新居の豪邸
乗り合い馬車を乗り継ぐ事40分。
わたし達は貴族街にある豪邸へと辿り着いた。
「ティアさま……」
「うん……すっごくおっきいね」
わたしとライラちゃんは、豪邸を前にして呆然と立ち尽くした。
それはわたしの想像の10倍は大きく、だだっ広く、大豪邸だった。
正門と思われる所から正面玄関まで何百メートルあるのだろう……。
敷地が広すぎて、建物が密集しがちな王都内でまさかの空が低い。
そして建物の方も4階? 5階? くらいありそうで、一体何十部屋あるのかと思うほど大きい。
領主であるエンリの家の数倍にもなろうかという大きさだ。
おまけに割とすぐ近くに王城がどどーんと聳え立っていて、圧倒の景観なのだ。
「あの。なんでティアさまがそんなにびっくりされているのですか? ここ、ティアさまの持ち家なのですよね?」
「だってわたしも来たの初めてなんだもん」
「ええ……」
ライラちゃんの目は大豪邸に釘付けのままだ。
「ねぇライラちゃん……わたしこの家、玄関出ても門までひとりで辿り着けないかも。途中で絶対膝が終わる自信ある」
「なんでそんなに体力ないんですか……救世の英雄ですよね!?」
「じ、持病の脚気が……ゴフッゴフッ」
「脚気でなんで咳き込むんですか……嘘が下手過ぎですよ」
ライラちゃんたら、この短時間の間に随分砕けてきてくれて、お姉ちゃんはうれしいよ。
「コホン。と、とりあえず入ろうか」
門を通って敷地内へ入る。
もちろん、わたしは馬サイズのタイガの背の上だ。
最初から勝てないとわかっている勝負に挑むほど、わたしは愚かではないのだ!
もうすでにライラちゃんにはちょっぴり呆れられてしまっているし……正直、格好つける元気も残ってないし。もういいんだ。くすん。
屋敷の正面玄関前に辿り着く。
「……勝手に入ってもいいのかな?」
屋敷の風格に圧倒されていたわたしは、ライラちゃんに尋ねた。
「いいんじゃないですか? 自分の家なのですし……」
「だ、だよね!」
なんとなく、音を立てないようにそおっと玄関を開けた。
広いエントランスの中央には大きな鉄砲階段があり、途中で踊り場を1つ挟んでから左右二手に分かれて二階の廊下へと伸びている。
中に入ると花の良い香りがした。
よく見ると随所に置かれている花瓶には、瑞々しい花々が活けられている。
埃っぽさなどまったく感じられないどころか、隅々まで掃除が行き届いていてとても綺麗だ。
16年間きちんと管理されてきたんだなぁって、ひと目でわかった。
ふいに、パタンと扉の閉まる音が響いた。
音のした方をみやると、折りたたんだシーツを抱えたメイド服を着た若い女性が、こちらをじっと見つめて立ち尽くしていた。
ひょっとして雇われているメイドさんかな?
「丁度良い所に」
「あ……っ、ああああああああっ!」
わたしが声をかけたのとほぼ同時に、メイドさんが叫び声を上げた。
「ブルネットの髪! 碧眼の瞳! もももももももしかして!」
メイドさんが早足でこちらに向かってくると、わたしの正面で足を止めた。
「ティア・エルカードさま……ご主人さまでいらっしゃいますか!?」
「は、はい。……はい?」
ご主人さま?
