新しい同居人
~ 時は数分巻き戻って、ティア視点 ~
リンリン。
呼び鈴が鳴っている。
「うぅ……誰ぇ?」
滞納していた家賃は払ったから、ひとまず大家さんの可能性はない。
とすると、今度こそ久しぶりのお客さん?
わたしは薄目を開けて時計を確認した。
なんだ、まだ9時18分じゃないの。
あと20分は余裕で寝られる。
「営業時間外ですよ~」
わたしはシーツに頭を潜らせるように寝返りを打った。
あぁ、平日の朝の二度寝ってどうしてこう、悪魔的に気持ちいいんだろう。
休日の二度寝にはない刺激。
寝過ごせば遅刻というギリギリ感と、悪い事をしているような背徳感がスパイスになっているのかな?
とにかく最高だよね。くふぅ……。
また呼び鈴が鳴った。
むぅ。しつこい。
これでは至高の時間が台無しだ!
「エンリの娘じゃねーのか?」
今日は起きていたのか、タイガが言う。
「ライラぁ? 何言ってるのよぉ。ブリトールから馬車だと1週間かかるの、タイガだって知ってるでしょう? 一緒に旅したじゃない。むにゃむにゃ……」
だからライラちゃんがやってくる予定は、4日後だ。
偶々早く着けたとしても3日後が精々のはず。
「ティアさまー。いらっしゃらないんですかー?」
下から女の子の声がした。
しかもわたしの名前を”さま”付けで呼んでいる。
「最近の馬車は前より速くなったんじゃねーのか?」
速くぅ……? タイガったら何を……。
ここに来てようやく、わたしはアンドリィとメディが開発したハイブリット馬車のことを思い出した。
がばっと勢いよく起き上がったわたしは、ベッドのスプリングに弾かれて空を舞い、どしん! とベッドの下に落ちた。
床に置いてあった数本の空の酒瓶も倒れて大合唱を奏でる。
「うぅ、いたたた……床と瓶にお尻打ったぁ」
でも泣いてる場合じゃない。
眼鏡だけかけて、寝癖も確認しないまま階段を駆け下りる。
慌てる手つきにヤキモキしながら、ドアの鍵を外すと、一気に開いた。
そこには幼かったライラちゃんの面影のある女の子が立っていた。
少し若い頃のエンリに似ている。
「ぜぇ、ぜぇ、ライラちゃん、だよね? ごめんね、来る日間違えてたよ。はぁ、はぁ、てっきり1週間後だと。うぅッ」
く、苦しい。酸素ぉ……。
立っているのがしんどくて、わたしは地面に両手をついてうずくまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「ら、らいじょうぶ。ちょっと……酸素足んないだけ。ぜぇ、ぜぇ」
ライラちゃんが屈みこんでやさしく背中を擦ってくれる。
あぁ、なんていい子に育って……お姉ちゃんは感激だよ。
深呼吸して息を整える。
「……ふぅ。もう大丈夫。えへへ。ライラちゃん、いらっしゃい。よく来てくれたね!」
わたしはライラちゃんの両手を取った。
ライラちゃんは少し困惑しているようだ。
「えーっと? もしかしてティアさまの娘さんですか?」
「えええ。覚えてないの? 一緒にお風呂に入ったり、一緒の布団で寝たりしたのに?」
目をぱちくりさせるライラちゃん。可愛い。
「わたしがティアだよ。ティア・エルカード。それにしてもライラちゃん大きくなったね~。見違えたよ!」
本当に綺麗になった。
そしてわたしは19年という年月をかけて、ようやく真理を悟った。
ライラちゃんのエンリ並みに立派なお胸……あぁ、やっぱり胸の大きさは食べ物だけじゃない。遺伝も重要だったのだ!
