#59
動揺するぼくとは対照的に、未由の言葉はハッキリとしていた。
この最後の場面に、まるで愚痴を零すかのように。
「悪くなかったです。でも、手遅れですね。ここにまで、来ちゃいました。私には、変えようとする気持ちも、力もなかったんです」
かふ、ときみは小さく堰をした。赤い血が、抱えているぼくの右腕を濡らした。緑じゃなく、本当に赤い、血。霞む瞳が、ぼくを映し出していた。
「……ありうることは、望みません。今を、受け止めます」
言っている意味が、わからない。嘘だ。欺瞞だ。わかっている。きみが、終わりを、受け止めてしまったということは。
「キス……してみてくださいよ」
奇跡のようなこの状況を、冷静に把握なんて、出来なかった。
「このまま死んじゃうのは、勿体無いです」
きみの言い種には、驚きを通り越して感心してしまう。尋ねる。
「死にたくなく、ないの?」
「死にたくなく、なくはないです」
ひどく遠回しな言い種。自分で笑ってしまう。なぜ素直に言えないのか。
生きたくは、ないのかと。
「世界は、青いなぁ」
きみはぼくの向こう側を見て、ただぼんやりと呟いた。それを、振り返ることで、同じものを見た。
「……うん、青い」
そこに広がる世界は、ただの宵闇だった。
目が――見えないのか。
「先輩の顔なんか、霞んじゃうくらい、青いです」
「未由は……可愛いな」
最後の最後で、本心が言えた。光を映さない瞳が、ぼく映していた。
「世界で一番、可愛いよ」
その言葉に、きみはその小さい口を曲げる。
「なに言ってんですか、先輩はもぉ……」
それにぼくも、笑みを浮かべる。
「世界で一番、好きだよ」
「世界で七番目くらいには好きでしたよ」
くす、とぼくは笑ってしまう。
未由、らしいなぁ。
「潔子先輩、好きでした。死んで欲しく、なかったです」
「うん」
「優ちゃんと亜美ちゃんには友情を感じてました。今どうしてるのか気にならなくもないです」
「そうか」
「そうです」
即座の断定。こんなことになったけど、こういう関係になれたことは、素直に嬉しい。
「あと、家族。まぁその次くらいになら、先輩でも入らないこともないです」
「光栄だね」
「光栄ですよ」
キスした。
唇を離すと、きみは片眉を下げて呆れたような顔をした。
「……先輩、話聞いてましたか?」
「もちろん」
「……なんですか、もう。雰囲気もなにもないんですね」
ニッコリ笑うと、
「ゴメンね」
もう一方の眉も下げて、きみは不満そうな顔を作った。
「誠意がないです」
もう一度。今度は、舌を絡めた。体の芯まで、痺れるような心地だった。
きみは抵抗する素振りすら見せず、人形のようにされるがままだった。
世界は、崩れた。ずっと続くと思っていた世界は、もうない。こないだろうと信じていた瞬間は訪れ、ぼくは人間じゃ、なかった。もう後にも先にも進めない。どん詰まりだ。ここで終わりだ。どこにもいけない。みんないなくなってしまった。そして今、きみもぼくの目の前でいなくなろうとしている。助けたかった。だけど助けられなかった。頑張った。努力した。ぼくは無力だった。死んで欲しくない。ぼくを一人残して欲しくなかった。ひとりになりたくない。いや、そうじゃない。
そうじゃない。
「…………はっ」
唇を、離した。二人の口の間で、涎が糸を引いた。息が荒れていた。鼓動が脈打っていた。頭が茹っていた。
まるで、獣。少し前の刀耶を思い出した。
欲しい。
もっと欲しい。きみが欲しい。ずっとぼくは欲しかった。好きだった。愛していた。だからすべてをぼくのものにしたかった。一つになりたかった。いいじゃないか。最後だ。もう時間は幾ばくもない。だったら最後にぼくの望みを叶えることだって――だってぼくは、最初からきみ一人が
そうじゃない。
「あ……」




