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消された真実

違和感は、消えない。


理由が分からなくても、

説明ができなくても。


確かに“何かがおかしい”という感覚だけが、残る。


思い出せない。


だが、忘れていいはずがない。


触れたはずのもの。

出会ったはずの誰か。


それらが、最初から存在しなかったかのように消えている。


これは偶然ではない。


意図的に、切り取られた現実。


そして――


それに気づいてしまった者の物語。

(くるみ)


灰色の光が曇った空から、誰もいない教室の窓を通して滲み込んでくる。全てが鉛色に染まって、息苦しいくらいだ。


あたしは窓ガラスのそばに立って、指先を冷たい表面に軽く押し当てていた。外では、重たい雲が動いて、世界を窒息させるような一枚の幕を形成している。でも、あたしの視線は空になんて向いてない。内側を向いていた……自分の心の迷路の中へ、影みたいにしつこく消えてくれない記憶の中へ。


二年……本当に二年も経ったのか、全てが崩れ始めてから?


兄さん……元審判委員会の会長だった兄さんが、最初の崩れた駒だった。几帳面で、揺るがない信念を持った人が、一夜にして卒業後に家に戻ってきた時、目が空っぽだった。疲れの空虚じゃない。何かを抜き取られた後の空虚。


忘れていたんだ。


日常の細かいことじゃない。特定の、重い真実を。あたしは本能的に分かった……兄さんはわざとそれを背負っていたんだって。


あの頃は、何が起きているのかほとんど理解できなかった。兄さんが古いノートを見返しながら、どんどん苛立っていくのを見ていた。まるで言葉が意味を失ったみたいに。夢の中で、時々呟いていた。


『……残しちゃいけなかった……ここに……』


その隠された真実を、あたしは最終的に発見した。アカデミーの基盤を揺るがしたのと同じものを。エーテリアル、サンティ・ハイアワタの遺産、コーポレーション5i。


兄さんはその立場で、あの陰謀の断片を垣間見て、誰かを、何かを、もしかしたらアカデミー全体を守ろうとして、不器用にも一人でその知識を背負おうとした。最終的に、その重みか、それとも何か別のもの……誰かが……それを奪っていった。


でも、あたしには……サンティのあの大演説で全ての真実が明るみに出た後でも、何かが心の奥で齧り続けていた。


エーテリアルの壮大で悲劇的なパズルに、うまく嵌まらない一つのピース。


それは……デバイス。


キバが持っていた、ヤーグとその手下どもがエンマの心を……弄ぶために使った、あの忌々しいデバイス。銀太郎が、その冷酷な効率性で没収したやつ。


そして、その後……沈黙。何もない。


あの雪崩のような暴露、告白、再編成の全ての中で、デバイスは一度も言及されなかった。まるで最初から存在しなかったみたいに。まるでそれが与えた親密で毒のあるダメージが、消すことさえ値しないほど些細な余白の注釈だったみたいに。


なんで?


その思考が頭の中で響いた。鮮明で、鋭く。


全てが明るみに出たのに、なんでこれは出なかったんだ? まさか……別の物語に属しているのか?


背筋を冷たいものが走った。恐怖じゃない、まだ。不完全な謎の痒み、消えた変数を持つ方程式の苛立ち。


ガラスを短く曇らせる溜息をついて、あたしは窓から離れた。教室は絶対的な静寂に包まれていて、自分の思考の唸り声を強調していた。


リュックを掴む。動きは決然としていた。


この奇妙な動機、合わないものを理解する必要性が、まるで新しく点火されたエンジンみたいにあたしを駆り立てていた。


* * *


調査は控えめに、ほとんど臆病に始まった。


探りを入れ始めた。廊下で、図書館で、何気ない質問をしていく。


「ねえ、二年くらい前のスキャンダル覚えてる? なんか変なデバイスがどうのって」


「変なデバイスがあって……人に影響を与えられたって話があるんだけど。噂だけかな?」


答えはどれも曖昧で、混乱していた。眉を寄せる者もいた。ぼやけた記憶を取り戻そうとしているみたいに。肩をすくめる者もいた。無関心に。


「アカデミーの都市伝説の一つでしょ、山ほどあるし」


大半は歪んだバージョンしか持っていなかった。ヤーグとエンマの事件の、三次、四次情報。でもいつも、ギャングの喧嘩か普通のいじめのせいにされていた。デバイスという特定の物体、テクノロジーとしては、噂話の霧の中に消えていた。


