一触即発!? ライラの魔法学園 その3
「……残念ですが、アメリアさんのお考えは、わたしには理解できそうにありません。わたし達は多くの領民達に支えられて立っている身だと、わたしはそう考えていますから」
そのお返しとして、貴族には領地とそこに住む領民達を守る責任と義務があるのだとお母さまから教わりました。
貴族にとって平民は守るべきものであって、決して蔑んで良い対象ではありません。
「それに救世の英雄ティア・エルカードさまは、歴史上の誰もが出来なかった事を成し遂げられました。彼女は――ティアさまは、わたしのお父さまと一緒に同じ孤児院で育った方なんですよ」
わたしは余計な感情を込めることなく、ただただ彼女に諭すように言った。
偉業を成せる者は、決して王族や貴族に限らない。地位や生まれはその人の全てではありません。
せめてそれだけでもわかって欲しくて。
「う……嘘でしょう。我が国まで名を轟かせている、あの英雄ティア・エルカードが、下賤の生まれですって……!?」
アメリアさんの顔が驚愕に染まる。
やはりティアさまの出自をご存じなかったのですね。
王国を救った英雄たちの情報は、叙勲式に参加された王族達や貴族達、記者達のペンによって各国へ報じられたそうですが、それもわたし達が生まれるより前の事。
ましてフレイディールはロンブルク王国から2つ隣の遠い国ですから、わたしと同い年のアメリアさんが知らなかったとしても仕方がないのかもしれません。
「随分興味深い話をしているな。是非私にも聞かせてくれないか」
両手を後ろで組み、カツカツと規則正しい歩みで別の男の子が輪に入ってくる。
彼は確かカッシェさん。
南側に位置するフレイディールとは反対に、ロンブルク王国より北へ2つ隣の国、カスケード帝国出身の方だったと思います。
常に正している姿勢を崩さず、三白眼の鋭い目は、お顔が整っているだけに、より冷たい印象を覚えます。
例えるなら……そう、まるで冷酷な軍人のようです。
「救世の英雄ティア・エルカード――弱冠18歳の少女にして、世界の王達が”災害”と認定し、解決を諦める以外になかったあの天魔戦争を終わらせた英雄の中の英雄。彼女は先の天魔戦争で顕現した魔界の門をくぐり、単身で魔の世界へ乗り込んだ。そして濃密な魔素が満ちる魔族のフィールドにて七大魔王を打ち倒したという。史上最強の英雄たる彼女の名は、天魔戦争の終焉と共に今現在も世界中へ広まりつつある!」
カッシェさんはわたしの前で足を止めると、少し腰を折ってわたしの顔を覗き込んだ。
「だが個人の資質だけで、果たしてそんな事が可能なのか?」
感情の薄いカッシェさんの冷たい瞳と真っ直ぐ目を合わせた瞬間、背筋がぞくりとした。
「どういう意味ですか?」
「人には限界がある。情報によれば彼女は天族の血を引いているそうだが、純血の天族だって万能ではない。誰でも、何事も限界はあるのだ。だから我々人族も彼等天族も群れを作り、個ではなく集団で戦いに挑む。それは魔族とて例外ではない」
わたしから顔を離したカッシェさんは、まるで講義をしている教授のように周囲に向かって話す。
「お前達に想像できるか? 1匹の蟻が7匹の象を力で屈服させる姿を。これは決して大袈裟な比喩ではない。我が帝国に残る記録によれば、巨獣化した大魔王はそれほどの超巨体なのだ。私にはとても想像ができない」
確かに蟻が象を倒す姿なんて想像できませんが……。
ですがティアさまは、実際に7匹の大魔王を率いて皆の前で終戦宣言をされています。
「何か秘密があるんじゃないか? 例えばオーバーテクノロジーによって生み出された強力な兵器の所有。あるいは大魔王との戦闘に耐えられるよう肉体改造を――」
「そこまでにしてもらえるかな。カッシェくん」
声を上げたのは、たった今教室に入ってきた輝く金髪を持った端正な顔立ちの男の子。
名前はアレックスさん。
一部の間で、ひょっとして王族なのでは? と噂されている人物です。
ビリーさんとシュメックさんが小さく頭を下げてアレックスさんに道を譲った。
「何の騒ぎか知らないけれど。これ以上、我がロンブルク王国を貶めるような発言は、例え君であっても看過できないよ」
