豪邸の使用人 その2
小さな悶着があったけれど、円満解決できたようでよかった。
わたし達は各々ソファに戻って腰を落ち着けた。
「ん~、ということはつまりだよ? サリーさんを正式に雇うために、契約の更新をしないとってことだよね」
ここまでの話から、契約内容は当時のままで、働いているのはサリーさんなのに、雇われているのはサリーさんのおばあちゃんのまま放置されている状況だ。
「そうですね。いまのままでは、いつか不都合が生じる事もあるでしょう」
リヒターさんが言った。
「2人の給金ってどうなってるのかな?」
ルイズの口ぶりだと、支払われているのは一般的な執事とメイドの給金の相場だと思うんだよね。
でもリヒターさんにしてもサリーさんのおばあちゃんにしても、話を聞けば以前の経歴が高すぎる。
契約を結び直すなら、そこも改めるべきだよね。
「エルカード様との契約では、一般的な使用人の給金の額で結ばれておりますので、サリーに関しては名前を変更するだけで良いと思います」
「でもそれだとリヒターさんの給金が少なすぎることにならない?」
「問題ありません。わたしもサリーの祖母も、ルーギンス陛下より、以前の給金以上の収入を補償されておりますので」
ん? それって不足分は、王様がわたしの代わりに払ってくれているということ?
「王様ったらどうしてそんなことまでしてくれるんだろ。……一応聞いてみるんだけど、わたしが支払ってる金額と王様から貰ってる金額と、どっちが多いの?」
リヒターさんは微笑むだけで沈黙を守っている。
つまり王様の方が多いということか。
わたしは小さくため息を吐いた。
「なんだか雇い主はわたしじゃなくて王様の方みたいだね」
ルイズの言っていた事が頭に過ぎる。
「お察しの通り、確かにわたしは少々複雑な立場にあることは認めます。ですが気を悪くなさいませんよう。それだけ貴女様がロンブルク王国にとって重要な人物だということなのです」
やっぱりそういう事なのかな。
わたしの表情の曇りを読んだのだろう、リヒターさんが表情を引き締めた。
「ルーギンス陛下は貴女の敵ではありません。そして貴女も。そうでしょう?」
「……そうだね。この国の王様は素晴らしい人だと思うよ。命懸けの使命を果たしてきたルーフィルド家のような貴族達も、ね」
わたしは隣に座るライラちゃんに微笑みかける。
旅をしていた頃にいくつか国を巡り歩いた。
他国の内情を知り、それぞれの国の王様と会って話をする機会もあった。
その度に思ったものだ。ロンブルク王国はとても良い国なんだなって。
「もちろん敵対もしないよ。わたしはこの国が大好きだからね」
この国には大切なルーフィルド家の人々がいる。それに友人も。
だからわたしは、クリエ達と一緒に神界に住まわずに、こうして人界で暮らしているのだから。
リヒターさんがほっとしたように頷いた後、やさしく微笑んだ。
「これはここだけの話ですが、1つ付け加えさせていただきますれば。陛下と貴女はロンブルク王国を愛する者として、言わば同志のようなものです。そしてわたしもこの国を愛しております。なれば遠い主よりも身近な家族にこそ、情は深くなるものではないでしょうか? 少なくともわたしはそう思っております」
家族――つまりさっきのわたしの言葉に対するお返しという訳ね。
リヒターさんと王様の間でどんなやり取りがあるのかは知らないけれど、まぁ、それならそれでいいかな。
そもそも不満なんてなかったのだし。
「わかったよ。それじゃ改めて2人共、これからもよろしくね!」
リヒターさんとサリーさんがソファから立ち上がって深々と頭を下げる。
さて、ちょっと言いづらいことだけど、あと1つはっきりと伝えないといけない事がある。
これを言ったら気まずくなることはわかっている。
だからなるべく軽い感じで、笑顔でサラっとだ。よし!
「ところで追加で人を雇うって話だけど、当分は見送るということで。実はわたし、貯金尽きちゃって全然お金持ってないんだよね。あはは」
2人がぽかんとして固まった。
「ご……ご主人さまは救世の英雄さまで、Sランク冒険者さまですよね? なのにお金、ないんですか?」
引きつった顔のサリーさんの声は、わずかに震えている。
サラッと作戦失敗。
冷静に考えれば、どんな言い方をしたからって、生活がかかってる当事者がスルーするはずがなかった。
「えっと、もちろん給金の支払いは大丈夫だから、そこは安心していいよ! あぁあと、新しい人を雇えるまでは、掃除とか料理とか、家事ならわたしも手伝うので! 2人にこれまで以上の負担はかけないようにするよ!?」
肉体労働は無理だけど、タイガの協力があれば魔法で掃除は出来るし、馬鈴薯の皮むき程度ならわたしにだって出来る!
洗濯だって洗浄魔法なら一発だ。
「あっ。わたしも自分の事は自分で出来ますので」
ライラちゃんが空気を読んで言った。いい子!
しん……と、応接室に静寂が流れる。
……あちゃ~、さすがに引かれちゃったかな。
でも大事な事だし、黙ってる訳にもいかなかったもんね。
「ぷっ――ぷふぅ! あはははは!」
突然、サリーさんが笑い出した。
「これ、サリー! エルカード様に失礼です」
「ごめんなさい。だって、あまりにも想像していた方と違くて、ふふふっ」
「あはは……がっかりさせちゃった?」
忘れていたけど今のわたし寝癖頭だしね。うぅ……。
呼吸を整えてサリーさんが笑顔を見せる。
「いいえ。とても親しみやすい方で、安心しました」
これは褒めてくれてるのかな? それともフォローされているのかな?
まぁ見放されていないことだけは確かだよね。
「親しみやすいというなら、わたしのことはティアって呼んでくれるとうれしいな」
エルカード様に、ご主人さま呼びは、やっぱりお尻がむず痒い。
「わかりました。ティアさま。わたしの事もサリーと呼び捨てでお呼びください」
「わたしの事も、どうぞリヒターと呼び捨てに。ティア様」
「了解。それじゃ部屋を決めたいから、屋敷を案内してもらえるかな。リヒター、サリー」
「お任せを」
リヒターを先頭に、わたし達は応接室を出る。
屋敷の大きさは外観から察しているので、わたしは再び馬サイズとなったタイガの背中の上だ。
家の中で膝から崩れる姿を見せて、2人から更に呆れられないようにね!




