監視される目、受け継がれた血、閉ざされた檻
物語は完全に“分岐”した。
それぞれが、それぞれの目的のために動き出す。
そして――視点は、ひめかへ。
閉ざされた空間。
守られているはずの場所で感じる、逃げ場のない圧迫感。
自由はない。
選択もない。
ただ与えられる情報と、突きつけられる現実。
自分は何者なのか。
なぜ、自分なのか。
その問いの先で、彼女は“知ってしまう”。
それは救いではない。
だが――絶望でも終わらない。
(ひめか)
沈黙が、何よりも重かった。
目覚めてから十度目になるだろうか……部屋を見回す。広々としている。確かに快適だ。上質な綿のシーツが敷かれた広いベッド、空の本棚がついた机、小さなソファ、そして完璧に清潔なプライベートバスルームへと続くドア。身体が必要とするものは全て揃っている。壁の搬入口から時間通りに運ばれてくる食事、温かいお湯、調節可能な照明、管理された室温。
でも、壁が白すぎるの。滑らかすぎる。窓がない。鏡もない――バスルームの小さなもの以外は。空気はHEPAフィルターと何か……化学的な無菌性の匂い、研究室の清潔さの匂いがする。
豪華な檻、ね……。拳を握りしめる。よく世話された標本。
ベッドの端に座り、目を閉じて思考を整理しようとする。ここ数日は渦のようで、でも一つの瞬間が鮮明に、痛いほど繰り返し蘇ってくる――
* * *
――四日前、アカデミーの寮での出来事。
不安が胃を捻る。四階の自室の窓から、遠くでスキルが発動する閃光が見えた。衝突の音が遠く響いていた。
アレンがあそこにいる。
アレンとりんさん。
いつもアレンとりんさん。
その考えが嫉妬の痛みと共にやってくる――すぐに恥ずかしくなる。今はそんなことを考えている場合じゃないのに。でも無視できない。目を閉じるたびに、二人が肩を並べて戦い、言葉なしで理解し合い、完璧なペアになっている姿が見える。わたくしには……
ドアが開く音が、思考から引き戻す。
飛び上がり、防御姿勢をとる。スキルを発動――でも今は、発動するたびに融合されたデータとの奇妙な同調を感じる。神経が震える。
でも、ドアにいたのは攻撃者じゃなかった。
「リリスヴァランクールさん……」
いつも遠くから見ていたAクラスの生徒、多くの人が話すけど誰も本当には話さない謎めいた天才を認識する。そして……彼女がこの全てを始めた張本人。アレンをこの問題に引きずり込んだ人。
怒りを抑える。
リリスがゆっくりと近づいてくる。見慣れない制服――戦闘服のようなもの――を着ていて、その表情はわたくしが数少ない記憶の中で見たものとは違う。より強烈で、より……切迫している。
「不知火ひめかさん」
リリスが言う。声は穏やかだけど、金属的な鋭さがある。
「私と一緒に来ていただきたいの。今すぐに」
「あんたと?」
一歩後退する。
「なぜ? 何が起きているの?」
「起きているのは、このアカデミーが崩壊寸前だということですわ」
リリスが答え、もう一歩近づく。
「衝突は単なる症状。病は構造的なものですの。そして……あなたはその病の核心の一部ですわ」
寒気が走る。
「どういう意味?」
「完全な説明をする時間はありませんの。でもこれだけは約束しますわ――自発的に私と来てくだされば、あなたの安全を保証できます。ここに留まれば……」
リリスが窓の方へ曖昧な仕草をする。
「その後に来るものは優しくありませんわ。あなたにも、アレンにも」
アレンの名前でさらに緊張する。
「アレンについて何を知っているの? 彼に何をしたの!?」
「何も。ただ彼が知る必要があることを与えただけですわ。誰も敢えて与えなかったものを。私と来てくださいな。それが最善ですわ」