苛立ちがあたしの中で育ち始めた。


何かの表面を引っ掻いている感じがした……荒さが残らないように丁寧に磨かれた何かの。


焦点を変えることにした。現在に答えを見つけられないなら、原点まで遡るしかない。


ノーランド・グリムストーン。


三年前に卒業した、風変わりな天才。


* * *


アカデミーの記録保管室は、埃っぽくて静かな場所だった。疲れきった蛍光灯が明滅している。


記録保管室で何日も過ごした。年鑑を調べて、クラブの記録……もちろん、技術発明部の……功績のメモを見ていく。


ノーランドは間違いなく優秀だった。でも、彼の記録は驚くほど……普通だった。あんなに不穏なものを作ったとされる人物にしては。革命的な最終プロジェクトの記録はなく、『ポイントシステムへの小規模な技術的貢献』への言及がいくつかあるだけ。


まるで彼の足跡が消されたみたいだった。


それで、あたしは論理的なことをした。外を探した。ネット、技術フォーラムで、奨学金やコンテストの記録で。


でも……何もない。


「ノーランド・グリムストーン」という名前は、意味のある結果を何も返さなかった。まるで卒業後、この世から消えたみたいに。


あれだけの才能を持つ人間にしては、それは疑わしいどころじゃない……不自然だった。


これは忘却じゃない……消去だ。


そう思った瞬間、鳥肌が立った。


* * *


そんな実りのない検索の一つで、どんどん必死になっていく検索ワードを使っていた時、アルゴリズムが違うものを表示した。


ノーランドについての結果じゃない。彼の苗字についての結果。


「グリムストーン」。


難解な記事に繋がっていた。「私立学術協会」のデジタル百科事典のエントリー。


「アカデミー・エンディミオン」について語っていた。


画像には威圧的なゴシック建築が映っていた。黒い石造りで、学校というより中世の城に近い。


テキストは乏しく曖昧だった。七つの家族の財団によって設立され、招待のみで入学可能、「古典研究と専門分野」に特化したカリキュラム。


明確な住所も、電話番号も、連絡手段もなかった。


幽霊機関だった。


心臓が速くなった。あたしは深く掘り下げた。


七つの創設家族。


名前が陰鬱なリストに現れた。ほとんど祈祷文みたいに。


【グリムストーン】

【ナイトシェイド】

【ウィンターフォール】

【ドラゴンズベイン】

【アッシュフォード】

【ワイルドソウル】

【エンバーストロム】


小声で読み上げた。一音節ごとに、冷たい重みが胸に響いた。


最初の名前以外、どれも知らない。でも読んでいると、内臓的な警告の感覚があたしを捕らえた。


恐怖だけじゃない……原始的な本能、心の最も深い部分で叫ぶ警報だった。


これは禁じられた知識だ。危険だ。離れろ!


急に目眩がした。視界の端が暗くなったような気がした。冷たい汗が手のひらに吹き出た。机に寄りかからなければならなかった。深呼吸して、突然の吐き気と、逃げたい、タブを閉じたい、これらの名前を見たことなんてなかったふりをしたいという、ほとんど圧倒的な衝動と戦いながら。


なんだよ……この家族は?


その思考は、自分の頭の中での恐怖に震える囁きだった。


ノーランドは彼らと何の関係があるんだ?デバイスと?


論理は止まれと言っていた。兄さんは危険な真実を嗅ぎ回って記憶を失った。エーテリアルはもう解決済みだ。もっと掘る価値はあるのか?主要なパズルに嵌まるかどうかさえ分からないピースのために? 病的な好奇心を満たすために?


でも、あたしの別の部分……兄さんから受け継いだ静かな頑固さの部分、現実に穴があることを受け入れることを拒否する部分が、掴んだ。


デバイスとエーテリアルの間に空白があった。


叫んでいる空白が。


そしてこれらの名前、これらの不吉な苗字が、あたしが持つ唯一の糸だった。


まだ微かに震えている手で、指にタイプを続けさせた。アカデミーの内部データベースにアクセスした。生徒の歴史的記録に。


今回はノーランドじゃなく、これらの苗字のどれかが、何年にもわたって出現していないか探した。


苗字を一つずつ入力した。


ナイトシェイド……過去50年間でゼロ件。

ウィンターフォール……ゼロ。

ドラゴンズベイン……ゼロ。

ワイルドソウル、エンバーストロム……ゼロ。


アッシュフォード。


唯一肯定的な結果の上で、カーソルが点滅した。


歴史的記録じゃない。現在のものだった。


【名前……アレクサンダー・アッシュフォード。】

【学年……1年、Bクラス。】


肺から空気が切れた。


さっき感じた冷たさが、胃を突き刺す氷に変わって、全ての神経に広がった。


そこに、画面に、現在に……彼らの一人がいた。


あの闇の家族の一員が、あたしと同じ廊下を歩いて、教室に座って、同じ空気を吸っている。


あまりにも物理的に激しいパニックの波が、あたしを腰から折り曲げた。下腹部に痙攣を感じた。自分の体からの、緊急で屈辱的な警報信号。脚が震えて、倒れないように机の端を強く掴まなければならなかった。


