異世界の勇者と追放された天使
リヒターの案内は1階から始まった。
エントランスから遠い建物の両端には、沢山の使用人用の部屋が並んでいた。
しかも驚いた事に、すぐに住めるように各部屋の家具がひと通り揃っていた。
シーツ類は洗濯が大変なので別の場所に大切に保管されていたけれど、これも屋敷同様、全てわたしへの褒美に含まれているものらしい。
部屋は決して小さくはないのだけど、1部屋に二段ベッドが2台設置されているせいで少々手狭に感じるけど、ちゃんと窓もついているし、なかなか快適な生活が送れそうな部屋だ。
魔法学園の寮の部屋も狭くてベッドも二段ベッドだったから、エンリと過ごした寮生活をちょっと思い出した。
なつかしいな。
エントランス周辺には、わたし達が利用していた応接室の他に倉庫が2つと男女別の広いトイレ、図書室(本棚は殆ど埋まってない)、それから大ホールの食堂と、食堂に隣接して大きな厨房があった。
食堂の片面には大枠の窓が張られており、広すぎる庭が一望できる。
あとちゃっかり王城も見えた。きっと狙って設計されてるよね、これ。
まるで貴族を呼んでパーティでも開けそうな広さと豪華さだ。
もちろん設備も全て揃っている。
冷蔵庫は冷凍庫付きの最新式だった。
16年前にはなかったはずだから、あとから入れ替えられたのかな?
リヒターに聞いてみると、わたしの予想通りだったようで、王様から指示があったみたい。
特にわたしの気を引いたのは、厨房にある階段から降りたところにある地下貯蔵庫の一画、ワインセラーだ。
冷蔵庫の10倍くらいある大きなワインセラーには、びっしりとお酒が納められていた。
なんというお宝の山!
わたしの喉が渇きを覚えて鳴った。
でもいまは案内中だから、我慢、我慢……っ。
そして1階にあるもう1つの素晴らしい設備が、大浴場だ!
広い脱衣所に、みんなで泳ぎ回れるくらいだだっ広い浴槽。しかも男女別!
浴槽の中央には、白くて大きな虎の石像が設置されており、中身は魔道具になっていて口からお湯が流れ出る仕組みらしい。
これもあとから追加で設置されたものだそうだ。
石像をライオンじゃなくて虎にしたのは、タイガに合わせたのかな? 白いけど。
ライラちゃんはどうやらお風呂好きのようで、この大浴場には目を輝かせて歓喜していた。
今夜ライラちゃんと一緒にお風呂に入るのが楽しみだなぁ。
1階のひと通りの案内を終えたわたし達は、エントランスの階段から二階を目指す。
鉄砲階段を上り切り、途中にある踊り場に着いたわたしは、その壁に掛けられている絵画に気づいた。
「この絵は……どうしてこれがここに?」
描かれているのは2人の男女だ。
2人共、歳のほどは30歳前後くらい。
着ている服装は質素な感じで、貴族というよりは平民に近い。少し異国感を感じさせるものだ。
男は短髪で黒髪だ。
勇ましさを含んだ生気に満ちた瞳、そして広い肩幅に盛り上がった肩と腕、服の上からでもわかる厚みのある胸板からは、男が屈強な戦士であることが伝わってくる。
反して、ダークブラウンのセミロングの髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ女性の方は、小柄で細身の、やわらかい感じだ。
椅子に座っている女性は、まだ頭皮の産毛も生え揃っていないような赤ちゃんを抱いていて、男はその傍らに立っている。
そんな幸せそうな家族の絵だ。
ただ女性に抱かれている赤ちゃんは描きかけなのか、何度も描き直したような痕跡が残っているものの顔がない。
わたしはタイガの背中から降りた。
「叙勲式の後日、隣国キューチェガルの王――ガドウィン王自ら、ティア様の預かりものをお返しするとお屋敷に持ち込まれたものです」
リヒターが言った。