「最善なのは、彼らを助けることですわ!」
怒りが恐怖に取って代わり始める。
「あんたと逃げることじゃない、あんたが本当は誰であろうと」
リリスが溜息をつく――本物の苛立ちの音。
「ひめかさんは彼と同じくらい感情的ですわね。いえ、もっとかもしれませんわ」
恐怖が募り、明晰に考えられない。彼女と対峙する代わりに……もっと単純なことができる。
震える手をポケットに入れ、スマホを取り出す。アレンに素早くメッセージを送るために。
でもリリスの眼差しが、わたくしがスマホを取り出すのを見て暗くなる。
「彼に電話するつもり? 警告するつもり? 彼はあなたを来させないでしょう。彼はあんたを守ろうとして、その過程で、二人とも死ぬかもしれませんわ」
「そんなこと分からないでしょう!」
「分かりますわ」
リリスが言い、初めて、その目に……憐れみのようなものが見える。
「分かりますわ。モデルを見たから、データを、確率を。あんたがここに留まった場合の生存率は17%。私と一緒なら、93%」
首を横に振る。指がスマホの画面の上で震える。指が画面に触れようとした瞬間、リリスが動いた。
速い。速すぎる。
スキルの動きじゃない――純粋に訓練された効率。リリスの手がわたくしが書き始める前にスマホを掴み、手から奪い取り、その華奢な体格には不釣り合いに思える手首の動きで、床に叩きつけた。
ガラスの割れる音が酷く、決定的だった。
粉々になった画面を見つめる。空白のメッセージ、送信されないまま、画面は……全てが割れたガラスの上の黒い線に変わった。
何かがスマホと一緒に壊れた。
その感覚は内臓的だった。圧倒的な無力感、侵害。そのスマホはわたくしの繋がり、アレンへの、外の世界への生命線だった。今はただの技術的なゴミ。
「壊した……わたくしの……」
囁く。自分でも分からないのに、熱い涙が溢れそうになる。
「わたくしの……だったのに……」
「ただのスマホですわ。アカデミーが与えたものがまだありますわよ」
リリスが感情なく訂正する。
「もう分かりましたでしょう」
少しかがんで、わたくしの目を直接見る。
「決断は単純ですわ、ひめかさん。自発的に来るか、この二人の騎士たち」
ドアの方へ仕草をする。そこで初めて、大きくて静かな二つの影が待っているのに気づく――
「にあなたを運ばせるか。私は前者を好みますわ。みんなにとってトラウマが少ないですもの」
床のスマホの破片を見て、それからリリスを、それから廊下の影を見る。恐怖が喉に結び目を作るけど、その下で屈辱が燃える。
アレンは戦っている。りんさんが彼の側にいる。そしてわたくしは……わたくしはただここにいて、脅されて、弱く感じている。
でも統計のことも考える。生存率17%。
そして考える――ここで死んだら、二度とチャンスがない……彼に自分の気持ちを伝えるチャンスが。物事を正すチャンスが。
「わたくしを傷つけないと約束してくださる?」
声が震える。
「生きた研究対象としてのあなたの価値は、死体としてよりも無限に大きいと約束しますわ。それが私が与えられる最も正直な真実ですわ」
リリスが答える。
慰めにならない。でも何かではある。
一度、短く頷く。
「分かりました……わ」
部屋を出て、軍服のような制服を着た二人の護衛の間を通る。リリスが一瞬後ろに留まるのが目の隅に映る。
リリスがわたくしのスマホを取り、素早く何かを書き、それから床にそのまま置いていく。
何を書いているのかしら?
疑問が浮かぶけど、護衛の一人が優しくも断固としてわたくしを階段へ導いた時、その疑問は消えた――。
* * *
目を開ける。
記憶が口の中に苦い味を残す。降伏した。抵抗より生存を選んだ。それは臆病? それとも実用主義?