呼吸が浅く、喘ぐようになった。


心理的な恐怖だけじゃない……動物的な反応だった。まるで脳の原始的な部分が、自分の縄張りに捕食者を識別して、逃げろと叫んでいるみたいに。


ここにいる……彼らの一人がここにいる……今。


長い時間が経って、やっと十分に落ち着いて体を起こせた。冷たい汗が背中を濡らしていた。


もう一度画面を見た。名前が消えることに挑戦するかのように。


消えなかった。


恐怖の麻痺が、ゆっくりと、冷たく無謀な決意に変わった。


狂気だった。狂気だって分かっていた。


でも、今更背を向けられない。


もう遠くまで来すぎた。


知らなきゃいけない。


繋がりを理解しなきゃいけない。


この謎を目で見なきゃいけない。


明日。


内なる声で自分に言った。手の震えにもかかわらず、奇妙に落ち着いて聞こえる声で。


彼に話しに行く。


* * *


空気がより重く感じられた。


あたしは授業に自動人形みたいに出席した。先生の言葉が、意味なく耳に跳ね返る。心は一点だけに集中していた……授業の終わり、1-Bの教室のドア。


やっとチャイムが鳴った時、そこに確固とした足取りを装おうとしながら向かった。


ドアの前に陣取って、緊張を隠すために腕を組んだ。


一年生たちが群れをなして出てきた。笑って、押し合って。


不安な視線で彼らをスキャンした。


そして、彼を見た。


特別背が高いわけでも、威圧的なわけでもない。明るい茶色の髪と、銀色に見えるほど淡い灰色の目。ブレザーのボタンを外して着ていて、気怠そうな表情。


でも、何かがあった……動き方の静けさ、周囲の喧騒から彼を際立たせる動作の経済性。


迷うことを許さずに、あたしは近づいた。


「アレクサンダー・アッシュフォード」


あたしの声は、期待していたより確固として聞こえた。


男子……アッシュフォードは立ち止まって、あたしを見た。灰色の目が一秒間、鳥の羽ばたきのように素早くあたしを調べた。驚きは見せなかった。軽い好奇心だけ。


「はい。貴女は……?」


「桜井くるみ。三年だ」


唾を飲み込んだ。


直接的なアプローチ。それが唯一の方法だった。


声を落とした。


「知ってることがあるんだよ。デバイスについて。ノーランド・グリムストーンについて」


一瞬、その灰色の目の中で何かが変わった。


警戒でも、怒りでもない。


関心だった。突然の深い関心。期待していなかった何かを見つけたみたいに。


それから、彼の唇に微笑みが浮かんだ。


温かい笑顔じゃない。奇妙に礼儀正しい笑顔だった。


「まあ」


アッシュフォードが言った。声は柔らかい。


「それは予想外ですね。ここはそんな話をする場所じゃないでしょう?」


廊下の喧騒に向かって頭で示した。


「東の中庭は今の時間は空いていますよ。どうでしょうか?」


あたしは頷いた。胃に新しい不安の塊を感じながら。


彼の反応は、発覚した人間のものじゃなかった……楽しんでいる人間のものだった。


彼は隠れた場所じゃなく、東の中庭……その時間は比較的静かだけど開けた場所に、あたしを導いた。葉が金色になり始めている木の下で立ち止まった。


秋の風があたしの前髪と戯れていたけど、感じなかった。


「それで」


アッシュフォードが始めた。幹に気軽に寄りかかって。


「デバイス。ノーランド。よく調べてますね」


あたしは、状況をコントロールしなきゃと感じて、飛び込んだ。


ノーランドが作ったデバイスについて、それがどうやってキバの手に渡ったか、ヤーグたちによる使用、記憶と意志を変える能力について話した。


彼の顔を注意深く観察した。否定の閃光、不快感を探して。


来なかった。


代わりに、アッシュフォードはゆっくりと頷いた。よく学んだ授業を暗唱する生徒を聞く教授みたいに。


「コレクト」


彼は単純に言った。


「貴女の調査は驚くほど正確ですね、情報源の……制限を考えると」


あたしは凍りついた。


認めるのか?こんなに簡単に?


