マリーさんは自分の将来の道へ繋がるサークルを選んだのですね。
わたしの将来は……少々ふわふわしています。
ルーフィルド家は一般的な貴族家とは違い、女性が家督を継ぐ特殊な家系でした。
ですが天魔戦争が終わり、女性しか使えない秘匿の特級魔法もまた役割を終えました。
もう女性が家督を継がなくてもよくなったのです。
お母さまはわたしに家督を継がせたいようですが、お父さまはわたしに、家督は継ぎたい者が継げばいいと、お前はお前の成りたいものになれとおっしゃいました。
わたしが成りたいもの……。それがまだぼやっとしていて、形がないのです。
サークル活動へ向かうマリーさんと別れ、わたしは帰宅するために廊下を歩く。
階段を降りて学園本棟の正面玄関へ辿り着くと、カッシェさんが立っていた。
「待っていたぞ。少し顔を貸せ」
カッシェさんはそう言うと、わたしの返事を待たずに外へと歩き出した。
わたしは小走りで彼の背中を追いかける。
「あの、いったい何処へ……わたしに何の用でしょうか?」
「先日の件だ」
足を止める事も振り返る事もなく、ただひと言だけ答えた。
カッシェさんは学園本棟に沿って進み、本棟裏へと回り込んでいく。
本棟裏には、だだっ広い運動場があります。
主に魔法の実技演習や、武術の基礎鍛錬などで使われる場所です。
いまは運動系のサークルが使用しているようですね。
1グループ十数名ほどのいくつかの集団が、互いに距離を取り合いながら、それぞれ何かをやっています。
運動場と本棟裏の壁との間には、境界を隔てる並木とぽつぽつとベンチが点在する小道があります。
カッシェさんはそのベンチの1つに腰掛けた。
「お前も座れ」
顎先で隣を指し示す。
わたしは首を横に振った。
「長居するつもりはありませんので結構です。話とはティアさまのことですか?」
フッと微笑んだカッシェさんは、両腕をベンチの背もたれにかけると大きな動作で足を組んだ。
「私は彼女がひとりで七大魔王を打ち倒したというのが、どうにも信じられぬのだ。きっと何か秘密があるはず……お前は何か知らぬか?」
「何故それをわたしに聞くのですか?」
「決まってるだろう。お前が今、英雄ティア・エルカードの邸宅に住んでいるからだ」
背筋がゾクッとした。
ティアさまのところに住んでいる事はまだ誰にも話したことはないのに……どうしてこの人は知っているのでしょう。
「わたしは何も知りません。ですが、ティアさまがおひとりだったというのは誤解があると思います。ティアさまにはいつも相棒のタイガちゃん……大魔王タイガ・ガルドノスが一緒だったと聞いています」
「それでも残る大魔王は6匹だ。状況を覆せるほどの事じゃない」
「……カッシェさんは、何が目的でティアさまを調べているのですか?」
一瞬、カッシェさんから表情がスッと消えて、冷たい三白眼に影が落ちたように見えた。
やっぱりこの人は何処か怖いです。
「お前はこの街での彼女の評判を耳にした事はあるか?」
「ティアさまの評判……ですか?」
「そうだ」
「存じませんが、きっとみなさんティアさまを称賛されているのでしょう」
なんといっても、ティアさまは救世の英雄さまなのですから。
「クックック……アッハッハッハ!」
「な、何がおかしいのですか!」
わたしを見つめて、カッシェさんが口角を上げる。
「英雄ティア・エルカードは、街でこう言われているのだ。無能のSランク! 飲んだくれのろくでなし! 失墜の英雄! とな」
「なっ……! そんなの嘘です!!」
「嘘など吐いてどうする。無論、裏も取ってあるぞ。調べによればティア・エルカードは、Sランク冒険者になってから一度も依頼をこなしていない。そして頻繁に酒場に入り浸っている目撃証言も多数得ている」
「それは、ティアさまにはお店がありますから……」
最近夜にタイガちゃんと出かけていたのは、ひょっとして酒場へ行っているから?
ティアさまは、わたしが知らないところでお酒を飲んでいたのですか……?
「フッ。店というが、『解呪専門店くろとら』は客足など皆無で、彼女は毎日カウンターで居眠りしているだけのようだぞ。偶に飲酒している姿も見られているらしい。あれがSランク冒険者にしか出来ない仕事を放っておいてまでやりたい事なのか?」
「そ……れは……っ」
わからない。
ティアさまがわからない。
頭が回らない。
何か言わなきゃいけないのに、反論の言葉が出てこない。
「我が帝国では、力こそが権力の証しだ。だから私は、子供の頃に聞かされた史上最強の英雄の話に強い憧れを抱いていたのだ。王都ラザーニの魔法学園へ通うことにしたのも、実物の英雄ティア・エルカードをひと目みたかったからだった。可能ならば知己を得たいとも考えていた……」
救世の英雄への憧れ。わたしと同じ――?
「だが調べれば調べるほど、綻びばかりが溢れ出てくる。正直、私は彼女に幻滅した」
ズキン、と胸の奥が痛んだ。
その痛みは憧れへの”幻滅”という評価に対してではなく、それを真向から否定できない自分に対してだった。