決められる前に、ドアが音もなく横にスライドする。
リリスが入ってくる。もう軍服は着ていない――アカデミーの制服の上に白い研究用の白衣を着ている。
「こんにちは、ひめかさん」
中断された会話を再開するかのように挨拶する。
ベッドから動かない。
「リリス。あんたの実験用ネズミがまだ生きているか見に来たのかしら?」
リリスは口調を無視し、唯一の椅子に座り、適切な距離を保つために引き寄せる。
「説明しに来ましたの。なぜあなたがここにいるのか。あなたにはそれを知る資格があると思いましたわ」
「説明?」
短く苦い笑いを漏らす。
「もう理解していると思いますわ。アレンが全て話してくれましたもの。5iについて。エーテリアルについて。どうやってあんたたちがわたくしたち全員を実験動物として使ったか。そして彼に何をしたか」
声が硬くなる。
「アレンをほとんど壊すような真実を話したこと。それは許しませんわ。決して」
リリスが首を傾げる――本当に困惑している。
「許す? なぜ? 私はデータを与えました。状況の現実を与えましたの。彼が無知のままで、理解していない大義のために戦い続けることを望んでいたの?」
「彼に相応しくない重荷を背負わせなかったことを望んでいましたわ!」
立ち上がり、爆発する。
「あんたと話した後の彼を見ましたわ。壊れていた。そしてあんたはただ立ち去った、そうでしょう? まるで今日の善行を終えたかのように」
「真実は善行ではありませんわ」
リリスが冷たく言う。
「事実ですわ。そして事実には道徳的な重みはありません。アレンさんが現実を扱えないなら弱いの。感情は判断を曇らせます、そして彼の判断はあなたに、りんさんに、他の人たちに、彼の感情的な取り巻き全員によって常に曇らされていますわ」
血が沸騰するのを感じる。
「あんたは何? 冷たくて打算的だから優れているの? 人々を誘拐して人生を破壊しながら聖人のように振る舞っているの? ここで自分が善人だと思っているの?」
初めて、リリスの無表情な顔に何かが横切る――本物の困惑。
「私は何も悪いことはしていませんわ。科学的進歩に従っているだけ。このアカデミーと潜在的に外の世界を脅かす問題を解決しようとしていますの。私の方法は利用可能な最も効率的なものですわ。それが私を『悪い』人間にするの?」
じっと見つめる。
リリスの言い方に何か……奇妙なものがある。悪役の皮肉な正当化じゃない。本当に、正直に、非難を理解していない人の論理的な宣言。
まるで……道徳的な羅針盤が壊れているみたい。
それとも、最初から存在しなかったのかしら。
不快な寒気が怒りに取って代わる。
「話題を変えましょう」
リリスが言う。まるで無関係なデータをホワイトボードから消すかのように。
「ひめかさんがここにいるのには特定の理由がありますわ。ランダムな被験者だからではありませんの」
「そうなの?」
「そうですわ。鍵となる駒。受け継がれた鍵」
リリスが少し前傾する。
「あなたは最初のエーテリアルを創造した科学者の直系の子孫ですわ」
部屋から空気が抜けたようだった。
「何……ですって?そんなの不可能ですわ。家族に科学者なんていませんもの。母は会計士、父は会社で……」
「ひめかさんの母方の曾祖父ですわ」
リリスが遮る。
「アロン・ウルフリック。彼の世代で最も有望な神経科学者の一人、2068年にコーポレーション5iの前身に採用されましたの」
その姓でぞっとする。
「ウルフリック……それは母の旧姓。でも母は一度も……」
「恐らく知らなかったのでしょう」
リリスが肩をすくめる。
「もしくは隠していた。家族のトラウマは埋められる傾向がありますわ。アロン・ウルフリックは2073年の死後、公的記録から消えました。公式には精神衛生上の問題で。非公式には、彼の研究が……従来の倫理が追随できない道を辿った時でしたの」