「ガドウィン王が? そっか……あとで取りに行くって言ってたのに、わざわざ届けてくれたんだね」
わたしはそっと絵画に手を触れた。
わたしを生み、愛してくれていた本当の両親の絵。
だけど2人にはもう2度と会えない。
お父さんも、お母さんも、大魔王の爪に引き裂かれて亡くなったから――。
悲しみが胸の奥から込み上げてきて、涙が溢れそうになった。
だけどタイガから流れてくる別の悲しみと後悔の念が、ギリギリのところで涙が零れ落ちるのを踏みとどまらせた。
しゅんと頭を垂れるタイガの頭を、わたしは胸に抱き寄せた。
「ここに飾ってくれてありがとうね」
わたしはリヒターに言った。
「いえ。ガドウィン王より、ティア様の大切な方の肖像画だとお伺いしておりましたので。エントランスから見えるこちらが良いかと愚考いたしました」
「ティアさまの大切な方……お二人はなんという方なのですか?」
ライラが少し遠慮がちに言った。
「この2人はね。ダスティン・エルカードとその妻のアーティだよ」
「ダスティンとアーティ!? それって異世界から召喚された勇者ダスティンと、天界を追放された天使アーティエルですか!?」
サリーが大きな声で割って入る。
「あの『勇者ダスティンの物語』の!!」
「あはは。うん、その2人だよ」
サリーったら大興奮だ。
勇者ダスティンの物語と言えば、史実に基づいた創作物で、2つ隣の国にまで認知されているベストセラー小説だ。
どこの国でも、貴族も平民も、みんな子供の頃に勇者ダスティンの物語を読んで育っている。
それくらい有名な物語だ。
孤児のわたしは原作小説を直に読んだ事はないけれど、天界での修行や天魔戦争などの戦闘パートはカブトにいちゃんから、そして天使アーティエルとの恋愛パートはエンリから話を聞かせてもらったので知っている。
人であるダスティンに恋をしてしまった咎で、天使アーティエルは天界を追放されてしまうのだけど、エンリからその話を聞いた時は天使なのに愛を否定するなんて酷い! と憤ったものだ。
「でもアーティにはどうして翼がないのでしょう?」
サリーが首を傾げる。
物語では”裁きを受けた”と表現されているらしいけど、実際は天界を追放される際、天族の手によって翼をもがれたからだ。
でもそんな残酷な真実、目を輝かせているサリーには言いたくない。
「きっと幻影魔法で隠してたんじゃないかな? 翼が見えてたら天使だってバレちゃうし、人の世界で生きにくいでしょう?」
「確かにそうですね」
いま適当に考えた理由だけど、サリーが納得してくれてよかった。
「ティアさま。先程エルカードと言いましたよね? あの、ではこの描きかけの赤ちゃんは……?」
ライラちゃんが言った。
「この子は娘のティア」
「「「えっ!?」」」
ライラちゃん、サリーはともかく、リヒターまで驚いた顔で素っ頓狂な声をあげた。
完璧執事のリヒターのそんな顔が見れるとは。
「って言ったらどうする?」
「なんだぁ、冗談ですか」
サリーが胸を撫でおろし、リヒターが小さく咳払いする。
「そ、そうですよね。もしティアさまだとしたら、1500歳を越えていることになってしまいますものね」
とライラちゃん。
「あはは。わたしはエンリの2つ上だよ? まだ34年しか生きてないよ」
ライラちゃんが苦笑いする。
「お母さまと年が近いようにも見えないのですけど。あっ、ひょっとしてティアさまのご先祖さまですか? ティアさまに流れる天使の血はアーティエルさまの……?」
別に正直に教えてあげてもいいのだけど……。
わたしはタイガを見た。
さっきからずっとしょんぼりしたままだ。
きっと針の筵にくるまれている気分なんだろうな……。
「まぁ、そんな感じかな。えへへ」
やっぱりやめておこう。
わたしにしても、この話題は深堀りされたくない敏感な部分だもの。




