一触即発!? ライラの魔法学園 その1
ティアさまの豪邸で暮らし始めてから2週間が経ちました。
ここでの暮らしにも少しずつ慣れてきたこの頃、最近わかってきたことがあります。
それはティアさまは毎日晩酌を欠かさない事と、朝起きるのが苦手だと言う事です。
ティアさまに尋ねてみると、お酒は夜眠れないので飲んでいるのだとおっしゃっていました。
寝つきが悪い人は朝が弱いと聞いた事があるので、ティアさまはそうなのでしょうか?
わたしは寝つきも寝起きも良い方なので、わからない感覚です。
毎朝サリーさんがティアさまを起こしにいくのですが、部屋が隣りなのでティアさまをベッドから出すのに苦労しているサリーさんの声が聞くともなしに聞こえてしまいます。
初日は遠慮がちだったサリーさんの起こし方も、最近では手慣れて来たのか力技に変わって来たようです。
時々サリーさんの怒ったような声と共に、ティアさまの
「あああっ、シーツ剥すのはやめてえぇ~」
という情けない叫び声が聞こえてくるようになりました。
あぁ、わたしの憧れ像が……。
はっとして首を振って疑念を振り払う。
いいえ!
ティアさまだって人間です。少しくらいだらしのない所を見せられても、ティアさまがわたしの憧れな事に違いはないのです!
そんなティアさまは、わたしに対してとても近い距離で接してくれるのですが、わたしはまだ少し緊張してしまいます。
ですからお母さまから頼まれていた「お酒を控えるように」との進言は、まだお伝えできていません。
いつかサリーさんのように、わたしにもティアさまにバシっと言える日が来るのでしょうか。
朝食を済ませたわたしは、学園指定の制服に身を包み、ひとりで乗り合い馬車を使って魔法学園へと向かいます。
最初の頃はティアさまが学園の門までついてくると言っていたのですが、わたしはもう15歳なのです。
ひとりで行けますとお断りしました。
ティアさまには寂しそうな顔をされてしまって胸がちくりと痛みましたが、こればかりは仕方がありません。
だって15歳にもなって保護者同伴で登校だなんて、恥ずかしいです……。
わたしが魔法学園へ向かった後、ティアさまはお店の開店時間に合わせてお屋敷を出ているようです。
サリーさんから聞いたのですが、馬サイズになったタイガちゃんの背に乗って、空を飛んで向かうそうです。
一度見せていただいたのですが、タイガちゃんの浮遊魔法はまるで空を駆け回るように機敏で素早く、ティアさま曰く、あれはタイガちゃんオリジナルの飛翔魔法なのだそうです。
タイガちゃんはティアさまをお店まで送ったあと、月に1~2回くらいのペースで魔の森へ狩りへ向かいます。
わたしが魔法学園へ通っている間、皆さんそれぞれの時間を過ごしていらっしゃいます。
魔法学園に到着したわたしは、教室へ入って、いつもの席へと向かった。
「おはようございます、ライラさん」
先に席についていた赤髪おさげの女の子がわたしに微笑んだ。
素朴でやさしい瞳をした彼女はマリーさん。
「おはようございます、マリーさん。今日も早いですね」
わたしはマリーさんの隣の椅子に腰掛けた。
彼女とは登校初日にこの席で隣同士だった縁から、お互いに話をするようになりました。
魔法学園では特に席は決められていません。教室内のどの席に座るのも自由です。
ただわたし達は、縁のあったこの席にいつも座るようになりました。
それはわたし達に限らず、クラスメイトのみなさんも似たような感じのようです。
四角い教室という小さな領土の中で、なんとなく自分の領地、というと少し例えが大げさですが、自然と小さなグループを作って自分の居場所を確保しています。
「わたしは孤児院を支援して下さっている方々のご厚意で魔法学園に通わせてもらっている身なので、頑張らないと」
そう言ってマリーさんは、うれしそうに照れた表情で微笑んだ。
王都の孤児院には、大商会から個人の資産家まで、支援金を寄付されている方々がいて、そのお金を使って年に1人だけ孤児の中から見込みのありそうな者が魔法学園に通えるのだそうです。
魔力の素養があったマリーさんは、小さい頃から頑張って勉強して、15歳になった今年に権利を手にすることが出来たのです。
彼女が口にしたように、とてもがんばり屋さんなのです。
わたしもマリーさんに負けていられません!
「初日にライラさんと知り合えてよかったです」
わたしがきょとんとしていると、マリーさんは顔を赤らめて俯いた。
「みなさん貴族や裕福な方々ばかりで。そんな中でわたしは孤児院出身ですから……。でもっ、ライラさんは普通に接してくれました」
「ふふふ。そんなこと当たり前です。それにわたしのお父さまも孤児院出身なんですよ」
「そうなのですか!?」
わたしは目を丸くするマリーさんに微笑んだ。
驚くのも当然ですよね。平民と貴族が結ばれるなんて物語のような出来事ですから。
「あら、あなた平民でしたの。てっきり高貴な生まれかと思っていましたわ」
投げられた侮蔑を含む声音に目を向けると、扇子を持った金髪縦ロールの少女がわたしを見下ろしていた。
溢れ出る気品と横柄な態度からひと目でお嬢さまとわかる彼女は、確か遠くフレイディールから来られたアメリアさん。
彼女の後ろには、取り巻きらしき3人の少女たちが失笑に歪む口元を手で隠しながら控えている。
「あなたが物乞いの孤児に纏わりつかれて困っているようだから、わたくしのグループに入れて差し上げようかと考えていましたのに。下賤の同類だったなんてがっかりですわ」
蔑むような冷たい目が、開かれた扇子で口元を隠されているせいで、より強調されている。
彼女は効果的に人を威圧する術をよく心得ていらっしゃるようです。
マリーさんが青ざめた顔で硬直してしまいました。
ですが、お父さまやエルガンさまのような達人が発する本物の威圧に比べたら、彼女の威圧は可愛らしいものです。
わたしは椅子からゆっくり立ち上がる。
そしてアメリアさんと同じ視線の高さで、淑女らしい微笑みを携えて顔を合わせた。
「魔法学園は学び舎です。ここでは王族も貴族も平民もありません。どんな地位の者でも等しく扱われます。それは教えを乞う者が傲慢であってはならないという、魔法学園が掲げる古くからの理念だからです」
そのため高い地位にある者は、決して自ら素性を明かしたり、権力を笠にしてはならないという校則があります。
自己紹介で家名を名乗らないのもそのためでした。
「そしてわたしは何も困ってなどおりません。マリーさんはわたしの大切な友人ですから!」
最後まで余裕の笑みを崩さずにいたかったのですが、少し感情が表に出て睨み返してしまいました。
わたしもお母さまに程遠く未熟です。
ギリリと奥歯を噛み締める音が響いた。
「よくもわたくしに向かって……!」
アメリアさんが呟くように吐き捨てた。
パチリと音を立てて畳まれた扇子を握るアメリアさんの手が、キュッと噛み締められた唇が、わなわなと震えている。
「あなたっ、平民の分際で生意気ですわ!!」