再びベッドに座る。脚が弱い。
「どうしてそんなに確信できるの?」
「あなたがアカデミーに入学した時、あなたの全ての家族データ、系譜記録、医療履歴……全てがデジタル化され分析されましたから」
リリスが説明する。まるで日常的な実験室のプロセスを説明しているかのように。
「遺伝的相関は最初は弱かったの。でもあんたのエーテリアルの異常に対する生理的反応のデータを追加した時、生体電気的サイン……確率は99.7%を超えて跳ね上がりましたわ」
「わたくしの反応?」
胸に触れる。エーテリアルの攻撃中に時々奇妙なうずきを感じる場所。
「全てが明確な時系列に収まりますの」
リリスが続ける。目に輝きがある――魅力的な発見を共有する人の輝き。
「一年生の時、アカデミーの異常は散発的でした。二年生で、より頻繁になり、明確な形を取り始めましたの。三年生、今年、全てが開花しました。エーテリアルは単に現れるだけでなく、パターンを持ち、行動を持ち、ほとんど創発的な意識を持っています。そしてその全ての核心、エーテリアル原初……あなたに反応していますの」
めまいを感じる。
「わたくしに……反応している?」
「あなたの中に創造者の存在を感じていますわ」
リリスの声がほとんど畏敬の囁きに下がる。
「遺伝的なエコー、エピジェネティックな共鳴……正確なメカニズムはまだ確信していません。でも経験的証拠は圧倒的。あなたがいるところ、エーテリアル原初の活動が激化します。そしてエーテリアルのデータがあなたのデバイスと融合した時……」
「融合のことをどうして知っているの?」
凍りつく。
リリスが微笑む――目には届かない小さな仕草。
「アカデミーが与えたスマホですわ、ひめかさん。ただのスマホじゃありません。バイオメトリック監視装置、データ収集器、送信機ですの。異常が起き、あなたのデータがそれと融合した時、中央システムが異常を記録しました。私たちが必要としていた確認でしたわ」
わたくしのプライバシー……わたくしの人生……全てが彼らにとってただのデータだった。
新しく深い方法で侵害されたと感じる。
「なぜ?」
声が壊れる。
「なぜわたくし? なぜこの……この『エーテリアル原初』が会ったこともない曾祖父に反応するの?」
「創造は痕跡を残しますから」
リリスが単純に言う。
「そしてその痕跡は受け継がれます。ウルフリック博士は単に怪物を創造しただけではありませんの、ひめかさん。生の人間の感情と……何か他のものの交差点に存在する新しい形の意識を創造しました。そしてあなたはそれと相互作用する鍵を持っていますわ」
長い一分間沈黙し、処理する。部屋がさらに小さく感じられる。壁がより近い。
「わたくしに何をさせたいの?」
「理論的には単純なことですわ。あなたにエーテリアル原初を表面に引き寄せてほしいの。隠れ家から……これらのものが存在するどこからでも。ここに、私たちの次元に来れば、私の同僚たちとわたくしがそれを封じ込め、研究し、そして最終的に排除できますわ」
「排除?」
「中央の核が破壊されれば、エーテリアルのネットワーク全体が崩壊します」
リリスが説明する。初めて、その声に感情のようなもの――興奮――を検出したと信じる。
「消え去ります。アカデミーは安全になります。世界は安全になります。全てがこれ以上の生徒を直接的な危険にさらすことなく」
誘惑的な提案。誘惑的すぎる。
「もし上手くいかなかったら?もしそれを怒らせるだけだったら? もしくはここに引き寄せることがもっと悪いことを引き起こしたら?」
「不測の事態がありますわ」
リリスが言うけど、視線がほんの一瞬逸れる。
「主なことは、あなたが協力することですわ。自発的な方が良いの。あなたの感情的反応は刺激の一部ですから」
自分の手を見る。
できるのかしら? この……ものを引き寄せることが? 自分の祖先が創ったもので火遊びすることが?