そっか、今日初めて会う人だけど、雇い主はわたしか。
それにしても……彼女は16年前から務めているにしては、随分若いメイドさんだ。
見た目年齢はライラちゃんより2つか3つくらいの年上に見える。
「うわあああああん。一生会えないままなのかと思っていましたあああああああ」
突然泣き崩れるメイドさんを前に、わたしとライラちゃんは困ってしまった。
「サリー、一体何を騒いでいるのですか」
今度は執事服をピシッと着こなした初老の男性が現れた。
「リヒターさん! リヒターさん、大変です!! ご主人さまが!」
執事さんはわたしを見て一瞬、眉を動かした。
ただそれだけで慌てる様子もなく、落ち着いた足取りでゆっくりとわたしの前へ歩み出た。
「お帰りなさいませ、ティア・エルカード様。貴女のご帰宅を我々は心よりお待ちしておりました」
執事さんはわたしに向かって深々と頭を下げた。
それをぽかんと見つめていたサリーさんも、ハッとしたように立ち上がると頭を下げる。
「そして魔界の大魔王タイガ・ガルドノス殿もご機嫌麗しく。お隣のお嬢様も、当屋敷へのご訪問、歓迎申し上げます」
まるで洗練されたかのような美しい所作もさることながら、タイガにまで極自然と挨拶をしてくるなんて。
「この執事さん、プロだ……」
思わず思っていた事が口に出た。
「ふふふ。これでもこの仕事を続けて40年以上になります。さて……我々の自己紹介も含め、エルカード様からも色々とお話がおありでしょう。お屋敷をご案内する前に、まずは応接室にて伺いたく存じますが、いかがですか?」
「うん。わたしもそうして欲しいと思っていた所なんだ」
相手の望む先まで読むなんて……やっぱりプロだ!
執事さんが微笑む。
「では、ご案内致します。サリー、お茶の用意を」
「はっ、はい!」
メイドのサリーさんがパタパタと早歩きで行動を始めた。
わたし達の方は、先を歩く執事のリヒターさんのあとを追いかけて応接室へと向かう。
応接室にはソファーやテーブルなど、ひと通りの家具が揃ってるようだった。
部屋の奥には大きな窓もついていて、そこから差し込む陽光で室内は明るく、なかなかの感じの良い部屋だ。
「うちの応接室よりも広くて豪華です」
とはライラちゃんの感想だ。
タイガの背中からソファへと移ったわたしは、猫サイズに縮んだタイガを膝の上に乗せた。
ライラちゃんはわたしの隣に腰掛ける。
わたし達がソファに腰掛けて雑談している中、執事のリヒターさんはテーブルの横、つまりはわたしたちの斜め前にずっと立っている。
「リヒターさんも座らない? そこじゃ話がしづらいよ」
「使用人が主人と同じ高さに座るなど、許される事ではありません」
リヒターさんが頭を下げる。
ルーフィルド家の執事やメイドさん達もそうだったから、それが使用人の当たり前の作法というのはわかる。
頭ではわかっているんだけど、やっぱり腰のあたりがムズムズして落ち着かない。
エンリのところにいた時は、わたしはお客さんだったから何も言わなかったけれど、ここはわたしの家だもんね。
だったらひと言くらい、言ってもいいよね?
「ねえ、タイガの名前を知ってるって事は、わたしの出自も知ってるよね?」
「はい。ひと通りのことは存じております」
「じゃあさ、リヒターさんは自分だけ座ってる周りに立っている人がいて落ち着ける?」
「それは……ですが貴女はわたくし共の主であり、救世の英雄殿です。立場が違うのですから、その例えは参考にはならないかと」
リヒターさんの言い分は正しいのだろう。
だけど、Sランク冒険者になったからと言って、英雄と称えられたからといって、女神になったからと言って、実際のところわたし自身は何も変わっていない。
いや、寝癖とか、朝起きれないとか、飲んべえだとか、すぐ疲れるとか、変わった部分は確かにあるけれど、そゆことじゃなくて。
もっと本質的な所というか、内面的な所というか。
わたしからすれば、急に変わったのはわたしを見る周りの目の方なのだ。
「同じだよ。わたしはわたし。貴族じゃない、孤児院育ちのティア。それにね。これから一緒に生活するなら家族みたいなものじゃない? 家族からそんな風に距離を開けられるの、わたしは嫌だな」
面と向かって悪口言われたり、突っかかられて喧嘩したりは孤児院での生活で慣れているけれど、静かに溝や壁を作られるのはどうにも苦手だ。
だってそれは、気が合って仲良くなれる道も、我慢ならなくて大っ嫌いになって喧嘩する道も、どちらも選べないって事だから。
無関係な他人からどう思われようと気にはしない。
けれど身近な人には、英雄とか女神とかの立場じゃなく、素のわたしを見てもらいたい。
「……わかりました。貴女がそうおっしゃられるのでしたら、仰せのままに」
リヒターさんは少し考えてから小さくため息を吐くと、困ったように微笑みながらそう言ってくれた。