普段はやさしい光を帯びているアレックスさんの瞳からは、いつもとは違って静かな怒りが感じられます。
もしアレックスさんが王族だとすれば、その怒りはもっともでしょう。
王族や貴族なら必ず学ぶ、国同士が結んだ『世界条約』という取り決めの中には、以下の禁止事項が記されています。
”強力な兵器の開発や過剰な文明の発達は、天魔戦争の周期を早め、またその規模を拡大させる要因になると考えられるため禁止とする”
”『勇者召喚』や『肉体改造』等の人道に反する魔法の開発、使用は、いかなる場合を以ってしても、これを硬く禁ずる”
ロンブルク王国には、25年ほど前、当時の宮廷魔術師団団長だったルーンゲルドが、禁断魔法である『勇者召喚』を秘密裏に行使した過去があります。
罪を犯したルーンゲルドは、ルーギンス陛下の裁可により極刑となりました。
以来、王家は全ての貴族に対して世界条約違反の再発防止を徹底させていますし、とても敏感になっているのです。
カッシェさんは勝手な想像でそこに手を突っ込んだのです。
不穏な雰囲気が漂う中、カッシェさんとアレックスさんの2人が見つめ合う。
フッ、とカッシェさんが笑みをこぼした。
「これは失礼した。肉体改造という禁断魔法に触れたのは、其方の国ではなく小国フレイディールの方だったな」
アメリアさんが忌々しそうにカッシェさんを睨む。
シュメックさんから耳打ちされたアレックスさんは、伏せていた目をあげた。
「アメリアさん。フレイディールの貴族には、いまだに選民意識が強く残されている事は知っているよ。だけどここはロンブルク王国で、魔法学園なんだ。地位によって相手を蔑むのは控えた方が良いと思うよ」
「わたくしに説教ですの?」
「違う、助言だよ。たしか君の国の女王は、貴族達の選民意識をなくすために意識改革を推進していたよね。社交界は”噂”が大好物だ。特にゴシップの噂がね。ここには君たちのように各国から集まってきた多くの権力者の子息子女が身分を明かさずに在籍している。彼等彼女等に恰好の四方山話を提供したところで、君にとって何もプラスになることはないと思ったまでさ」
核心を突かれたのか、アメリアさんがぐっと口を噤んだ。
「クックック。しかしフレイディールの女王も気の毒だな」
カッシェさんがアメリアさんとその取り巻きを見据える。
「前王時代に、王太子がしでかした世界条約違反によって失った周辺諸国の信頼を取り戻すべく尽力、奔走しているというのに、臣下であるはずの貴族家の者が、他国で勲功貴族の令嬢を下民呼ばわりして台無しにして回っているとは。実に滑稽極まる」
アメリアさん達がカッシェさんの冷笑を浴びて、顔をかぁっと真っ赤に染めた。
「ご……ご助言、感謝いたしますわ」
苦虫を噛み潰したような顔を隠すように、アメリアさんはスッとアレックスさんに頭を下げた。
アレックスさんが小さくため息を吐く。
「頭を下げる相手を間違えていないかな」
頭を上げたアメリアさんが、キッとわたしを睨んだ。
そして震える肩を再びゆっくりと前へ倒した。
「ライラさまには無礼な発言を撤回、謝罪いたしますわ」
取り巻きの少女達もアメリアさんに追従して頭を下げた。
「わたしは気にしていません。謝罪というならば侮辱されたわたしの友人に」
わたしは隣で縮こまっているマリーさんをちらっと見た。
心のこもっていない謝罪に意味はないと思いますが、彼女が望むなら形だけでも。
「わっ、わたしも大丈夫です!」
急に注目を浴びたマリーさんは、ひゃいっと飛び上がる様に背筋を伸ばすと言った。
アメリアさん達は言葉こそなかったものの、マリーさんに向かって小さく頭を下げた。
それが彼女達のプライドが許せるギリギリだったのでしょう。
アレックスさんが納得した様子で頷く。
「じゃあこの問題は解決だね。さて、そろそろ先生が来る。騒ぎは終わりにしてみんな席へ着こうか」
彼の一言でみなさんは席へと戻り、徐々にいつもの教室の雰囲気が返ってきた。
アメリアさんとカッシェさん、そしてアレックスさん、それぞれの尾を引く視線を残して――。