そしてアレンのことを考える。彼の決意に満ちた顔。いつも他の人を守るために飛び込んでいく姿、自分を犠牲にしても。
もしこれを終わらせる方法があるなら……本当に終わらせる方法が……これがわたくしの彼を守る方法かもしれない。一度くらいは。
「少し時間が必要ですわ」
顔を上げる。
「これを処理するために」
リリスがわたくしの顔を観察し、それから頷く。
「明日の朝まで時間を差し上げますわ。でもこれだけは理解してくださいな、ひめかさん――協力してもしなくても、プロセスは続きます。私の同僚たちは私ほど辛抱強くありません。そして彼らには、私たちが必要とする反応を引き出すための、より……直接的な方法がありますの」
立ち上がって去ろうとするけど、ドアのところで止まる。
「より大きな善について考えてくださいな。それが重要な唯一の羅針盤ですわ」
ドアがスライドして閉まり、再び沈黙の唸りと、求めもしなかった遺産の重みと共に一人になる。
* * *
時間がゆっくりと過ぎる。
食べられない。ベッドの中で寝返りを打ち、思考が渦巻く。
アレン……
心が幼少期に戻る。いつもわたくしを追いかけてきた、乱れた髪の陽気な男の子。他の人と繋がることができない自分の無力さに苛立ち、時々彼を遠ざけた。厳しい言葉。軽蔑的な視線。
最も鮮明な記憶――事故が起きた日、わたくしが彼に嫌いだと叫んだ日。その記憶は決して消えない。彼に与えた全ての痛みを償わなければならないと感じる。
なぜなら、決して彼を嫌ったことはなかった。決して彼から離れたくなかった。ただの甘やかされた、頑固で強情な子供だっただけ。
『彼にあんなに痛みを与えた……』
シーツを握りしめる。
『そしてこの長い年月の後、ここで再会した時……彼はまだわたくしを気にかけてくれた。まだ心配してくれた。わたくしは……変わりたい。変わった、よね? 再会してから、より良くなろうと努力してきた。でも……』
りんさんがいる。
りん。アレンをわたくしには決してできない方法で理解しているように見える女の子。彼と並んで戦い、彼の後ろではなく。彼をより弱くするように求めることなく、彼の重荷を分かち合う。
嫉妬は苦くて馴染みのある毒。
『公平じゃない……わ』
枕に顔を埋める。
『やっと再スタートできたのに。やっと自分の気持ちに気づいたのに。そして今ここにいて、彼女が彼と一緒にいる……』
アヤさん、エリザさん、かんなさん……友達。アレンの良い友達。でも彼に対する自分の気持ちへの脅威だとは感じない。同じようには。
りんさんは違う。
りんさんは……対等。
睡眠は、ついに来た時、不安で、割れた結晶と、曾祖父の名前でわたくしを呼ぶ影の夢でいっぱいだった。
* * *
慌ただしい足音で目が覚める。
リリスがわたくしがやっと目覚めた時に入ってくる。
「決断は?」
リリスが前置きなしに言う。
彼女を見る。目がより暗く、クマができているように見える。
「手伝いますわ。でもあんたがわたくしを強制しているからじゃない」
リリスの眉が僅かに上がる。
「そうするのは、理解したいから」
ベッドから立ち上がる。
「家族のことを理解したい。この……原初のことを。そしてこれを終わらせたい、みんなが安全でいられるように」
『アレンが安全でいられるように』
リリスが微笑む――奇妙に満足そうな、ほとんど温かい表情。
「論理的な推論、許容可能な感情的要素付き。よろしいですわ」
何か言おうと口を開こうとした時、誰かが突然入ってくる。
背の高い、痩せた男。頭髪は刈り込まれた灰色で、目は魂がないように見えるほど薄い青。リリスと似た研究用白衣を着ているけど、首には薄い光で点滅するバッジとデバイスがついている。
その視線がわたくしを家具のように通り過ぎ、リリスに突き刺さる。
「ヴァランクールさん」
声が荒い。紙やすりのよう。
「スケジュールが動いた。プロセスアルファを加速する必要がある」
リリスが硬直する。
「リヒター博士。プロトコルでは制御された暴露のために72時間の準備が定められていますわ。被験者は協力することに同意したばかりですが、必要なのは――」
「被験者はもう何も必要としない」
リヒターが遮る。
「必要なのは、T マイナス30分で共鳴チャンバーにいることだ。外周センサーが異常を示している。侵入の可能性がある」
心臓が跳ねる。
侵入? アレン?
