ティア・エルカードの生い立ち
「でもどうして未完成なのでしょうか?」
サリーはしげしげと描きかけの赤ちゃんを見つめている。
「あぁそれは、この絵が描かれていた頃に天魔大戦が始まっちゃったからだよ」
1500年以上前に、七大魔王と七大天使が参戦した天魔戦争が起きた。
魔界の最大戦力に対して、人族と天界の最大戦力がぶつかった、天魔戦争の長い歴史の中でも類を見ない大きな戦争だ。
なんせ大魔王1匹の顕現で国が簡単に滅ぶと言われる中で、同時に7匹も現れたのだ。
誰もが世界の終わりを覚悟したであろうこの天魔戦争の事は、特別に天魔大戦と呼ばれている。
そしてわたしのお父さんとお母さんは、天魔大戦に参戦するべく、腰を落ち着けていたキューチェガルの首都シャンダサーラを出た。
生まれたばかりの赤ん坊だったわたしを連れて、天魔戦争の最前線となる街――ロンブルク王国のブリトールへと向かったんだ。
小説の物語では、このあと勇者ダスティンが天族より授けられた神器『流星の剣』を振るって大魔王の1匹を討ち取り、魔族達が魔界へ引き上げた事で天魔大戦に勝利する。
人界に平和が訪れ、ダスティン一家は幸せに暮らしていったのでした。というハッピーエンドなのだけど、歴史の真実は違う。
ダスティン一家は大魔王の手によって全員殺されてしまったんだ。
そう――大魔王タイガ・ガルドノスの手によって――。
そしてもう1つの隠された真実がある。
アーティと共に殺されてしまったと思われていた娘のティアは、アーティの死後、創造神クリエの手によって神隠しにあっていた。
わたしは1500年の時を超えて、ブリトールの孤児院の玄関先に捨てられることとなったんだ。
泣きわめく赤ん坊のわたしを見つけたパルラ先生は、わたしが持っていた涙の形のペンダントの中に浮き上がる文字『ティアズ・S・オピカトーラ』をわたしの名前にした。
その15年後――真実を何も知らないわたしは、本当の両親を探す旅に出るために駆け出し冒険者となった。
ギルドで受けた依頼をこなすために、ブリトールの北の大平原で薬草を採取していたわたしは、アーティ母さんがわたしを護るために命と引き換えに封じた大魔王タイガ・ガルドノスの魂の封印を誤って解いてしまい、運命の邂逅を迎えることになる。
それは時代を越えて張り巡らされた2人の神の計略。
やがて神の領域へと至ることになった、わたしとタイガの長い旅のはじまりだった――。
「――ティアさま?」
ライラちゃんが心配そうにわたしの顔を覗き込んでいる。
「ごめん。ちょっと考え事してぼーっとしちゃった。まだ案内の途中だったね。先に進もうか」
リヒターが先を歩き始める。
わたしはタイガの背に乗った。
しょんぼりしているタイガの背中をやさしく撫でる。
わたしの本当の両親の命を奪ったタイガのことは、きっと一生許せない。
だけどわたしはタイガの事を恨んではいない。
決してタイガのことを見捨てたりもしない。
だってタイガは、わたしの大切な家族だから――。
2階は倉庫の2部屋を除いて、すべて客室だった。
1階の使用人用とは違い、こちらは貴族向けを想定しているのか、1部屋1部屋が広く、内装や家具も装飾のついた高そうなものだった。
3階から5階までは、リヒターが2階とほぼ同じだと言うので、同じような部屋を何十部屋と見てきたわたし達は、足を運ぶことは遠慮させてもらうことにした。
それからわたし達は屋敷の外へ出た。
だだっ広い庭には、整備された広場や木々が生い茂った林、屋根とテーブルが付いた小さな休憩所や池などが散見された。
特別目を見張るものはなかったけれど、1つだけ石畳で作られた舞台のようなものは気になった。
あれは模擬戦闘用なのかな?
確かにこの広い庭なら、王国騎士団の集団訓練だってできそうだ。
ざっと見学を終えたわたし達は、一旦応接室に戻ってきた。
ていうか、部屋多すぎあんど広すぎ!
