豪邸の使用人 その1
リヒターさんが向かいのソファに腰掛けてくれてから数分後、ドアがノックされて、サリーさんがお茶とお菓子を乗せたワゴンを押して応接室に入ってきた。
入ってきて早々、サリーさんは言った。
「え! あのリヒターさんがご主人さまと同じ高さに座ってる!?」
わたしは噴き出しそうになるのをなんとか堪えた。
サリーさんのちょっと落ち着きがなくて抜けている所は、彼女の魅力の1つかもしれない。
「騒々しいですよ、サリー。お前もお茶の準備を済ませたならこちらに座りなさい。エルカード様のご命令です」
「は~い」
お願いであって命令のつもりはないんだけど、でもサリーさんはなんだかうれしそうだ。
全員がソファについてから、わたしたちは改めて自己紹介をした。
「――リヒターさんはこの仕事長いみたいだけど、ここへ来る前はどこに?」
「王宮におりました」
「え! それって王族に仕えていたってこと!?」
「はい」
驚いた。
ベテランの執事さんだとは思ったけれど、まさか王族の所で働いていただなんて。
「それじゃあ、ここへ転勤する事になってがっかりしたんじゃない?」
仕える主が王族から平民へ急降下だもんなぁ。
リヒターさんの輝かしいキャリアからしたら、もはや左遷同然なんじゃ?
「とんでもございません。むしろ光栄に思っております」
「本当に? 後悔してない? もし今からでも王宮に復帰できるなら、わたしとの契約は考え直しても……ああでも、16年も空けちゃったら、復帰はもう難しいのかな……?」
リヒターさんは胸を張ると、わたしの心配を取り除くようにやさしく微笑んだ。
「ご心配いただいて恐縮にございますが、これはわたしから望んだことでもあるのです。救世の英雄殿にお仕えできる機会など、時代と強運に恵まれなければ決して叶わぬ得難い栄誉にございますから。ですがそうですね……」
少し考えるそぶりを見せたあと続ける。
「後悔……とは異なりますが、残念というならば、16年間その機会に恵まれなかった事くらいでしょうか」
グサッ! 言葉のナイフがわたしの胸を貫いた。
「ご、ごめんねぇ、ずっと帰らなくて……」
「そうですよ、ご主人さま! わたし達ずっと待ってたのに。いったい今までどうしていたんですか!?」
ほっぺをぷくりと膨らませ、サリーさんが可愛らしい仕草で憤りを露わにする。
うっ……!
この流れで、「ごめん、豪邸の存在自体まったく覚えてなかったんだ。てへぺろ」なんて口が裂けても言えない!
言えるわけない!!
「え……えーっとぉ、それは……ぁ」
なんとか誤魔化さなくちゃ!
えーっと、なんか良い言い訳……誰も傷つかない素晴らしい言い訳はないの!?
………………うん。まったく思いつかない。
そもそもわたしは、嘘や誤魔化しが大の苦手なのだ。
考えてる事が顔に出ちゃうし、そゆところも人の上に立つ資質の無さな訳で、ちゃんと自覚もしている所なのだ。
ちらりと2人を見やる。
リヒターさんもサリーさんも、わたしの答えを今か今かと待っている。
くぅ、視線が重い!
……しょうがない。こうなったら交戦を避け、戦略的撤退するしかない!
なんとかして話題を逸らそう。
なんかあったかな……。
「あー……。っ、そうだ! そういえばサリーさんって17歳なんでしょう? 年齢が合わなくない?」
まさか1歳の時にメイドさんとして雇われていたなんて馬鹿な話はないだろうし。
わたしと同じように天族の血を引いている可能性も、とある理由からないと言い切れる。
「それは……」
サリーさんの表情が曇る。
何か言いにくそう?
わたしったらもしかして変な事聞いちゃった?
「わたしが前任者のあとを引き継いだ後任だからです」
「後任?」
サリーさんがしゅんとしたように俯いてしまったので、わたしはリヒターさんに視線を投げかけた。
「ではわたしからお答え致します。16年前の叙勲式の時、エルカード様が契約したのは、わたしと当時王宮の副メイド長だったサリーの祖母でした」
「サリーさんのおばあちゃんが王宮の副メイド長……?」
王様ったら、そんなすごい2人をわたしにつけてくれていたんだ。
「わたし達はこのお屋敷の執事頭とメイド長として雇われました。お屋敷に帰宅されたエルカード様へのご挨拶の後、追加で雇う使用人の数等について追々ご相談をする予定だったのです」
「だけどわたしはお城を出た足で、ここじゃなくてブリトールへ帰っちゃった、と」
リヒターさんが頷く。
「高齢のサリーの祖母は、新しく雇う使用人の目利きや、雇った使用人達のとりまとめと教育、エルカード様への助言や報告のために雇われておりましたので、下働きをする人手が足りていなかったのです」
主のわたしが殆ど行方不明みたいな状態で、人を雇うこともできなかったんだね。
うぅ、なんか知らず知らずのうちに、めちゃくちゃ迷惑かけてたんだ、わたし……。
「最初の数年は2人でなんとか業務を回しておりましたが、ある日サリーの祖母が腰を痛めてしまいまして。それからです。孫のサリーが祖母のお手伝いとして、お屋敷に出入りするようになったのは」
ずっと俯いて話を聞いていたサリーさんが顔を上げる。
「わたし、おばあちゃんみたいな素敵なメイドさんになるのが夢なんです! だからここで見習いメイドとして働きながら、おばあちゃんから色々教わって勉強もしてきました!」
ソファから降りたサリーさんが、床に両手両膝をつける。
「お願いします! どうかわたしをクビにしないでください。これからもここで働かせてください!」
「え? ちょっと、何を……」
「わたしからもお願い申し上げます。サリーは6年間、祖母の厳しい指導の元、メイドとしての仕事を叩きこまれてきた娘です。性格的に少々抜けているところもありますが、仕事は確かだとわたしも保証いたします」
リヒターさんまで、立ち上がって深々と頭を下げ始める。
「わ、わかったから! 頭をあげて?」
わたしはサリーさんのそばへと歩み寄った。
そもそもわたしが叙勲式のあと倒れたりしなければ、リヒターさんを16年も待たせる事もなかったし、サリーさんのおばあちゃんも腰を痛めることもなかった。
そして彼女にこんな不安を抱かせてしまう事もなかったってことだよね。
要するに悪いのは全部わたしってことじゃない。
それなのに彼女たちは16年もの長い間、主不在の屋敷を大切に守ってきてくれた。
「あなたをクビにするだなんて、とんでもないよ」
わたしはサリーさんの手を取った。
「むしろあなた達にはずっと苦労をかけてしまったみたいだね……。本当にごめん」
心から申し訳なくて、わたしは頭を下げた。
「ご、ご主人さま!? わたしなんかに頭をさげては……っ」
「知らなかったなんて、言い訳にもならないよね。もしサリーさんが許してくれるなら、こんなわたしが雇い主でいいと言ってくれるなら、これからもここにいてくれないかな」
わたしの目を見つめるサリーさんの瞳に光が揺れる。
「はい! これからよろしくお願いします!」
サリーさんがうれしそうに微笑んだ。
それは夢への希望が詰まっているような、とても眩しくて素敵な笑顔だった。
わたし、この子の笑顔好きだな。
「よかった。えへへ。こちらこそよろしくね」
わたしは繋いでいた両手を握り締めた。