「侵入ですの?」
リリスが眉をひそめる。
「誰の?」
「重要か?」
リヒターが焦れた仕草をする。
「競合他社のエージェントかもしれん。要点は、干渉されるリスクを冒せないということだ。プロトコル原初を今起動するか、機会を失うかだ」
「急激な暴露のデータは壊滅的ですわ!」
リリスが主張し、わたくしは何かに気づく――普段とても制御されている彼女の声に震えがある。
「慎重な段階的暴露なしでは、制御不能な連鎖反応を引き起こすか、被験者の共鳴能力を永久に損傷するか、もしくは――」
「もしくは成功するかもしれん」
リヒターが薄く不快な笑みを浮かべる。
「取締役会が加速を命じた。君の異議は記録された、ヴァランクールさん。今は従え」
二人の間の視線は電気的。
息を止めて観察する。リヒターの目に純粋な軽蔑を見る。彼の姿勢が侵略的で支配的なのを見る。彼がリリスについて話し、リリスと話さないのを見る――まるでリリスが道具で、人間じゃないかのように。
そしてリリスの表情を見る。
恐怖じゃない。怒りじゃない。
……困惑。
まるでリヒターがなぜそんなに敵対的なのか理解していないかのように。まるで合理的な科学的議論を期待していて、軽蔑の壁に遭遇したかのように。
彼女は気づいていない。
驚く。
彼が彼女を憎んでいることに気づいていない。ここにいる全員が恐らく彼女を嫌っている? 彼女は自分の科学に、自分の「より大きな善」にあまりにも集中していて、周りの人々に盲目なの?
「分かりましたわ」
リリスがついに言う。肩が一ミリ沈む。
「被験者を準備しますわ」
「良い」
リヒターが言い、その冷たい視線が初めてわたくしに留まる。不快な笑みが唇に遊ぶ。
「いい子だ。曾祖父のウルフリック博士を誇りに思わせろ」
振り返って出て行き、重い沈黙を残す。
リリスが深呼吸し、白衣を直す。
「計画変更ですわ、ひめかさん。今すぐ移動しますわ」
「あの男は……?」
「リヒター博士は生体封じ込めプロジェクトの責任者ですわ」
リリスが素早く言い、視線を避ける。
「彼は……情熱的。行きましょう」
部屋の外の廊下は、青いLEDライトで照らされた白い管。でも今日は混沌としている。科学者たちが両方向に走り、タブレットとハードディスクを持っている。アシスタントの手から書類が落ちる。
最も驚いたのは、科学者たちを補助する人型ロボットを見たこと――人間の外見を持つだけのロボットで、体は完全に金属製で、人間を正確にコピーしていない。
サイレントアラーム――天井の赤い点滅ライトが一定のパターンで点滅する。
何かがとても悪い方向に向かっている。
リリスがわたくしの手を掴んで引っ張る間、考える。
ついに、息を呑むような空間へと開く巨大な二重扉に到着する。
巨大な円筒形のチャンバー、天井が暗闇の中に消えるほど高い。正確な中心に、狭い歩道橋でアクセスできる円形プラットフォームの上に高められた、回路とグリフが融合したような複雑な彫刻が施された金属板がある。
部屋の周り、複数のバルコニーレベルに、厚いガラスの観察窓があり、その後ろに科学者たちがはっきりと見える。
水槽の中の魚のように感じる。
もしくは祭壇の生贄。
「プラットフォームに上がって」
リリスがわたくしの手を放して指示する。
「中心に留まって。まだ何も起こらない。ただスキャンマトリックスに登録する必要があるだけですわ」
「何が起こるの?」声が囁き。
「システムがあんた固有の生体電気的サインに調整された一連の低周波パルスを発しますわ」
リリスが説明する。わたくしよりも自分自身に話しかけているように。