「じゃあ……本当なのか?」


あたしは尋ねた。声はほとんど囁きだった。


「もちろんです。ノーランドは天才です。七つの一族にとって最も価値ある資産の一人ですよ。その神経デジタル・インターフェースの仕事は、僕たちにとって前例のない進歩でした」


『一族』


その言葉があたしの耳に響いた。


「一族?七つの……?」


「エンディミオンの七つの創設家族、はい」


アッシュフォードが完成させた。微笑みが少し大きくなった。


「グリムストーン、ナイトシェイド、ウィンターフォール、ドラゴンズベイン、アッシュフォード……それが僕です……ワイルドソウル、エンバーストロム。僕たちは特定の……血統と知識を維持しています」


「エーテリアルと何か関係があるのか?」


「いいえ。エーテリアルと5iの策略は……アカデミーの現実の一つの層でした。デバイスは異なる性質のものです。並行したプロジェクト、とでも言いましょうか」


「プロジェクト?誰の?」


「ノーランドのですよ、もちろん。ノーランドは指示と資源を受け取りました。このアカデミーの雰囲気、その孤立したシステムは、詮索好きな視線から離れた、理想的な実験場でした。デバイスは彼の傑作でしたが、残念ながら、まだベータ版です。完璧からは程遠い」


あたしは処理しようとした。


「ベータ?何のため? 何をするんだ?」


心は既知の効果を反芻していた……催眠、暗示、記憶の改変。


「催眠?記憶の消去?」


アッシュフォードは手で曖昧な仕草をした。


「それらは粗雑な応用です。より深いメカニズムの副作用に過ぎません。デバイスのシステムは、根本的な原理に基づいています。貴女の世界の合理主義的な科学が無視し続けている原理です」