わたしはささやかな膨らみでしかない自分のお胸を見下ろした。
とほほ……。
っと、勝手に凹んでいる場合じゃなかった。
「ん? あれ? どうしたの?」
ライラちゃんが固まったまま動かない。
「おーい! 大丈夫?」
わたしはライラちゃんの肩を揺さぶった。
「はっ! だ、大丈夫です。ちょっと驚いてしまって……」
「そお? とりあえず中へ入ってよ」
わたしの後に続いて、ライラちゃんが店内を見回しながら入ってくる。
そこでライラちゃんは無造作に置かれている大小様々な牙やら角やら爪やらを見つけて、ギョッとして足を止めた。
「あー、それはタイガが『死の森』で暴れて、魔物から奪ってきた奴だよ」
わたしはライラちゃんを残してお店の奥へと進む。
「そ、そうなんですか。すごいですね。『死の森』に行けるなんて」
「タイガは見た目は黒猫だけど、魔界の大魔王だからね。むしろ物足りないと思ってると思うよっと」
冷蔵庫から果実ジュースと氷をとりだしてコップへ注ぐ。
「はい。ライラちゃん。カウンターのところの椅子使ってね」
お店の方へ戻ったわたしは、果実ジュースの入ったコップをライラちゃんに手渡した。
「あ。ありがとうございます。あっ、氷」
ライラちゃんが椅子に腰かけてからコップに口を付ける。
「すごく冷えてます」
「えへへ~。うちこんなだけど、冷凍庫付きの冷蔵庫だけは自慢なんだ!」
「魔道具のですか? 氷も作れるものとなると、確か結構お高いですよね?」
「魔道具店で買うとそうかもね。でもうちのは自作だからそこまでしなかったよ」
作るのは体力的な面で大変だったけれど、お酒をおいしくいただくためなら、わたしは労力を惜しまないのだ。
「すごいです。ティアさまは魔道具も作れるんですね!」
ライラちゃんにすごいって言われるとうれしいなぁ。
それにさっきまで表情が乏しかったライラちゃんが、やっと笑顔を見せてくれたし。
「えへへ~。別にすごくないよ。ライラちゃんも魔法学園を卒業する頃には作れるようになってると思うよ。じゃあ、わたしは二階で出かける準備をしてくるから、ここでちょっと待っててくれる?」
「出かけるって、ここがティアさまの家じゃないんですか?」
「そうなんだけど、ここじゃ3人で住むには狭すぎるからね」
急いで着替えと出かける準備を整えてから一階へ戻る。
今度はタイガもわたしについて降りてきた。
「あっ。この子がタイガちゃん?」
「そうだよ」
ライラちゃんがタイガに触れようと手を伸ばすと、タイガは避けるようにするりと身を躱した。
「はう。逃げられちゃいました」
ライラちゃんがちょっぴり悲しそうな顔をする。
「あはは。エンリも触らせてもらえるまで結構かかったからね。なかなか険しい道だよ」
「ふん」
タイガが鼻を鳴らす。
「うーん。やっぱり2人共タイガの背中に乗せてってもらうのは無理そうだね」
エンリはわたし以外でタイガが唯一その背に乗せた人だから、その娘ならと思ったんだけど。
わたしの考えは甘かったらしい。
「仕方ないから、乗り合い馬車で行こうか」
「はい」
戸締りをしてお店を出る。
大通りへ向かって歩いていると、わたしの顔にチラチラとライラちゃんが視線を送ってくる。
「なあに? わたしの顔に何かついてる? あっ、もしかしてまだ寝癖が!?」
慌てて手で頭を押さえると、いつの間にか復活していたのだろう、いくつかの寝癖が両手の平に触れた。
「あっ、いえ……。その……寝癖もですけど、眼鏡も逆さまのままじゃないですか?」
「ああこれ? これはこれで正しいんだよ。アンダーリムっていうらしいよ」
「アンダーリム……ですか? 王都ではそういうデザインの物があるんですね」
「んーどぉだろ? これって知り合いに作ってもらったものだから」
創造神クリエが『創造』の力で作り出し、わたしが持つ神の権能『改変』の力で改造した、世界にたった1つだけの特別な眼鏡だ。
「でもティアさまが目が悪いなんて意外でした。お母さまは、ティアさまは目がすごく良いって話してくれてましたので」
「ああ、これは伊達だよ」
「え? じゃあどうしてかけてるんですか?」
「ファッションだよ」
眼鏡の縁を持ち上げて、ライラちゃんにどやる。
「そ……そうなんですか? 似合っているとは思いますが……」
ライラちゃんの丸い瞳が、何か言いたそうにわたしの顔を映している。
……まぁうん、おしゃれな人は普通、寝癖のまま外歩かないもんね。
「と言うのは表向きの理由で。最近、街に魔道具が溢れているでしょう? ”天使の目”のせいでわたしには魔力が観えちゃうから、魔力図の発動の光がまぶしくてね。サングラスみたいなものだよ」
わたしが眼鏡を外してライラちゃんに手渡すと、ライラちゃんはレンズ越しに周囲を見回した。
「ただのガラス……ですね」
「普通の人にはね。はぁ、はぁ、でも天族の目には効果があるんだよ」
この眼鏡のレンズには、魔力を見えなくする代わりに幻影魔法を見えるようにする効果がある。
「お母さまからティアさまが天使だと聞かされたことがありましたが、本当に天使さまなんですね」
「は……半分だけだけどね。ぜぇ、ぜぇ。ご、ごめん。もう無理……限界」
わたしは膝から崩れ落ちた。
「だっ、大丈夫ですか!?」
うぅ、最後まで格好良くしていたかったのに、わたしの軟弱な膝め~。
そこからはタイガに運んでもらいました。