「それが信号、ビーコンとして機能することを期待していますの。エーテリアル原初が反応し、源に引き寄せられるはずですわ」
プラットフォームを見て、それからリリスを見る。
「もし『来たく』なかったら? もし攻撃してきたら?」
「それが封じ込め部分ですわ」
リリスが言うけど、視線が観察窓の一つに向かう。そこでリヒターの背の高い姿が腕を組んで立っているのがはっきり見える。
「ただ……じっとしていて。そして科学を信じてくださいな」
『わたくしを誘拐した科学を信じろ』
苦々しく考えるけど、歩道橋を歩き始める。
各ステップが大きな空間で空虚に響く。空気がオゾンと冷たい金属の匂い。
プラットフォームの中心に到着した時、振り返る。ここから観察窓がよく見える。主要なものでは、リヒターが他の科学者たちに囲まれている。
でも側面の窓の一人が注意を引く。
もう一人の男、若く、眼鏡をかけている。光が眼鏡に反射して、顔をよく見ることを妨げている。プラットフォームを見ていない。わたくしを見ている――少なくとも目が見えなくても、そう感じる。
そしてその表情は……純粋な敵意。
ここで何が起こっているの?
疑念が募る。リリスはもう単に冷たい女の子には見えない。より大きなゲームの駒、自分がプレイされていることすら知らない駒。
それから、新しいアラームが鳴る。
これは違う――空気を切る鋭く耳障りなクラクション。天井のライトが点滅する赤から固定の赤に変わる。
インターコムから声――歪んでいるけど明瞭。
「境界警報! セクター7違反! 施設内に敵対者の可能性! 警備チーム、応答せよ!」
アレン!
思考は瞬間的――目が眩むほど明るい希望の光。
彼が来た。彼がわたくしを見つけた。彼がここにいる。
落ち着きが広がる。自分が背負っていたと知らなかった重みが肩から持ち上がる。
わたくしのヒーロー。わたくしの友達。愛している男の子。
わたくしのために来ている。地獄を横切って救出に来ている。
おとぎ話の王子のように。決して諦めない守護者のように。
一瞬目を閉じ、想像する――アレン、その目に激しい決意を持って、廊下を切り開いて進む。恐らくりんさんが彼の側にいて、他の女の子たちも……
嫉妬の鋭い痛み、でもそれさえ絶対的な安堵の前に消える。
『大丈夫』
目を開け、リヒターが今怒って身振りをしている窓を見る。
『大丈夫。ここ、この祭壇にいられる、なぜなら彼が来ていることを知っているから。待つだけでいい』
リリスがもういないことに気づく。
背筋を伸ばす。恐怖はまだそこにある――手の震え。でもその上に、穏やかな確信がある。
アレンがここにいる。
そして彼が近くにいる限り、わたくしは迷子じゃない。
待つ。
そして信じる。
彼を。
彼だけを。
そして待っている間、できることをする。エーテリアルプ原初と呼ばれるものを止めるために。
クラクションのアラームが鳴り続ける――わたくしの救出の混沌の交響曲。中心の円で待ちながら、何が来ようと準備して、わたくしの唇に小さな微笑みが浮かぶのを許す。
次回――
潜入、開始。
アレンたちはついに動き出す。
学園長とケンの協力により、
5iの中枢への侵入を試みる。
だがそれは、静かな潜入では終わらない。
踏み入れた瞬間、鳴り響く警報。
待ち受けるのは、
強化された警備と未知の兵器。
そして共に進む仲間たち。
小次郎としずくもまた、
それぞれの覚悟を胸に加わる。
だが、この作戦には一つの前提がある。
全員で進める保証はない。
分断か、それとも突破か。
その先で――彼は再び対峙する。
リリス。
さらに、揺らぎ始める“何か”。
目覚めつつある存在が、
すべてを変えようとしている。