彼は一呼吸置いて、声を下げた。ほとんど親密なトーンに。恐ろしいほど絶対的な確信に満ちていた。


「支配の魔術に基づいています。具体的には、秘術催眠の円です」


瞬きした。


それから、弱々しく神経質な音が唇から漏れた。ほとんど笑いだった。


「魔術?」


この文脈で出てくるその言葉は、馬鹿げていて、不条理に聞こえた。


「……冗談か?」


アッシュフォードの表情は変わらなかった。あたしの不信感に腹を立てなかった。ただ……同情的に見えた。原子の存在を否定する子供の前の大人みたいに。


「否定は最初の反応です。自然なことですよ」


彼はブレザーの内ポケットに手を入れて、何かを取り出した。


テクノロジーの人工物じゃなかった。


杖だった。


シンプルで、暗い木製、自然な微かな曲線と、乳白色の小さな水晶球を含んでいるように見える先端。


「僕は魔術師です、くるみ先輩。ノーランドもそうでした。七つの一族の僕たち全員がそうです」


「信じない……信じないぞ」あたしは吃りながら、一歩後退した。


これは手の込んだトリックに違いない。サディスティックな嘲笑。


「信じる必要はありませんよ」


彼は柔らかく言った。


「ただ観察してください」


劇的な仕草はしなかった。ただ杖を軽く上げて、数メートル離れた枯れ葉の山を指した。


何かを囁いた。あたしには堕落したラテン語に聞こえる言葉、空気の中で捻れる音。


ファンタジーの呪文じゃなかった……現実の織物そのものへの囁かれた命令だった。


そして現実は従った。


杖の先端から小さな炎が現れた。オレンジ色でパチパチ鳴るものじゃなく、青白い、冷たく静かなもの。空中に浮かんだ。超自然的な火の涙。


息を止めた。


それから、アッシュフォードが別のフレーズを呟いた。


「火よ、育ち広がれ」


炎の涙が痙攣した。拡大した。普通の火みたいじゃなく、スローモーションで開く毒の花みたいに。目に見える熱の同心円を形成して、空気を歪ませ、杖の軸の周りを回転した。


枯れ葉の山は燃えなかった……ただ一瞬で炭化して、煙のない灰色の小さな山に還元された。


熱があたしの顔に届いた。乾いた、不自然な熱。


トリックじゃない。プロジェクターも、隠された燃料もない。


何もないところから火が生まれるのを見た。話された意志に従うのを見た。


物理学、論理、あたしが育った安全で予測可能な世界が、あたしだけに聞こえるパキッという音を立てて砕けた。


制御不能な震えが膝から始まって、全身を駆け上った。脚が震えた。


もう恐怖だけじゃない。


怪物的な真実の認識だった。


魔術は存在する。


そしてこの男子、この一見普通の一年生は、その実践者だった。


アッシュフォードは杖を下げて、炎は消えた。元の無に吸収されて戻った。


あたしの反応を楽しんでいた。彼の目に見えた……恐怖に怯えた無力の前での、力の冷たい喜び。


「分かりましたか?」


彼は言った。声はまだ柔らかい。


「貴女の世界は……とても限定的です。ノーランドのデバイスは、この力をテクノロジーを通してチャネル化する試みでした。再現可能で、拡張可能にするための。秘術と人工の橋。支配、はい。でも貴女が想像する卑劣な支配じゃありません。変数の支配です。知覚の。究極的には、運命の」


あたしは必死に出口を探した。麻痺した心は、一つの質問しか生み出せなかった。


「なんで?何のためにそんなものが欲しいんだよ?」


アッシュフォードの微笑みが消えた。絶対的な冷たさに置き換えられた。


「それは、先輩、貴女の知るべきことではありません。そして残念ながら、貴女は見過ぎてしまいました」


パニック……純粋で透明なパニックが、あたしの胸に爆発した。


逃げろ!!!


本能が叫んだ。


考えずに、あたしはしゃがんで、庭の乾いた土に指を引っ掻いて、埃と砂利の一握りをアッシュフォードの顔に投げた。


哀れな、必死な仕草だった。


埃は彼に届きさえしなかった。見えないガラスにぶつかったかのように逸れて、彼の足元に落ちた。


あたしが体を起こす前に、逃げるために踵を回す前に、アッシュフォードはもうあたしの前にいなかった。


後ろにいた。


振り返った。心臓が破裂しそうで。


そこに立っていた。髪一本乱れずに。まるでずっとその場所にいたかのように。


動きも、ぼやけも見えなかった。


瞬間移動だった。不変だと信じていた法則の、もう一つの違反。


「逃げないでください、先輩」


アッシュフォードが言った。声はもう礼儀正しくなく、平坦な命令……あたしの骨に響く権威を帯びていた。


「無駄ですよ」


あたしは膝をついた。


涙……熱くて屈辱的な涙が、視界を曇らせた。


恐怖はあまりに完全で、麻痺させた。


エーテリアル……悪夢の怪物の前でさえ、こんな絶対的な無力は感じなかった。


これはもっと悪かった。


これは知性、力、そしてあたしの人間性への完全な無関心だった。


アッシュフォードが近づいてきた。あたしの前にしゃがんで、同じ高さになった。


彼の表情は積極的な残酷さではなく、実用的な諦めだった。不快だけど必要な手順を実行しようとしている技術者みたいに。


「ごめんなさい、先輩……」


彼は言った。一瞬、あたしは彼の灰色の目に本物の後悔の閃きを検出したと信じた。


「貴女が持っていた真実の断片で満足していれば良かったのに。貴女の人生を生きることができたのに。でも僕のところに来た。そして僕の命令は明確です」


彼は別のポケット……ズボンのポケットに手を入れた。


手を出した時、あたしは世界全体が止まったと感じた。


彼の掌にデバイスが乗っていた。


想像していたより小さかった。磨かれた金属の暗い長方形で、横目で見ると動いているように見える複雑な模様があった。中央に、深い青……ほとんど黒いタッチスクリーン。


アッシュフォードが側面の何かを押した。


画面が点灯した。


アイコンやインターフェースじゃない。


ただ輝きだった。


強烈な、鮮やかな、催眠的な青い輝き。


夜明け前の深い空の色、氷河の氷の色、超自然的な炎の核心の色。


あたしは視線を外せなかった。


輝きが呼んでいるようだった。静けさ、平和、甘い忘却を約束して。


崩壊の瀬戸際の心が、その約束に縋りついた。


「忘れます……」


アッシュフォードの声が言った。今は遠く聞こえる。井戸の底からみたいに。


「デバイスについて全て忘れます。ノーランドについて。七つの一族について。この会話について。僕について……」


あたしは戦おうとした。思い出そうとした。


兄さんの名前。空虚の感覚。調査。画面の苗字。


でも言葉が、水の中の砂糖みたいに溶けていった。


催眠的な青と男子の秘術的意志の影響下で、あたしの心は自分自身を書き換えていた。


「なに……?」


あたしは呟いた。声はかろうじて糸のよう。


「デバイスって……なに?」


デバイス?どんなデバイス?この男子は何の話をしてるんだ?