屋敷内を一周するだけで良い運動になるよこれ。
こんなの全部使いこなせる日は永遠に来ないと思う。
絶対宝の持ち腐れだし、遊ばせてる分、管理コストが明らかに無駄っぽい。
っていうか、こんな広い屋敷と敷地をリヒターとサリーは2人だけでよく管理してこれたと心底感心する。
王様が許してくれるなら、みんなのためにもせめて屋敷の規模を10分の1以下にしたいくらいだ。
まぁ嘆いても仕方がないんだけど、これが高額な税金の元だと思うとどうしても溜め息が……はぁ。
さて、気を取り直して行こう。
見学は終えたし、次はわたしとライラちゃんの部屋を決めないとね!
「ライラちゃんはどの部屋がよかった?」
「わたしは何処でも。住まわせてもらう立場ですし」
遠慮なんてしちゃって、ライラちゃんったら奥ゆかしい。
「ティアさまはどうされますか?」
サリーが尋ねる。
「わたしは1階の狭い所がいいんだけど。出来ればエントランスに近い所」
くろとらの2階と近い感じが落ち着くんだよね。
「そこは使用人用ですよ!? だめですよ、ティアさまはこのお屋敷の主なんですから!」
「ええ、駄目なの? 広いより狭いほうが落ち着くんだけどなぁ」
欲しい物にすぐ手が届くのがいいのに。
「だめです。ご主人さまにそんなことをさせたら、わたし達使用人の恥です。ですよね!? リヒターさん!」
「そうですな。我々は兎も角、エルカード家の面子的によろしくないでしょう」
エルカード家って。わたしひとりしかいないのに。
「もう、わかったよ。じゃあ2階の階段近くがいいかな」
食堂や玄関まで遠いと、膝が崩れるし。
いやまぁ、そもそも玄関から門までひとりで辿り着ける自信ないのだけど。
最大限利便性を取るなら、選択肢はそこしか残されていない。
「ライラちゃんはわたしの隣の部屋でどう?」
「はい。それでお願いします」
ライラちゃんがうれしそうに微笑む。
やった! ライラちゃんと隣同士だ!
「結論が出たようですね。少し遅くなってしまいましたが、昼食の準備にとりかかりましょう。行きますよ、サリー」
「はい」
リヒターとサリーが席を立つ。
「あ、わたしも何か手伝うよ」
「ティア様、これは我々の……」
リヒターが表情を曇らせる。
「負担はかけないって、言ったでしょう? 手伝わせてよ。ね? ちなみにわたしはパン作りとローストミートが得意だよ。えへへ」
王都に移ってから外食が多いわたしだけど、本来は自炊派なのだ。
孤児院のお姉ちゃん達から教わった家庭料理だけど、足手まといにはならない程度の自信ならある!
「わたしも何かお手伝いさせてください。これでもお父さまから野営の訓練は受けていますので、ナイフなら使えます」
「ライラさま。お客様にそんなことは……」
あーだこーだと意見が飛び交う。
わたしはパン! と手を打った。
「じゃあ、みんなで作ろう! その方がたのしいし、おいしいよ。これはエルカード家流の親睦会だ!」
ということで、半ば強引に押し切って、わたし達はみんなで昼食の準備をすることになった。
タイガとライラちゃんはサリーの指示で材料のカットや皮むきなどの下準備を。
わたしはローストミートを。
サリーは指示出しと調理、味付けを。
リヒターは庭に椅子とテーブルをセッティングする。
パンは発酵時間の関係で、既に寝かせてあった生地を使う事になった。
二次発酵を待っていたら遅い昼食がさらに遅れちゃうからね。
完成した料理をテーブルに並べていく。
わたしが焼いたローストミートも運ばれてくる。
焼きたてのパンに、新鮮な生ハムサラダ、ゴロゴロ馬鈴薯入りの野菜たっぷりコンソメスープ。
そして待ってました、食前酒!
料理が全て出揃った。
なかなかのごちそうだ!
わたし達は5人で同じテーブルについて、雑談に花を咲かせながら昼食を堪能する。
ローストミートは好評だった。
新しい出会いと新しい生活のはじまり。
これからは少しばかり賑やかな生活になりそうだ。
ちなみに、夜ライラちゃんをお風呂に誘ったら、恥ずかしいから無理と断られてしまいました。くすん。