混乱は絶対的だった。


あたしの執着だった疑問が、煙みたいに消えていった。


男子は続けた。声は長いトンネルのこだまみたい。


「貴女が僕のところに来たのは残念です。疑念を自分だけに留めて、人生を続けることができたのに。でも僕の命令は明確です。七つの家族には根本的なルールがあります……誰も僕たちの魔術師としての存在を知ってはいけない。心配しないでください。このデバイスを使うつもりはありません。僕はただ、それを回収するためにここにいるだけです。誰かが緑地帯に埋めて、処分したと思っていました。幼稚ですね。魔術師にとって、これのような残留エネルギーを帯びた物体を見つけるのは……些細なことです」


彼は一呼吸置いて、あたしは青いベールを通して、彼の最後の微笑みを見た。


「僕は普通の生徒としてここで三年間過ごします。予定よりずっと早く任務を終えました。貴女の命に危険はありません。ただ……頭の中の穴が一つ少なくなるだけです」


あたしの心が消えた。


最後の混乱が理解不能な囁きに混ざり合って、柔らかく心地よい闇が、完全にあたしを包み込んだ。


* * *


ゆっくりとした瞬きで、あたしは目を覚ました。


東の中庭のベンチの隣、地面に座っていた。鈍い痛みがこめかみで脈打っていた。


周りを見回した。方向感覚を失って。


ここで何してたんだ?


立ち上がって、スカートの埃を払い落とした。


ああ、そうだ……


曖昧な記憶が形を取りながら、あたしは思った。


運動してたんだ。ちょっと走りすぎて、めまいがした……脱水症状だな……


最寄りの水飲み場に向かって、少し水を飲んだ。冷たい液体が少し頭をすっきりさせてくれた。


空を見上げた。オレンジ色に染まり始めている。


もうすぐ卒業だ。


突然の不安の波……でも馴染みのある不安が、あたしを襲った。


大学が次の論理的なステップだった。兄さんがしたように。


でも……何を勉強したい?人生で何をしたい?


異なる不安の波……もっと世俗的な不安が、あたしを襲った。


迷っていると感じた。


アカデミーの謎に、兄さんの過去に、既に明らかにされた秘密に……長い間集中しすぎて、自分自身の未来を完全に無視していた。


なんでこんなに長い間、考えずに過ごしちゃったんだろ?


こめかみを擦りながら、自分に尋ねた。


心が与えた答えは明確で、少し恥ずかしかった。


『怠け者だからだ。決めるのが怖いから。他人のパズルに執着する方が、自分のパズルを組み立てるより簡単だから』


溜息をついて、決心した。


明日、同級生と話す。信頼できる先生たちと。


これについて真剣になる。


自分の道を見つけなきゃ。


窓の前を通り過ぎた時、自分の姿が映った……少し髪が乱れた、本物の、でもありふれた心配の表情を浮かべた女の子。


それ以上でもそれ以下でもない。


宇宙的恐怖の痕跡も、不可能な啓示も、全て溶けていた。


大人になろうとしている思春期の女の子の普通の混乱だけが残っていた。


寮に戻りながら歩いていると、最後の取るに足らない疑問が意識の端に浮かんだ。心がもう名付けられない空白を説明する論拠を探していて、すぐに捨てられた。


『なんで、正確に、こんなに長い間考えずに過ごしちゃったんだろ?』


あたしに残された唯一の謎……そして、最も静かな夜にあたしを苦しめるものは、漠然とした失われた時間の感覚だった。


それからもう一つ。廊下で、茶色の髪と灰色の目を持つ一年生の男子とすれ違う度に感じる、説明のつかない胸のざわつきだ。それは好奇心とも、警戒心ともつかない、ひどく曖昧で……けれど無視できないほど強く、あたしの意識を彼へと惹きつけてしまうものだった。

次回――


彼らの視点。


表には出てこなかった者たち。


語られなかった時間。


その裏側で、確かに存在していた関係。


幼い頃から続く繋がり。


何気ない一言が、誰かの未来を変えることもある。


気づかないまま交わされた約束。


守られ続けてきた距離。


そして、選ばれた役割。


観測者として、関わり続けた日々。


だがそれは、ただの傍観ではない。


誰かを守るための選択。


誰かの隣にいるための理由。


これは戦いではない。


だが確かに、物語の一部だ。

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